32話
闇より暗い漆黒の髪に、血より赤い紅の瞳。
人々を圧倒するような大きな背丈にがっちりとした恰幅のある肉体、長い足。
なにより眉目秀麗の言葉ですら生ぬるい、人離れした圧倒的な整った顔。
そして、彼の種族を示す尖った耳と、彼が"どういう存在であるか"を示すぐるりと巻かれた角。
ルオン・ヴェロ・エルドリッジ。
この世に生きる魔王族三人のうちの一人。
魔王の息子、レイバウンスの教祖、猫亜人ルオン、そんな風に彼は様々な顔を持つ。
そしてルオンは、"彼女"に恋をする男でもある。
_______冷たい洞窟に、カツンと一つ硬い足音が響く。
ルオンはその鍾乳洞のような場所に踏み入れると、ぼんやりと高い天井を見つめた。
そうしてため息をひとつ着いてから、軽く膝をつき近くの湖に手を触れる。
しゅわ、と音がした後、ルオンはぼんやりその水面と目を合わせた。
「……毒か」
しかし、痛がる様子もなければ、何かダメージを受けた訳でもない。
ただ手に着いていたホコリが取れたかどうか、痒みすら怪しいレベルの毒は、マッサージにもなり得なかった。
宇宙最強の生命体、ルオンにとってはこんな毒沼など風呂のように浸かれるだろう。
「洞窟には特に意味が無いと……。煩わしいな」
ルオンは手を軽く翳すと、全ての罠は停止しただ真っ直ぐに進んでいたルオンに向かおうとしていた鉄球は灰となって崩れていく。
「さて、ミアはもう中か。この程度のペースならばバレることは無いな」
彼は共にフランクに来たもの達から己を除いて迷宮に入ることも、いつここに来るのかも、その高い知能で全て理解していた。
だが敢えて見逃したのだ。
ルオンは元々、己が手を出せば全てが一秒もかからずに解決することを知っていたから、非効率な生徒の指示に従ってダラダラと迷宮を進んでいくことが大変億劫だったのだ。
ならばもう既に終わったような道を後ろからついて行って、フランシミアを眺めている方が己に合っていると理解している。
彼はまた、その虚ろな瞳で暗い壁を見つめながら歩みを進めた。
ルオンは孤独である。
彼は余りにも強すぎるから、この迷宮に限らずどんな問題でも一秒足らずで解決してしまう男だったが、それ故にルオンに寄り付く目線は気色の悪い媚びの目線か、怯えた目か、もしくはルオン自身の気性の荒さを見て恐れる目線か、そんなつまらないもので埋めつくされていた。
かつてのルオン・ヴェロ・エルドリッジは、「魔王族」でしか見られたことがなかった。
それ故に自身の存在を、この世からできる限り消した。
ルオンは閉じこもり、全てを拒み、自分は生きている意味が無いと思う日々が多く、しかし死ぬことも同時に恐れ、そんな憂鬱の狭間で生きていた。
そんな時に出会った"天啓"で、ルオンはレイバウンスという宗教を作り出し、"超越魔法"を会得するためにようやく生きる意味を見つけたがしかしそれでも孤独なことに変わりはなかった。
_______フランシミアと会った今も、彼はフランシミアから自分が拒絶されていることを自覚している。
気持ち悪いと、受け入れられないと、そういう言葉を"反抗期"だとか、"理解されていないだけ"とか、そういう風にルオンは曲解して返していたものの、拒絶されているという事実自体は分かっていた。
それでもルオンが、一縷の希望を見ているのは……
「ミア、お前は何も知らないだろうな」
この青光りする暗い洞窟は、罠が無かろうが長いことには変わりない。
それでも、転移を使わずに歩み続けるのはルオンが物思いに更けたい気持ちがあったからだ。
彼が千里眼で洞窟を、室内を、奥に待ち受けるものが何かを見て、その神殿のアーチを見た時……ルオンの心は酷く擽られた。
それを目の前で見る喜びと、そこまでの道を歩む喜びを享受したくて、ルオンはこの退屈でつまらない人生の中で、道中を歩むという無駄だと考えていたことを行った。
「僕は、時々夢を見るんだ」
何一つ変化のない、枯れ果てたような裏の世界。そんな彼の住む部屋に、一滴甘いピンクの宝石が零れ落ちた。
それを拾ってから、ルオンの世界は変わった。
フランシミア・アミュレットと出会った。
そうしてフランシミアと出会って直ぐに、ルオンは彼女の魔法である存在を見た。
「あれはまるで、ガラスで出来た花のようだった。涙を浮かべれば雲が晴れ、笑みを浮かべれば花が咲き、厳格に佇めば虹が掛かる程だった」
モニターに映されたそれを見た後から、ルオンは時々夢を見るようになった。
それが、その小さな金色の少女が、夢に出てきた。
その少女は夢の中でルオンを優しく抱きしめ、そうしてルオンに己の体をさらけ出した。
その頭に焼き付いた少女から出る声は幼く、甘く、蕩けるような声だった。
夢は一人称視点で誰かは分からないが、ルオンは自分のように思えた。
だから自分が拒まない相手と言うなら、そういうことだろうとしか考えられない。
そうして辿り着いた神殿のような建物のアーチを、じっとりと細い目で見つめた。
「……お前の名前が、知りたい……」
そこに書かれたフランクにはない古臭い文字が、ルオンの運命を示していた。
ルオンはフランシミアを監視すると、案外入口の近くにいる。
今入れば、自分が追って来ていることが露呈してしまうだろう。
そうしてルオンはそのアーチとにらめっこすることになった。
_____フランシミアと会った日、会ったその瞬間ルオンの頭に何か電撃が走るような感覚を得た。
それは少し懐かしいような、しかし何か悲しみも混ざるようなものだった。
それをルオンは感じたことがなく、そうであるからこそルオンは、フランシミアが運命の人だと思った。
未だ分からない超越魔法を手に入れて、ルオンの望むちっぽけな願いを叶えて、そうして共にあってくれると信じた。
「あの少女は、フランシミアの可能性。ならば……」
超越魔法を手に入れ、世界を一枚上から操る力が得られればルオンはどんな平行世界にも行けるし、そこでどんな力を扱うことも、世界を形から変えることだって出来る。
平行世界の人間にだって会えるのだ。
フランシミアはまだ_____として、未完成だ。
だからルオンはフランシミアを完成させないといけない。
フランシミアを_____として完成させること、それこそが全てを得るための方法であり、そのためにルオンは彼女に時空演算の構築鍵……正しく言えば《デウス・エクス・マキナの鍵》を授けたのだから。
「フランクなのに聖教のものでもない……なぜこれが此処に?」
ルオンはアーチに触れながら首を傾げ、部屋の奥を見た。
それはたしかに神殿にあるものだ。
しかしフランクと言えば聖教の正派、キルスト崇拝の場所のはず。
ここにあるものは材質や形からして、ギリシア神話の物のように見える。
奥に佇む敵も、宝箱の中身も、一切関係ない。
なのに猛烈に、この神殿のアーチから力を感じるのだ。
ルオンは触れたまま魔力を注ぎ、さらに調査しようとするが。
その瞬間、神殿のようなものの柱からアーチから、堀の入った所に青くラインが光っていき何かが起動する。
「……?!」
ルオンは千里眼を使い、ダンジョンの中を見渡すもこのアーチ以外の変化は何も無い。
しかし魔力を流した瞬間光るのに、意味が無いわけ等ない。
そんな時、ルオンの耳に幻聴のような声が聞こえた。
『くろ……?あお……?ぴかぴか…?』
幼い声が、何処ともなく響く。
どくどくと沸き立つ心臓が次の言葉を求めて、ルオンは息が荒くなった。
この声はまさに、ルオンにとって都合が良すぎる幻聴だ。
『だれか、よんだのに……』
「おい、僕だ……ルオンだ!聞こえないのか?!」
『きのせい?……きのせい、かなあ…』
「クソ、……何処だ……何処にいる!」
その声の正体を求めようとウロウロと歩き回ったり、扉の中を開いて入っていくも特に声が近くなる様子はない。
『白いの、ここからだして……たすけて…』
初心な声がエコーがかっていくつも響き、そうしてルオンはあちらこちらに動き回るもそれ以上の声はない。
どこへ消えたのだろうか、どこへいなくなったのだろうか。そもそもあれはなんなのだろうか。
ルオンの知能は全ての言語を理解し、訛っていようが言葉を織りまぜようが彼が聞き取れない、理解できない言葉などない。
確かにあの門と言葉の言語は一致していた。
しかし中には影響がない。
もしかして、あの門だけ独立した何らかのギミックがあったのだろうか。
そうルオンは考えてまた戻るも、もう何も無かった。
「一体、……何が……」
ルオンを書いてる時ととある女の匂わせしてる時だけ元気になる作者です(最低)




