45話
_______スタデルクス・マルクスピサンツ君主国は赤道から遠く、特に北部は夏でも長袖で十分と言うほど寒い。今の季節、外は大体マイナス数度で、家でも学校でも暖房が焚かれる。
特に、量産された身につけるタイプの体を暖める魔法具は一人一つ持っていて当然というレベルだ。
そんな苦しい冬でも、涼しい夏でも、無属性学科の人間たちはいつだって変わることは無い。
彼らといえば中等部に入ってから一ヶ月足らずでそれぞれの関係を作り上げ、近からずとも遠からずな交友関係を紡いでいる。
「そーれーでー?」
休みというものはあっという間にすぎていく。
夏休みもそう、冬休みもそう。
心地いいものほど泡沫の存在であり、苦しいものほど悠久の時間を支配する。
まあ、わたしにとっては関係の無いことだけれど。
「アドラーはどうしてわたしを呼んだわけ?こんなチンケなカフェにさ」
「チンケじゃないですよぉ~アドちんは分析した結果ミアたんの好きそうなところを選んだんです!愛らしいねこちゃんにファンシ~な店内!それにメニューは……見てください!ミアたんの苦手なものがぜぇーんぜんありません!何せここは小さな子供向けのものですから!」
「しばかれたい?」
「もう、ミアたんったら!こんな所でそんな……エッチなプレイはダメですってばぁ♡」
返事を返すことなくアドラーの左頬を叩く。
そうしてアドラーの反応を見ることなく右頬も。
次に左頬を。
次に右頬を。
「ちょちょちょ!暴力反対!暴力反対!」
「しばかれたいんでしょ?」
「ガチビンタはダメですってば!」
アドラーの言う通り、ナンタラパンマンだとかハローナンタラだとかみたいな小さい子供が喜んでみるようなものが店内に散りばめられたカフェの中に、わたしとアドラーは制服姿で座っていた。
端には子供用のビビッドな色合いの小さな遊具が置かれたコーナーやトイレの方にはベビールームもあり、あたりまえのようにわたしたち以外全員親子連れだ。
「あっあっじゃあ本題!本題を話しましょう!それで許して貰えますか?!」
「うん、次変なこと言ったら心臓抉り出すから」
「きゃーこわい!じゃあ早く話さないとですね!」
そうしてアドラーはこほんと咳払いをすると、話を続ける。
「聖フェイリス学園で中等生をやって、もう2月が過ぎましたねぇ、そろそろ三月になる頃合でしょう」
確かに、夏休みも冬休みも過ぎてしまった。
次の休みと言えば中等部の卒業式を終えたあとの、一ヶ月程度の休みだ。
そのあとわたし達は高等部に進学する。
エスカレーター式に一度入れば高等部まで絶対いけることが確定している聖フェイリス学園では、世の中の受験だのなんだのは一切気にせず、手続きも書類数枚だ。
金の問題については、親がどうにかしてくれるだろう。
わたしも、お金持ちのアドラーも、ロンフェイも出処は知らないが金はあると言っていた。まあユングは知らないけど金あるだろう、多分。
万が一なければ、わたしがささっと殺したやつから財布を奪って、ロンフェイにプレゼントしてあげればいいだけ。
「それで?」
「危機なんですよアドちんの!」
「何が……」
「このままだと、高等部に行ったらアドちん一人だけ次元魔法クラスでぼっちになってしまうんです!だからロンフェイさんもユングさんも創造魔法一択ですから、次元魔法が使えるミアたんに次元魔法クラスを選んで欲しいんです!」
そんなこと言われても、とアドラーの方を冷たい目で見る。
学校のクラス分けはかなり大切なものだろう。それは他人のためとかそういうのではなく、自分の未来のために。
創造魔法クラスで何をやるか、次元魔法クラスと何が違うか、そういう具体的なところは分からないけれど、少なくとも次元魔法クラスに行ったら創造魔法をメインに扱わなくなる。最悪創造魔法はなし次元魔法だけ、なんてのも有り得るだろう。
「なんでわたしがアドラーに合わせてあげなきゃいけないの?!」
「友達のピンチですよミアたん!協力しましょう協力!」
「……友達?」
「はい!紛れもなく!」
自信満々に告げるアドラーに、今から店内で暴れてそこら中にいる親子全員ぶち殺しても友達と言うのだろうか、なんて考えてみる。
アドラーはわたしが趣味が人殺しの人間だって言うことは知らない。
一時の快楽のために生きている、つまらない性格の人間。
それが一般人の皮を被って社会に馴染もうとして、でもやっぱり一般人にはなれないから致命的では無いけれどはみ出している、そんな感じ。
「で、わたしにメリットは?」
「……ミアたん、卒業後の進路はどう考えていますか?」
「え……なんも考えてない」
「何となく、ミアたんならそういうと思ってました」
なので、とアドラーはわたしにメリットとやらを提示した。
わたしがどんな就職先を選ぼうが必ず上手くいくように支援すると。
どこかの会社に就職するならば確実に採用し、冒険者になるならばサポートすると同時に税金周りのめんどくさい手続きを肩代わりし、働くつもりがないならば最低限生活できるほどには養うと。
"次元魔法クラスで一人になりたくない"という理由だけで一人の人間の一生を保証するのはアンバランスでは無いだろうかとも思ったが、あのメノディーヴァ家に殺人以外豪遊癖もギャンブル癖もない女ひとり養うことなど容易いのだろう。
「どうですか?ミアたんがいない時、ルオン先生もミアたんは次元魔法クラスの方がいいと言っていたんです。ルオン先生の力があれば今が2月であろうがどうにでもなりますよぉ〜!」
「……じゃあ、三日考えさせて」
「はい!分かりました〜〜、アドちん偉いのでちゃんと三日待ちます!三日あれば原稿5ページは進められますからねぇ」
自分でわかるぐらいの気まぐれな性格で三日後でも次元魔法クラスに行っていいかと思えればアドラーの話には乗ってやろう。
創造魔法を極めたいというなら逆にアドラーのコネでめちゃくちゃハイレベルな大学に入って、そこで創造魔法を研究するのだって案外悪くなさそうだ。
アドラーはニコニコと微笑みながらオレンジジュースを飲み干すと、ところで、と話を変えた。
「ミアたんは、好きな人いるんですかぁ?」
「は?いないけど」
「えぇ〜?!ロンフェイさんかルオン先生か、……そういう感じでしょう!?あっでも、自覚してないのもなんだかヒロインっぽくて……イイ……」
「印税」
「あらミアたんったら相変わらずお金大好きですねぇ♡」
わたしが好きなのは金じゃなくて人の命を奪うことなんだけど、まあ金があって困ることは無いから守銭奴のような動きをしているだけだ。
そもそもな話、人がわあきゃあと盛り上がる恋だの愛だの、好きという感情はわたしには理解出来ない。
誰かに恋して愛す感情が人を殺すより上回るのか。人を殺すより快楽を得るのか。
とてもそうは思えない。
「あっそういえばですけど、ミアたんを使って本が描きたい〜って言っていたのはまあ無しにして、ロンフェイさんの案を採用しました」
「えーっと……なんだっけ」
「龍と人の異類婚姻譚ですよぉ」
それ結局わたし使ってない?……とは思っても、アドラーに直接言うことは出来ない。
いや、自意識過剰かもしれない。
ロンフェイはなんというか、フラフラとしていて経験豊富って感じみたいだし、普通に知らないところでなんかいい感じの素敵なお姉さんとイチャイチャしているのかも。
「あぁ……」
「ロンフェイさんって結構リアリストって感じですからなんだか意外ですよね〜?龍族って、人と結婚するのは滅多にないというのに……」
「まあ、……うん…」
「あっそうだ!ミアたんはどんな物語が好きですか?アドちんに聞かせてくださいよぉ」
わたしは残念ながらアドラーがロンフェイをリアリストと評価したように、わたしも同じような立場の人間なのだけれど。
好きな物語なんて言われても、アドラーに見せられた漫画もピンと来なくて、ユングが見せたかっこいい暗殺者が出る漫画がまあマシだったかな…なんて思ったりする。
バトルと言っておけばいいのだろうか?
でも、わたしがバトル漫画が好きなのは自分の教養として組み込むためだ。
それはアドラー達の言う好きというより、ただどの教科が好きと言われて言う好きみたいなものだろう。
となると、わたしは……。
「旅、かなぁ」
「旅?」
「そう。進路……旅するのも、悪くないって考えたこともある」
わたしは人を殺す趣味という、世間一般の感性に反するものを持っている。
わかっている事だったが、いくら魔物と隣合わせの日々で危険なスタデルクス・マルクスピサンツ君主国と言えど犯罪を繰り返していればいずれは足が着くことになる。
牢屋に入り前科が着けばバレずに殺すことは厳しくなり、きっと進路は縮まるだろう。
それの対策は、やっぱり捕まらないことに限る。
ロンフェイは元々研究所で捕まる前は旅をしたから、わたしに色々な話をしてくれた。
故郷である龍が沢山いる国の事、この地球の最南端の極寒の地の事、綺麗な海のある国のこと、そして戦争のことも。
雷龍である彼がこの国でわたし如きと共に学校なんて言う狭い檻に通っているのは、一重にわたしが彼と契約しているからというだけに過ぎない。
まあ距離離れていても構わないものだと言うのに、ロンフェイはわたしを気に入って契約者だから、なんて共に居たがっているみたいだけれど。
それは単なる雷龍の興味本位のものであってそれより外には出ない。
でも、気になるのだ。
雷龍ロンフェイが歩いてきた道のりの、広い世界。
どんな人間がいるのだろうか。どんな生物がいるのだろうか。
それらを殺めた時、どんな血の匂いがするのだろうか。異国の言葉の断末魔は、どんな風に紡がれるのだろうか。
だから、他の人の道のりもわたしはきっと好きになる。
そこにある人々の辛いことや悲しいことが、残酷な現実とやらが、甘美な響きに聞こえるそれらの殺戮が、わたしは経験してみたい。
冒険者になるのだっていい。魔物を狩りながらついでに人も狩ればいい。
わたしのメインは創造魔法だから、どこかの研究所で魔法の開発をしているのだっていい。
適当な事務でも、魔法陣の維持でも、修道女でも、わたしに自由があればどうでもいいんだ。
ただ、どんな職に着いても旅はしてみたい。他の国、他の広い世界に行ってみたい。
「旅……いいですねぇ!そこにある美味しいもの、美しい景色、知らない人……とっても素敵です!」
「だからまあ……そう、ユングの好きな科学が発展した異世界みたいな非現実的な物語とか、あんたが好きな恋愛話じゃなくて……わたしは、旅行記とかそういうのが好きかもね」
アドラーは人の話を聞くのが好きなようで、わたしの言葉にうんうんと頷いては、何か楽しそうに考えごとをしている。
彼女は典型的な"良い子ちゃん"だ。
それは品行方正で生真面目という訳ではなく、コミュニケーションと人が大好きで、性善説を信じてやまないポジティブな人間。
わたしとは圧倒的に真逆であるものの、アドラーは天性の賢さゆえか押しが強いように見えるのに引きは早いためわたしのイライラ度数が彼女を殺したいと思うほどにはならない。
まあ、気まぐれで殺す対象には入ってるけどロンフェイに怒られるし。
「いいですねぇ旅……アドちんもついて行きたいです」
「なんであんたいる前提なの…」
「当然!ユングさんもロンフェイさんも一緒にみんなで行きましょう!」
結局学校と変わらないじゃないか、とわたしは口に出してから席を立つ。
「で、用はこれで終わり?」
「あっ、ま、待ってくださいよ〜ミアたん〜もっとお話ししましょうよぉ〜!!」
「わたし用事あるから」
実際用事はないが、まあ用事が出来た。
殺る気が出てきたのだ。
だから、こんな所でアドラー風情にかまけている暇はない。
「じゃあ」
「あっあっ、あっじゃあ〜明日学校で仲良くしましょうね〜!あとあと、クラスの件もお忘れなく〜!!」
そうしてわたしは、白い雪の積もる帰路を歩んでいくのだった。
その白い雪を、赤く染める為に。




