41話
_______裏の世界は相変わらず鬱屈とした雰囲気で、しかしそれが逆に僕の憂鬱な心を擽らなかった。
「はぁ……」
全体的に暗い裏の世界で屋敷まで戻る道筋に映る宇宙の泉は僕の姿を反射しない。
世界に黒く溶け込むルオンは映すのに、白く浮く僕は映されない……。
性格や気質はあまりにも最悪だが、力だけで見ればルオンの方がよっぽど適性があるなんてことは知っている。
だからルオンはフランシミアから逃げられることは無いのに僕はフォルフォニアから逃げられたのだろうか。
フランシミアがルオンを受け入れているようには正直微塵も見えないが、ルオンのとてつもないポジティブ曲解でなんとか出来るくらいにはフランシミアも拒絶していないということだろう。
しかし僕はフォルフォニアから面と向かって嫌だと言われた……。
こうなれば洗脳する以外どうしようも無いことなんか分かってるのに、僕はこうやって落胆したまま屋敷へ逃げてしまったのが事実だ。
どんよりとした雰囲気の硬い屋敷の中に入り、中を歩いているとズレた足音が重なり、僕は前を向いた。
黒い髪、赤い瞳、最近よく見る上機嫌そうな様子。
「……ルオン」
その言葉に、ルオンは此方を振り向いた。
普段は普通に話しかけるだけでも彼の何かに障るのかまるで幻覚や幻聴があるかのような異様な様子になり癇癪を起こしてくる猛獣より扱いが難しい男だが、こう機嫌がいい時は話しかけても平気だということはわかっている。
「……ルスラン、キューリアの方に出ていると先程聞いた。もう終わったのか」
「いや、まだだよ……。どうやら、その様子だと旅行は上手く行ったようじゃないか、兄さん」
お前は上手くいってよかったな、なんて感情を込めながら言葉を発するとルオンはその仏頂面を嘲笑に歪め、「期待以上の成果が得られたぞ」なんて言うと、僕はそれにため息を着くだけだった。
(あのバカ女と会うだけで、なんの成果が得られると言うんだ……)
どうせルオンは恋愛経験が皆無だから一々他愛もないような事を過剰に喜んでいるのだろう。
僕はルオンの横を過ぎて進み、真っ白な部屋へ戻るとデスクの椅子に腰掛けぼんやりと机を見つめる。
フォルフォニア、僕の可愛い蝶々。
臆病で馬鹿で、それなのに少しだけ強かな女の子。
「はぁあ……」
ルオンとは違って僕は恋愛経験がゼロという訳では無いが、まともに人のことを好きになって向き合ったことは初めてだと言うのにどうしてこうも本命だと上手くいかないのだろうか。
少し強引過ぎたか?
しかし僕はやれるだけのことはしたはずだ。フォルフォニアから歩み寄られない限りはこれ以上は彼女の意志を尊重するならどうしようも出来ない。
やはり洗脳して手に入れるしかないのだろうか?
フォルフォニアのような純情な女の子に、僕のような穢れた男では不釣り合いだっただろうか。
それこそアースのような……根っからの善人な奴くらいでないとダメなのだろうか。
魔法によって発されるピコンピコンと軽快な着信の音が鳴り響き、顔を顰め鬱陶しく見てから、十秒ほど放置しても切れない其れに僕は苛立ちながら手を取った。
「……なんだ」
「二人とも、夫婦喧嘩は良いが早く帰ってこいよ」
ルビィの声は揶揄うようでしかし優しく、真の善人という奴はこういうものを言うのだろう。
独善的ではあるがお人好し属性が強く、あの品行方正なヴィクトルが下僕に選ぶだけはある。
しかし、二人とは。
フォルフォニアは今彼女たちと一緒にいるのではないのか?
「二人……?」
「あれ…二人じゃないのか?お前が出てすぐフォルフォニアも追いかけて出ていったものだから、合流したのかと思ったが」
ガタンと席を立ち、僕は周りを見渡す。
「ヴィクトルがパッと見たが街には居なかったみたいだから、てっきり二人揃って裏の世界に居るんじゃないかと思ったが…」
「僕は、……裏の世界にいる。しかしフォルフォニアは……居ない」
「……なぁ、ひとついいか?」
ルビィはこほんとひとつ咳払いをして、早足で動き出しキューリアへと飛ぶ僕に通話越しのデジタルな声を投げた。
「フォルフォニアは、裏の世界を知っているのか?」
「あぁ。二度ほど、訪れたことがある」
「彼女は自分の手段で裏の世界に来ることが出来るか?」
「無理だ。そんな手段を教えてはいない」
一応、フォルフォニアのような人間でも裏の世界に来る手段はあるが、裏の世界は彼女が最初に訪れた時のように魔の存在に遭遇する可能性があり一人で歩くには危険だ。
なにせ屋敷に来ればあのルオンもいる。
ルオンのロリコンセンサーにフォルフォニアがかかれば、彼女の意志も僕の意志も関係なく襲い掛かり、最悪内臓がぐちゃぐちゃにされて捨てられるだろう。
それを考えていたから自分から連れていく時以外は来ることが出来ないように、フォルフォニアに手段を教えなかったのに…
「不味いな。普通なら街にルスランが居なかったら裏の世界に行ったと考えるだろう。それで手段が無いなら一度帰って来るのが賢いやり方だ」
ルビィと共にアースの声が降り、さらにリーンの声も増える。
「つまりフォルフォニアさんが街に居ないのは本人の意思ではなく何かによって連れ去られたと…?」
「そうなるな。なにせ私達はみんな戦える身だ。ルスランも手を出したら不味いというオーラが出ているし、その中である意味フォルフォニアは浮いていた」
「カレンデュラによって連れ去られたのかもしれません!早急に探さなくては!」
フォルフォニアには運良くセント・ドグマを渡してはいるため命の危機ということにはならないはずだ。
フィオエル、大天使となれば相当な力を持っており普段乗り移って使っているのは本来の彼自身の力の一割にもならないだろう。
問題はフォルフォニアが命の危機とはならなくても傷つくということがあること、また彼女を人質とされること、そして彼女自身が相手に死を懇願すること……。
「……今そこへ行く!」
早足で歩き宿の中に入ると、ちょうど扉から出てきたルビィ達と目が合う。
「ヴィクトルは空から見下ろすように見たと言っていました。なので建物の中の可能性はありますし、港から出てしまえば船の中というのも…」
ヴィクトルは建物から出てくる可能性も考えて魔法を使い空から街を見ているらしく、ルビィ達は地上を探すみたいだ。
「……簡単に見つかる方法がある」
「本当か?!」
「しかし、……フォルフォニアは望んでいるのだろうか?」
僕は彼女が僕以外の手によって傷つくことも、僕以外の手に渡ることも当然嫌だと思っている。
しかしそれはフォルフォニアからしてみればどうなのだろうか。
むしろ誘拐されて、そこであった新たな出会いの方が彼女にとって良いものだったら?
誘拐されたあと殺されるという物が死にたいと呟く彼女の本気で願った望みだったら?
僕は自分のすることが彼女にとって良い働きになるものだと当然思い、そう行動してきたが本当にそうなのだろうか?
フォルフォニアが僕を拒んだのは、事実だ。
ならば僕は我慢してフォルフォニアを突き放すのが寧ろ彼女のためなのでは?
「お前バカか?あんだけイチャコラ抱っこされてた時点で嫌いなわけ無いだろ。これだから若年アベックは」
「死語ですよルビィ」
「違うんだ……僕は、ニアを縛り付けている…」
僕は、フォルフォニアを隷属をし肉体を縛り付けた。
全てを手に入れる為にまずは体から、と考えた僕は彼女が僕の想像よりずっと繊細で、そして頑固なことに気づかなかった。
フォルフォニアは誰の味方でもなかった。
僕の味方でも、フィオエルの味方でも、そして自分自身の味方でも。
偶像と言うには曖昧で、理性というには己の為にならないその意思が、フォルフォニアの作り出した目標であり意思だった。
しかし、リーンは僕を見て当然のように言葉をこぼした。
「縛り付けていると言うのは分かりませんけど、本当にそうなら追いかけたりしませんよね?あなたの言うとおりフォルフォニアさんが離れることを望んでいるのなら、そのまま見送ればいいだけですよね?」
「フォルフォニアは追いかけるんじゃなくて追いかけられる方が良いらしいしな、見た目の割に大胆な女の子じゃないか?」
「誘拐されたことを録でもない茶化し方するなルビィ、イングレス出てるぞ」
「……そうか…」
フォルフォニアは案外強かな子だ。
もし本当に離れたいと望んでいるのなら、彼女が取る手段は追いかけるよりも留まってルビィ達に事情を話し、自分が被害者側に立つことな気がする。
刹那的な生き方をしているのに自己保身は立派なところが、フォルフォニアに多くある矛盾のひとつではあるのだが。
「とりあえず、放置していいことなんてないと思うよ。救って拒絶されて後悔する方が、会えずに死んで後悔するよりずっと良いはずだ」
「……なら、今から何を見ても文句を言うなよ」
アースの言葉に僕は手を翳すと、手の甲にフォルフォニアに付けた隷属の印の、百合の花が青く咲くとパチリと弾けるような音が後ろから聞こえる。
「……南西、950メートル」
「それは……?」
「フォルフォニアは、……僕の契約者だ」
その契約が一方的な利益しかない隷属であるということを隠しながら、僕は言葉を紡ぐ。
どうせ魔法に優れたアースにはバレるだろうが、フォルフォニアが見つからないよりかはマシだ。
「950メートルとなると……特に治安が悪い所だ」
リーンはここにいないヴィクトルへメッセージで位置を伝えると、ヴィクトルの声だけが僕達に降りかかる。
「フォルフォニアが居るであろう建物を特定したよ、見張りは扉に三人居る。中は……そうだね、熱源を見る限りフォルフォニアを含めて七人かな?」
「ここまで分かればいいですね」
リーンの展開したマップにヴィクトルが付けたであろう印が赤く光ると、僕は歩き出す。
「……ええと、ルスランだったか」
アースが此方をチラリと見る。
大方印の話だろうが、僕は気圧される様子もなく、ただ真っ直ぐ歩き出した。
「案外悪趣味だな」
「貴様には関係ないだろう」
「気持ちは分からなくも無いけど」
そうしてヴィクトルが呼び出した魔法車が目の前に現れると、僕達は足早に乗り込む。
「ルビィ!あなたは運転しないでください!」
「ならリーンが出来るのか?」
「貴方よりはマシです!」
「最高速度で真っ直ぐ走らせるだけだろう?何も争う技術なんてないだろうが」
「それで壁に突っ込んだり崖から落ちたりしてましたよね?!猪じゃないんですよ!」
リーンが運転席に座ったルビィをグイグイ引っ張っていると、アースがルビィを退けて座り込んだ。
「ガキ共は大人しく僕に任せていろ」
そうしてアースが手早に魔力を通し発進し、フォルフォニアが居るであろう場所に進んで行ったのだった。
これは本編だと詫び代わりに置いた投げかけられそうな質問に先に答えておくというスタイルの情報開示です
Q.ルスランは「魔王族の情報が少ないのは素性を知られないため」と言っていましたが学園長はルオンとエンカウントした時ルオンのことを知っていました、何故?
A.学園長はルオンルスランに普通に洗脳されてはいるけど(二人の実力は埒外なので人間でまともに勝てる奴なんて普通居ない)学園長するくらいにはかなりの実力を持っていて、尚且つヴィクトルの知り合いです。ルビィとリーンが聖フェイリス学園で特別授業をやることになったのも、二人がそこへ向かうことを知ったヴィクトルが学園長に話して結果的に授業をすることになりました。
ヴィクトルの知り合いということで癇癪持ちキチガイ問題児ルオンには注意!みたいな感じで容姿とか教えられています、ルオンはやばいので……




