2話
「お前は誰だ?」
消えた黒猫。代わりに現れた猫亜人。
(つまり猫と勘違いして猫亜人を助けたってこと?)
「え?……わたし?」
「お前以外に誰がいるというのだ」
そう言われてあせあせとしながら軽く自己紹介をすると、彼はふぅんと返事ひとつ。
改めて、じっとその姿を見てみる。
どう見ても高そうな生地で作られたアシンメトリーな服に、王冠のアクセサリー。血のような真っ赤な瞳、漆黒の髪。眉目秀麗の極地のような美しい顔に……背丈は目測2メートル以上。
「……あなたは誰なの?」
思い立ってそう問うと、目の前の男はきょとんとした顔の後に続けた。
「僕は、ルオン」
「……他には?」
「猫亜人。1298……じゃなくて、129歳」
助けられたくせに高圧的にふんぞり返るルオン。なんだコイツの一言で、わたしは去ろうとするがそこをルオンに止められた。
「どこへ行く気だ?」
「え?家」
そういうとルオンは顔を顰めた。残念ながらわたしはルオンに顔を顰められるようなことはしていない。
そのまま見捨てておけばよかったのかな、と心の中で思ったものの、猫愛好家のわたしとしては助けざるを得なかった。
ただしナリがこんな猫亜人だったら多分無視していただろうと思いつつ……。
ルオンと目が合うと、頭に頭痛が及んだ。
それがなぜだか分からないが、とにかく頭が痛くなった。
わかった。こいつは不幸を呼ぶ男だ。
そう確信してわたしは半円分回って去ろうとするも、腕にくるりとなにかが巻き付く。
尻尾、いや、しっぽにしては毛がないしこんなに長い筈がない。
そう思った瞬間、ぐるりと景色が反転した。
モノクロの世界で、魔法具の信号も、落ちる木の葉も、青空に残る雲も、何もかも停止している。
「……逃がさない」
そのルオンの言葉に再び振り返ると、ルオンはじっとりこちらを睨むように見る。
寡黙で仏頂面で…、なんとも取っ付き難い相手。
わたしはじわじわと殺意が沸いてきて、自身の武器を手に取った。
プラチナの台座に、無色透明のハートの宝石。
傍から見ればただの装飾にしか見えないそれが、わたしの武器だった。
「わたし助けてやったのに、そんなことされる筋合いないんだよね」
ルオンは不思議そうに此方を見る。
自分のしている行動が至極失礼な事が分からないのだろうか。
「なんか殺意湧いちゃったから殺されてくれない?」
_______JewelryToBerry。
そう叫ぶとハートの宝石が赤く染まる。
イメージするは炎の剣を持った気高き騎士。
ツインテールの髪にはリボンを、軍服のように整った制服は鎧に腰マントまでついた凛々しい姿、動きやすくミニスカートでヒールは低め。
宝石は背中のリボンに埋まり、手には炎を纏った片手剣を。
わたしは真っ直ぐにルオンへ向かい、下から剣を振り上げる。
ルオンは素知らぬ顔で避けるが、反撃する様子は見えない。
武器がないからか。猫亜人は素手なら爪で引っ掻くなり蹴るなりできるはずだが、やる様子も見えず。
兎に角舐めた態度でそのままやられてくれるならわたしは助かるものだ。
抵抗する相手を痛ぶるのも愉しいが、今はただ無抵抗な子供を一突きにしたい気分だから。
しかし踏み込み、振り上げ、飛び上がり、振り下ろし。騙しまでしているというのにルオンには傷どころか服の繊維ひとつすら出すことが出来ない。
その癖抵抗もしてこないから、まるでわたしが踊らされているようだ。
なら…やり方を変えるのみ。
「JtoB!」
イメージするは空を駆け回るガンマン。
武器は二丁の拳銃へ、服は先程より軽装に、しかし鎧もマントも無くなったが意匠はあまり変化しない。
そのまま銃を撃ち抜き低く姿勢を取れば足を引っ掛けたいと回し蹴り、横転し眉間を狙えば体を起こして駆け寄り。
中々所ではない。大分強い。何万殺してきたか分からないのにここまで手こずらせた相手はなかなか居ない。
最近、学園生活のせいで大玉を狙えずに雑魚狩りに専念しすぎた故だろうか。
騎士団長の首ひとつくらい取っておけばこんな相手に遅れをとることもなかったはずだ。
しかも、ただ殺せないだけならまだいいが相手は受け流すことすらせず避けるだけ、しかもそれで傷ひとつすら付けられない。
苛つく、苛つく、イラつく。
もういっそロンフェイの力で生きることに掛けて自爆でもしてやろうかと思った時、ルオンはようやく口を開いた。
「御遊びは、満足したか?」
「誰が……!!」
そう言いかけた所で、ルオンは急に此方へ接近し、わたしの腕を掴む。
離そうとするも全く動かず、いや、寧ろ力が抜けていく。
だらりと掴まれた部分で支えられて立っているだけになったわたしにルオンはくすりと笑った。
「愛いな」
ルオンは尾をわたしの腰に巻きつけながらそう呟くと、パッと手を離し地面に落ちた。
瞬間、体は動くようになったものの無駄な事をしている自覚があり攻撃する気にもなれなかった。
「最悪の日だ…」
わたしはそう項垂れて、ルオンが消えた瞬間世界が色付いて行くのを眺めた。
_______暗い暗い屋敷。
ワインレッドのカーペットに、何処までも広がる廊下。
外から見える景色は氷柱のように垂れた黒い鉱物に、泉に映るは宇宙の銀河。
空は無く、土は硬く植物のひとつも無い。
命の息吹も感じられないそこに唯一ある建物は、暗い煉瓦で作られ景色に溶け込んでいる。
「よくぞ戻られました、皇子殿下」
白む髪に枯れた顔の老執事は、帰還せし者に言葉を掛けると深くお辞儀した。
「皇太子殿下は食堂にてお食事を、魔王様は執務室にて勤務中で御座います」
マントを靡かせ過ぎる、威厳と風格ある姿、そんな彼が言葉を掛けても返さぬのも慣れたように執事は対応する。
「お茶の用意は如何されましょうか」
「要らん」
唯一発した一言で、執事は下がると男は進み、扉を開けた。
何処までも広い自室だ。
上着を掛け、ベルベットのソファに転がるとぼんやりと思い出す。
金色の靡く髪、殺意に燃える瞳、小さく柔らかい身体。
「あぁ……、本当に愛らしい」
彼は胸に仕込んでいたペンを取り出すと、小さくノックを打つ。
するとクリップに空いた小さな穴からディスプレイが映し出され、映像が流れ出した。
それは先程の、酔狂な戯れ。
「フランシミア、憶えたぞ。彼女が僕の嫁だって事もよく分かった」
そういうと彼は、ルオンはにやりと笑い、其れを眺める。そして片手間に軽く本を開くとすらすらと読み始めた。
「フランシミア・アミュレット、14歳。スタデルクス・マルクスピサンツ君主国、ルーマ市内M7地区3-4が自宅、聖フェイリス学園中等部3年、無属性学科。姉に双子のフォルフォニア・アミュレット。親はフォルゴスとアルミラと言うが、子供に対してネグレクト気味。趣味は殺人、殺してきた人数72120人…」
"其れ"はルオンの持つ"権力"の象徴だった。
その本はアカシアの書と呼び、読者の望む情報を開く度に表してくれるアーティファクト。
万物を人の手の届かない次元から全てを知り、それを知識として提示するその書物はたかが劣等生物の持てる物ではない。
正しく、"裏の世界"に住む"魔王候補"であるルオンでないと、その表紙を見ることすら敵わないものだった。
しかし、ルオンには問題がひとつあった。
この宇宙の、裏の世界を統べる王である魔王に……、なる気が一切ないのだ。
ルオン・ヴェロ・エルドリッジ。
彼は作者のお気に入りキャラです。
作者は生理的に気持ち悪いと感じるような行動をするヤンデレが大好きです。
つまりそういうことです。よろしくお願いします。