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39話


_______無属性学科パーティ対ガーディアン。

龍族耐性持ちのガーディアンに為す術なく倒れたロンフェイ、魔力切れを引き起こしながらもどうにか削ろうとした結果無力に終わったユング、100%近くの体力を減らしたものの更に強化されたガーディアンによって倒されたフランシミア。


そして、残されたのは無力なアドラーだけだった。


「ロンフェイさん、……ミアたん、……ユング……」


アドラーが用意した場が魔力不足によって消えていくのを見ながら、金色の鎧のガーディアンはキョロキョロと見渡す。

ここで少しでも攻撃をすれば、アドラーは気づかれてしまう。

どうすればいいか、どうすれば全員を抱えてここから逃げられるか、どうすればルオンを呼ぶことが出来るか。

パニックになりグルグルと頭が回り、泣き出しそうになったその時。

視界の端に、金色の髪が揺らぐ。

青光りする柱が、マゼンタの色に染まったその瞬間。



_______フランシミアが、目覚めた(・・・・)


「……?」


ふらりふらりと、おぼつかない足でフランシミアは立ち上がる。


「ミアたん!良かった……」


アドラーの声が聞こえたその瞬間。

ぐるりと首を曲げ、フランシミアはぎょろりとアドラーを睨みつける。


「ミア、……た……?」


金色の髪、濃いマゼンタの瞳、グラマラスなボディ。それは紛れもなくフランシミアのはずなのに、それなのに、それはあまりにも異様で、威圧的で_____


「貴方は……誰……ですか…」


虚ろに垂れた瞳に、掠れ消えそうな笑みを浮かべアドラーを見下ろすフランシミアもどき(・・・)


「ねぇ、なんなの?」


「え……?」


フランシミアもどきはアドラーの質問には一切答えず、一足を重く乗せながら後ろにいるガーディアンから離れ、アドラーへと近づいていく。


フランシミアの喉から出ているはずなのに声は幼く、しかし冷たい。その声帯からは聞き覚えのない、まるで別人のようなものだ。

そして彼女の言葉はネイティブな英語ではなく、"訛り"の入った英語で、アドラーからして見れば少し聞き取りづらい部類にある。

聞き覚えがあるような訛りなのに、どこだったか覚えていない。

でも、聞いたことはあるはずだ。どこだ、どこだ。

アドラーが手繰り寄せようとしても、一学生の力で導けるようなものでは無い。

メノディーヴァ家の一人娘とはいえ、習ってる言葉は精々五ヶ国語程度。

旅行もフランクだのイングレスなど固定された場所ばかりで、……分からない、でも、分からないといけないはずなのに。


「何って……、あっ、あぶな……!」


後ろの怪物を一切気にしない様子のフランシミアもどきに、当然のようにガーディアンは後ろから剣を振り回し襲いかかる。

しかしその瞬間、アドラーの懸念していた現象は発生しなかった。

フランシミアもどきに当たるその瞬間、瞳が赤く光ると同時にまるで時間が戻ったかのようにガーディアンの剣とそれを持つ腕は攻撃の予備動作をする前の位置に引き戻されていた。


「……あぁ」


アドラーに近づこうとしていた体をくるりと回し、フランシミアもどきはニヤリと不敵に笑うと、光の粒を左手を中心に紡いでいく。

そうしてドス黒く集まるそれを掴むと、そこに傘のような杖のような、そんな物が現れた。


「これを倒せってこと……?」


「あ、あの、……み、ミアたんじゃ……勝てないですっ、その……アドちんが何とか囮になるので、ルオンせ」


ルオン(・・・)?」


フランシミアもどきは一瞬でアドラーに接近すると、首を掴んで持ちあげた。

バタバタと足を動かして暴れてもフランシミアもどきは意に介さず、ただその重く粘着質な瞳でアドラーを凝視していた。

ルオンと呼ぶ声は酷く甘ったるく、そして同時に威圧的だ。


「……ねェ……今、るおんって……言ったァ…?」


「っぐ、ぅっ、くるし、ミア、……や、やめッ……」


「そっかぁ、ルオン……ふぅん、ルオン、るおん、るおんるおんるおん……えへ、きゃふふ……」


相手をどう形容すればいいのか分からないほど、不思議なのに恐ろしい雰囲気を放つフランシミアもどきは飽きたのかアドラーを突き放す。

ぜえぜえと荒く息を吐くアドラーには目もくれず、その虚ろな目でガーディアンに向き合った。


「はぁ……あなたたちって、ザコばっか……、こんなのもたおせないの……?」


そういい一切構えることも無くスタスタと進み、まるでランウェイの上で歩いているかのように慎ましく、しかし強かに歩んでいく。


「あっ!ミアたん!そいつに正面から向かっていくのは!」


ガーディアンが再び剣を振り上げ、そこにオーラが籠った瞬間フランシミアもどきは左手に持つ武器のような物を持つと、バサりと音が立った。


「きゃはっ…」


まるで傘のようなものが開き、漆黒にマゼンタのラインの入ったその大きな金属のように黒光りする布に見える何かはガーディアンの一撃を受け止めている。

一切悶えることも無く、震えることも無く、表情ひとつ変えずにただじっとりと見つめている様はフランシミアの見た目をしているのに、まるで他の人間が乗り移ったかのようにフランシミアが全くしないような表情をしている。

そうして、フランシミアもどきはくるりと踊るように傘を動かし跳ね返した。


ガーディアンが剣を振りかざすと人と同じ大きさの騎士達が何体も現れ、フランシミアもどきに向かっていく。


アドラーが杖を構え、魔力切れだと分かっていながら魔法をまた構築させようとした瞬間フランシミアもどきは傘を閉じた。

すると、持ち手が傘から離れていく。

そうして持ち上がる度に黒光りする刃が見え、フランシミアもどきは抜刀した。

あくまで傘は鞘に過ぎないという事だ。

フランシミアもどきが傘から抜いた剣の持ち手を握ると刃が少し長くなり、鞘である傘を腰に携帯すると向かってくる騎士達へフランシミアもどきは刃を向けた。


「ミアたん、いくら何でも独りじゃ…!」


しかしアドラーの言葉は杞憂に過ぎず、フランシミアもどきはテレポートしたように恐ろしい速さで動くと風を裂く音とともにその黒光りする刃が鎧をケーキのように切り裂き、核を粉微塵に破壊する。


「ふふっ…」


フランシミアもどきは妙に色気があり、その虚ろな目で執着と同時に悲愴を感じるような笑みを浮かべると全ての騎士を斬り倒した。


「ルオン……ふふっ……あふふ…」


そうしてガーディアンをまた見据えると、攻撃が振るわれた瞬間また傘を開き防御する。

ガーディアンの目からビームが放たれ、傘地を破ろうと当て続けるもビクとも動かない。

その傘はまるで鋼鉄で出来ているようで、布のように開くのに、開くとバサバサと動くことはなかった。


あのガーディアンがまるで弄ばれているかのように、フランシミアもどきはその傘一本で踊るように避けていた。

騎士を倒す時もそう、ガーディアンと対峙している時もそう。

彼女は指揮官も支援も必要とせず、独りで戦っている。

パーティを求めず、まるで独りであるのが正解のように。

アドラーは確信した。

彼女は、ソロであると。

そうしてフランシミアもどきは止まると、ぼんやりガーディアンを見つめる。


「_______οχτώ《オクト》」


「え?」


流暢な外国の言葉が紡がれる。

瞬間開いた傘にあるピンク色の骨が全て抜け、フランシミアもどきを囲うように、時計回りに刺さっていく。

そうしてフランシミアもどきは傘を閉じ地面に突くと、瞬間傘地が傘を離れ広がり、中から出るのは鞘と共に、先程の黒光りする刃の剣だ。


地面に大きく広がった傘地は黒地の部分は地面に溶け込むも、ピンクの幾何学模様は魔法陣として広がり、それが一斉に光るとフランシミアもどきは微笑み、淡々と声を上げた。


「πρόσκρουση μαύρου τριαντάφυλλουάφυλλου

《ブラックローズ・インパクト》」


その瞬間、傘骨のようなものだったピンクのトゲが地面から無数に生え、ガーディアンを四方八方から串刺しにする。


「な、……なっ、……なんですか、この魔法は……」


倒れていくガーディアンの姿と共に魔法陣は消え、フランシミアもどきがパッと傘から手を離すと傘もまた魔力の粒となって消えていく。

驚くアドラーの横に、ひとつディスプレイが表示されていた。

それは生命力、魔力を示すもの。

ガーディアンの生命力は0%。

アドラーの魔力は2%。

そしてフランシミアと名前が書かれた所に載る数字、その魔力量は……"9568290%(約950万)"。


「あは、……あふふ…」


「……ひっ……」


「ねぇ、……るぉんはどこぉ?わたしのルオン……ルオン・ヴェロ・エルドリッジはァ……?声、聞こえた気がするのになぁ……」


「え、あ、……ルオン、先生は……」


「知ってるんでしょぉ…?ほら、……わたしのルオンは……?」


ゆらゆらとゾンビのような、生きた亡霊のような姿でアドラーに近づいていくフランシミアもどきの顔は狂喜に染まり、一歩近づく度にアドラーは一歩ずつ退いていた。


「生きてるんでしょ……?早く、呼んでよ…」


「あ、……あぁッ、あ…」


「なんでにげるのぉ?ルオンにあいたいだけなのに……」


近づいてはいけないと本能が叫んでいる。

彼女は笑顔で、殺すなど言ってもいないし、武器など持ってもいないのに"殺される"と頭の中に警笛が鳴り響き、アドラーの体は自然に動いていた。

そうしてフランシミアもどきがアドラーを見る時、左目が一瞬赤く光った。


「……アドラー・メノディーヴァ」


フランシミアもどきが突然冷たく紡いだ言葉に、アドラーは体を強ばらせた。


「わたしが誰だって、……聞いたっけぇ?」


「は、……はいっ……」


「そう、……どうせ意味も無いだろうから、教えてあげる……」


フランシミアもどきはぴたりと止まると、美しいカーテシーを行った。

それは淑女の体に染められた礼というよりかはその場しのぎの演技のようで、アドラーの瞳には一瞬フランシミアではない誰かが映った。

それは幼く、フランシミアよりもずっと小さく……。



「わたしは、レヴィ・ゼナ・ハウレス…」


囁くような小さな小さな声に、アドラーはどうにか鼓膜を震わせて彼女の声を拾った。

狂気に染まっているのに、何処か消え入りそうで、特に名乗った時はあまりにも小さく周囲に物音がしていれば聞こえなかったかもしれない。

どうして名前だけ、声を小さくしたのだろうか。


「なんで、……そんなに小さな声で…?」


「皆消すのに、少し時間がかかるから……記録に残ったら、困るでしょ?」


「皆、……消す…?」


「そう、貴方達をね、みんなみぃんな……、ふふ……」


そうしてレヴィと名乗った女がフランシミアの姿をして、アドラーに視線を向ける。

それは紛れもなく、殺意そのものだ。


「ねぇ、話したでしょう?早く、ルオンの場所を教えてよ……ねぇ……」


「あ、ぁ、ぁああッ!」


アドラーはどうにか逃げようと後ずさりするも、壁に背中がぶつかると顔を青くした。


「きゃは、……ほら、……るーおーんーはぁ…?」


「い、嫌ッ、ミア……ッ」


「ルオン、……は……ぁ……?」


彼女の手がアドラーに触れそうになったその時、まるで引っ張られるように後ろに仰け反るとフランシミアの形をした少女は倒れ込む。


「ミアッ……ミア!」


アドラーは体をゆさゆさと揺さぶり、フランシミアを起こそうとするも、彼女に先程までの異常な雰囲気も、おかしい表情も見られない。

部屋の真ん中に現れた宝箱に目もくれず、倒れているもの達に近寄っては揺さぶり、起こそうと催促するアドラーだったがそこに足音が響くと、慌ててそこを向いた。


「あ、……る、……ルオン先生!」


黒い大きな猫耳を生やし、しっぽをゆらゆらと動かすルオンはこんな惨状を見ているのが信じられないくらい、とても上機嫌だ。


「あの、ルオン先生、これは……」


バツが悪そうに目を逸らすも、ルオンはアドラーには一切足を止めず倒れ込むフランシミアに触れると、卑しく笑った。


「……あぁ、素晴らしい……、お前は本当に僕の期待を超える……」


「る、……ルオン、先生……?」


「嗚呼……なんと愛しきことか……ふふっ、くふふ、くははははッ……あははははッ……!」


_______キチ難去ってまたキチ難。

ルオンはフランシミアを抱きあげれば、まるで赤子を揺らすかのようにふらふらと揺らしながら、そのボロボロの姿に閉じた双眸を注視する。


「……ハァハァ……お前はやっぱりこの僕に相応しい巫女だ……お前がいずれは……くふ、くふふふっ、……ふはっ、アハッ、あははははッ……!」


「あ、……」


ある意味怒ってないということなのだろうと、アドラーの現実逃避精神は結論付ける。

ルオンはフランシミアを抱き上げたまま去っていき、残されたアドラーは倒れるユングとロンフェイを揺さぶっていると、ようやく宝箱の存在に気づいた。


「これは……」


アドラーはその箱に近寄り、中を開く。

そこにあったのはアーティファクトの、幾つかだ。

それを取り、カバンにしまうとキョロキョロと辺りを見渡す。

おかしくなったあとルオンと共に消えたフランシミア。

フランシミアだけを見て不思議なことを言ったあと消えていったルオン。


「ん、……あ……」


ロンフェイのくぐもったような声が聞こえると、アドラーは急いで近寄る。


「ロンフェイさん!」


「あ、アドちん……、ミアは?」


「ミアたんはその……ルオン先生が連れてっちゃいました」


「そっか……、……あぁ、終わってる…」


「それがその……」


そうやって、ロンフェイに自分の見た光景を話そうとしたその時、ユングの小さな呻き声も聞こえアドラーは飛び込むようにして近づいた。


「ユング!ユング!」


「あ、……アドラー……俺…」


「大丈夫……?あ、……大丈夫ですか?!ユングさん!」


「……へーきだよ、お前はホントオーバーリアクションだな」


ユングの手がアドラーの頭をくしゃりと撫でてから、ユングは座り込むとまた辺りを見渡した。ロンフェイはアドラーと目を合わせ、口を開く。


「それで……、あの後どうなったの、アドちん」


「それが……ユングさんが倒れて、それでミアたんも倒れて……それで、……ええと……あれ…?」


アドラーは、すっぽりとそこだけ記憶が霧がかっていた。

確かにユングが起きる前は鮮明に覚えていたはずなのに。

何があったか、どうしていたか、どうにか頭をひねり続ける。


「ミアたんが……起きて……一人で…倒してました……」


「一人で…?」


ロンフェイもユングも怪訝な顔をしてアドラーを見るも、そうしかないとアドラーは言い続けた。


「ルオン先生は終わってから来たんです、ミアたんが倒れた時アドちんは何も出来なくて……それで、起きたミアたんが、倒したことは覚えてるんです!どうやって倒したのかは……あんまり、覚えてないんですけど……」


二人はそうやって尾を切れずに言葉を紡ぎ続けるアドラーに、パニックで記憶が混濁しているのだろうと結論付けた。

動けるようになったかユングとロンフェイは立ち上がると、アドラーも慌てて立ち上がる。


「それで、報酬は?」


「これです、その……アーティファクトなので、性能がなにかは分かりませんが」


「おい!……アドラー!それ絶対ミアに言うなよ!」


「えっ?」


「俺らで奪おう!ミアは……あいつはアーティファクト何個も持ってるんだから!」


「えぇ……」


ユングの提案にアドラーは困惑している横でロンフェイは取り出したアーティファクトからカメラのようなものを持ち上げると、声を出した。


「ユンくん、これ自分の頭で想像したものを紙に映してくれるアーティファクトだよ」


「……ユングさん!これは私達三人が独占しましょう!」


「そうだろそうだろ?!」


「はぁ……、まあ、俺はいいから二人で分けておいてよ」


アドラーまで乗り気になったところでロンフェイは仲間抜けすると、アーティファクトを眺めて悶々と語り合っているユングとアドラーを放り出して踏破した迷宮をまた歩き始める。


「それにしても……ミアちんが、……俺の力なしで独りで、か……」


そこに猛烈な違和感と恐怖感を覚えながら、ロンフェイは来た道を戻るように、階段を昇っていく。



「……ミア……会いたい……」



見上げた先にあるのは、どこまでも広い迷宮の道だけだった。


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