36話
_______
ルスランがアカシアの書を見ている間、わたしは地図などを眺めてキューリアとその周辺を確認する。
フォディラン大陸と呼ばれるそこは、エルフ語で"湿った森"を意味するいわゆる熱帯雨林が多い熱帯気候の場所だ。
ヴェーツィは北欧にあるエルフ本山の国「エリュフィ」と違い、入国や観光などは難しくないものの数年前まで権力争いが酷かったと聞く。
エリュフィはエルフの人口が最も多い国だと言われているが、彼らは人を警戒しており特に北欧の周辺国や、イングレス、ローマ聖国とその属国、フランクの者たちは魔法を封じる首輪をつけないと入国できないことになっている。
というのも、少数民族であったエルフはかつて集落程度の規模であり、政治を行うような者はいなかった。人を見下していた所もあり、森の中に隠れ精霊や妖精と共に生活していた。
しかしエルフの優れた魔法の力を利用しようと近隣諸国から狙われ、政治が分からないゆえにエルフ側が結果的に不利になるような条件のものに騙して調印させたり、武力行使で何度も攻め入ったりすることもあった。
前星歴150年……西暦で言うと、1550年、南に逃れたエルフ以外は滅亡とまでの危機とまで至った時、偉大なエルフの指導者「アストル」が現れた。
賢く力も強い彼が導く事によりエルフはたちまち力に着け武力行使した物を撃退、理不尽な条約を結びつけてきたところに呪いをかけ追い払いアストルはその集落だったエルフの住む場所にエリュフィという名前で国を作り、結界を貼る事で纏めた。
それから数百年、エルフは鎖国をし一部の妖精や精霊とだけ関わっていたが、星歴260年の時にヴェーツィから来たエルフがエリュフィに訪れた。
そうして南北のエルフが交流したことがきっかけに厳しい条件ではあるがエルフは交易をするようになったものの、北欧諸国民等に厳しい姿勢は未だ変化していない。
そんなヴェーツィはその周辺諸国との争いの中でエリュフィの土地からこっそり抜け出し遠い南、USUの下の方にある大陸に逃げたエルフ達が作り出した国という訳だ。
ヴェーツィのエルフ達は森に住んでいた部族達と関わる事で人への偏見を減らし、奴隷制度故に集められていた他種族達とも交流することによってエリュフィとは違った閉鎖的ではないエルフ達の国、ヴェーツィを建国したのであった。
あくまで教科書の知識でしかない故に、おそらく隠された歴史などもそれなりにあるだろうがわたしにそれを知ろうとする気持ちは無い。
他に特徴的なことと言えば、フォディラン大陸と呼ばれるこの地帯には魔物が滅多に出ない事くらいだろうか。
代わりに凶暴な動物は多いけれど。
「う〜〜ん……」
周りを見ても特に分からない。
メモの欄を見ればなにか関連性が見つかるかと思ったけど、そんなことは無いし。
いや、そもそもわたしにこの仕事は重すぎる。わたしが考えるべきは自分の招いた事に関する後始末の付け方だろう。
そう思いながらわたしはルスランを見る。
再び猫亜人を繕った姿で彼はアカシアの書を眺めながら何かを書いているが、結局彼は猫亜人では無い。
わたしの予測だと、彼は……
「ニア」
「ひゃっひゃい!」
「お腹空いたかい?」
「へ…?……ううん」
もしかして、ずっとルスランを見ていたのをお腹が空いたから食べ物を要求しようとしていたように見えたのだろうか。
まだそんな時間でもないのに、と時計をちらりと見ると、あら不思議。
何故か時計が17時を示している。
たしかヴィクトル達と会った時が朝の9時くらいではなかっただろうか。
そりゃルスランもお腹が空いたかどうか聞くだろう。
今までだとルスランと話してからはメモを眺めてはぼんやりとしたり、さっきみたいに地図を眺めてたりして、何もせずルスランを見ているだけなんて状態はなかったから。
「でも、18時には一回切り上げようか。食べないとニアの健康に悪いからね」
「る、……ルスランは?」
「僕は別に食わなくたって死にはしないさ。フォルフォニアと食べられるというのなら取るけれども」
うーん、やっぱりルスランってそういう事だろうなんて思いながら、頭の中に実は宇宙人では?なんて物がちらつくと頭を振り切りどうにか直す。
ルスランとどうなりたいか。
ルスランのことをどう思っているか……
どうせ短いと分かっている命で無駄に抗う意味などないのだけれど、ついついわたしは人の人生を歩もうとしてしまう。
魔力の減り方を考えれば、二十歳になる前には尽きて死ぬというのに。
わたしがしたい事は何なのだろう……
結局わたしは何も分からないまま、ルスランの事を眺めては彼を知るべきか忘れるべきか、考え続ける。
その裏にあるものや先にあるものを考えても何も分からないで終わってしまうから、単純に知るか忘れるか、馬鹿なわたしはそれだけでしか悩んで答えを得られなさそうだった。
まあ、答えを得たところで後悔して考え直しての繰り返しだけど。
『ニアちゃ〜ん』
『……何!』
今はこのフィオエルの能天気さが鬱陶しい。
わたしはこんなに真剣に考えて悩んでいるのに、フィオエルはただの天使だからわたしなんかとは関係がないしそんな繋がりは向こうから一方的に切れるようなものだと言うのに。
『もう少し心開いてあげなよ、ルスラン様にさ』
『……隠し事、向こうもしてる……』
『残念だけど、向こうは隠して当然みたいな隠し事だから正直しょうがないと思うよ?知ったらニア、本当にルスランが言うみたいに一生逃げられなく……』
『うるさい!……わたしが正しいの!』
どうしてみんなわたしが間違っているように言うの?
こんなわたしでも正しい理論だと分かるのに、みんなみんな否定ばかりする。
わたしが間違っていると思ったらみんな間違っているはずだし、わたしが合っていると思ったらみんな合っているはずなのに。
わたしは皆から嫌われるブサイクでクズでゴミな人間で、ルスランはそんなわたしに執着する意味不明な似非猫亜人だというのに。
『アドバイスを出ないからニアちゃんが頑ななら俺も別にいいんだけどさ〜?君は人の意見を聞かないくせに自分の気持ちにも素直にならないから、そういうとこダメなんだよねぇ〜。君の中で作った理想のフォルフォニア像に囚われすぎているからさ、せめてどっちかにしないと』
『理想……そう、理想!それがわたしのあるべき姿!分かるでしょ……?!それをねじ曲げることは間違っているの!』
フィオエルは声だけで分かる呆れた声を出すと消えていき、わたしはムカムカと苛立ったまま拳を握りしめ純白の机と向き合った。
ルスランなんか、……ルスランなんか、どうせわたし以外に惹かれて浮気する癖に、何が隷属?何が永遠に逃げられない?
馬鹿みたいな絵空事ばかり繰り返して、そんなものは絵本の中だけの詭弁だ。
人より知能が高いと言うならば、どうしてわたしには価値がないことが分からないの?どうしてわたしより他の女性を選ぶと分からないの?
そうしてルスランが選んだ選択で、わたしはただ苦しめられるだけだと言うのに……




