28話
「あ、ミアたん。おはよーーございますう〜」
いかにも高そうな車に乗ったアドラーが手を振ると、そこにはロンフェイと、ユングが既に乗っていた。
そして運転手は黒い髪で……おかしいな、どうしてこんなに見覚えがあるのだろうか。
うん、どうして運転手が赤い目で、猫耳が生えているんだろうか。
「あっ……で、……出た!!」
「おやおやフランシミア、おはよう。この僕がいることがそんなにおかしいのか?」
「おかしいでしょ!誰かツッコミ入れてよ!ねぇ!」
「実は先生にですねぇ、迷宮の話をしたんです。そうしたら子供だけじゃ〜ってローウェン先生に言われて、そうしたらルオン先生が自分もついて行くって言って……」
クソ、考えたなあの男。あの時直接声を出していれば拒絶されるとわかっていたから、ローウェンを盾にして大義名分を得て着いてきたんだ。あまりにもずる賢い男、ルオン。
「という訳だ。……ミア、どこでも一緒だな……♡」
「き、……ッ、あ、あぁああッ!平穏、平凡、帰ってきて……」
「何を世迷言を。僕がいる事こそ平穏そのものだと言うのに」
体から魂が抜けたようにとぼとぼと車に乗ると、ロンフェイがわたしをじっと見つめる。
『でも、まあルオン様がいるのは悪くないと思うよ』
『えぇっ?!ロンフェイまであいつの味方なの?!』
『ルオン様が居れば、どんな不測の事態にも対応出来るからさ。あとアドちん、迷宮にルオン様は連れていかないらしいし』
『あぁ……子供でなんかしたいっていう反抗期だ……』
つまり、教師が大人を連れていけって言ったからそこに便乗してルオンが来ただけで、アドラー本人は全くルオンを迷宮に連れていくつもりがないらしい。
それなら幸いだ。迷宮がどんなものかは知らないが、正直に言うとわたし達のパーティの指揮官はアドラーだからルオンが入ってもアドラーを指揮官にすることは変わりないし、それでルオンがアドラーの指揮を聞くとは到底思えない。
ルオンが指揮を取ったところで、元々慣れているわたしたちのスタイルは結構独特なものだから迷宮という慣れない場所でやって崩れてしまえば訪れるのは喧嘩だとかそんなちゃちなものでは無い、シンプルな死だ。
『ユンくんもいるし、アドちんもいるし……まあ、最悪俺が全部出来るからね。
ミアたんは変に不安がっていたけど平気だよ。なんたって俺、雷龍だよ?』
ドヤがっていうことでは無いとは思いつつロンフェイの実力は本物だ。なにせ教科書に載っている男、説得力は違う。
とは言っても、不思議な悪寒はやまないもので。
「ちなみに別荘に行くとかいってたけど、行先わかってるの?」
「当たり前だろう?全知全能に何を懸念している」
あぁ、ロンフェイのドヤ顔は事実だけどルオンは完全に過大評価だ。
たしかに無詠唱かつ素手詠唱が出来るやばい男だけど、全知全能は言い過ぎ。
ルオンの猫耳がぴょこぴょこと跳ねて、明らかな「崇めろ」というオーラを全力で無視して軽い返事をする。
「で、アドラー。暖かい国って…どこ?」
「フッフッフ、驚かないで下さいねミアたん?かの美食の国、フランクなのです!」
「え、……すご」
「ミアたんリアクション小さすぎますよぉ〜〜!!アドちんに合わせて、流石〜って言いながら拍手するのが相場じゃないですか!」
「……いや、別になんというか…、そんな喜ばないといけないものだったんだ?」
知らない大陸の孤島だとか言ったら流石にテンションが上がっていたと思うが、フランクは別に行ったことがある国だ。
かなり昔ロンフェイの力を馬鹿にして笑ってたらそのまま龍の背に乗せられてフランクまで連れていかれて、そこでフルコースを食べさせられたのは今でも鮮明に覚えている。
雷龍ロンフェイの力が如何にあるのか、フランクの記憶はそこと繋がっていた。
「まあまあミアたん、ありふれた首都とかとは違ってアドちんがいくのは少し外れたところにある場所ですから!また違う景色が見れるのですよぉ」
そうして、車が停車した所で見ると転送用魔法陣、車用の物だ。
「ミアちん、パスポートをルオン様に渡さないと」
惚けていた所に突っ込まれると、わたしは携帯を取り出してポチポチと操作し、手にパスポートを出す。
この携帯はアーティファクト、ソウル・メガフォンだ。
撮影したものを取り込む機能と、画面から操作することによって取り出せる亜空間収納のもの。
亜空間収納の中は時間が止まっている訳では無いため保存が効かない食材などを入れられるものでは無いが、服などの荷物をしまう程度には上手く働いてくれるもの。
そして、容量は人の魂を吸わせることで働くという面もあり、殺人趣味のわたしにソウルメガフォンはよくマッチしている。今の容量は大体300キログラム。これだけあれば困ることはないだろう。
それをルオンに差し出すと、彼はわたしの手をひとしきりにぎにぎと掴んでからパスポートを取った。
心の中で軽く引きながらも、これだけでは最早動揺しなくなってきた自分に嫌気がさす。
圧倒的に慣れているのだ。ルオンの奇行に。
そうしてルオンが車から降り、手続きをしてくるとまた車は動き出した。
昔は荷物検査などがあったらしいけれど、魔法使いにとっては杖一本で爆発させられるから意味がなくなり、代わりに身分証の犯罪歴などが重視されているみたいだ。
結構危険なやり方だと思うが、国自体の治安の云々もかなり厳しくやっているため重大な事件が発生したことは今までない。
そもそも都市には基本、魔物の襲撃がない限り攻撃魔法が使えないような巨大な結界が貼られているし。
「んでミアは、亜空間収納持ちかよ。お前ほんとにアーティファクト沢山持ってるな……高かったろ?」
「いや……家に元々あったやつだから」
封印されてきたのを奪ってきましたなんていう必要は無いためそこはしっかり隠しながらユングにそう言うと、彼はむっすりと不機嫌な顔。
「アミュレット家は元々アーティファクトを取引してるところだもんな……ちぇっ、一個くらい俺にも分けて欲しいが」
「は?やだよ。なんのメリットがあるの?」
「そういう所がお前の嫌いなところなんだよフランシミア!」
「なんで友情パワーで高いものをあげないといけないワケ?対価がないと取引なんかやらないよ」
「守銭奴女!いっつもアドラーに奢ってもらってるくせに何言ってんだこのクズ!アドラーにくらいあげろやアーティファクト!」
あぁ、ユングの語彙力が上がっていく。このまま行くと、ユングとわたしのラップバトルが始まってしまうが至極めんどくさいため口を閉じて無視モードに突入した。
そうして前を見るとルオンはミラー越しにわたしをガン見しており、いよいよ目線の行き場が分からなくなったあとふと窓の外を見てみる。
夏の日差し、広がる緑。
田舎と言えばそうなのだけれど、自然に包まれると言えばポジティブだ。
きっと、フォルフォニアもここは好きだろうなんて思いながら……さっきのルスランとの云々を思い出して閉口した。
絶対ルスランはよくないと思うんだよなぁ。ルスランとは。
……そうだ。
「ねぇ、ルオン」
「どうしたミア」
爆速で、まるで梟が如く首をぐるりと回してきたルオンは、ニコニコと笑っている。
クソ、顔がいい。顔がいいからずるいのだ、この男は。
「その、……姉がさ、よくルスランと絡んでるの。あんたからみてルスランって……どんなやつ?」
「は?……なんで他の男の話をお前がするんだ」
「だーかーら、ニアが絡んでるからって言ってるでしょ。なんか見た目通りのやつじゃないからさ……あんたから見てどういう評価をしているのかが気になったの」
そうしてルオンは少し考えたあと、口を開いた。
「ルスランは、お前の姉には媚びを売っていて優しい素振りを見せているが、実際はとても冷徹で手段を選ばない男だ。ただ、ひとつ言えることがあるとすればルスランの庇護下に入っている限りは恐らく危害は加えないだろう」
「う〜ん……」
それはある意味安全であるということだろうが、でも問題はあのメンヘラフォルフォニアがルスランを本気で拒んだ場合だ。
そうした場合ルスランは恐らく豹変し、恐ろしい態度を見せてくるだろうから…そうなれば、いや。
そうなれば、フォルフォニアが契約している天使が助けてくれるだろうか。流石に化け物みたいなスペックの猫亜人と言えど、神の使いである聖教の天使には敵わないだろう。
なら、飛び火しなければ心配いらないのでは?
「そういえば、ルスランさんはルオン先生と幾つ違うんですか〜?」
アドラーの言葉にガン無視したルオンに、知りたいとわたしも同調すると、ルオンは真顔で2、とだけ呟いた。
「ふむふむ……なるほど……超絶イケメン猫亜人兄弟に愛され双子……これはもう一本かけますよ一本!アドちんの筆が走って!もうこれは……出来ちゃいますって!」
「金取るよ」
「金なら余るほどあるので稼いだ分ぜーーんぶあげます!ですからモデルにさせてください!ねっ……ねっ?!」
アドラーが息を荒くして寄ってくるのをへたれた顔で頷いていると、ロンフェイが少し不機嫌そうな表情をしていた。
そうして少し考えたあと、急に笑顔になる。
「ねぇねぇアドちん。俺もネタ提供していい?」
「おお!なんですかなんですか!ロンフェイさんがネタを提供とは……意外ですねぇ!はい、どうぞっ!」
「伝説の龍と殺人趣味のサイコパスな女の子とのストーリーとかどう?」
「異類婚姻譚ですか……いいですねぇ!サイコパス主人公ってのがテンプレートなど知るものか!って感じの所も非オタならではの感性で……」
そう言ってメモを書き出すと、ロンフェイは嬉しそうな様子で見ている。
それにしても殺人趣味のサイコパス、……伝説の龍……。
あまりにも露骨じゃないか、なんて思いながらロンフェイをチラ見すると、彼はわたしに向けてほくそ笑んだ。
「ふふん、ミアちん。……これが情報戦ってやつだよ」
「は?」
「手厳しいねぇ〜相変わらず」
ロンフェイはわたしの頭を撫でると、車が止まった。
目の前に見える大きな建物が、恐らくアドラーのいう別荘なのだろう。
そこは森の中の屋敷という感じで、高い位置にあるからか遠くに海も見える。
大きなガラス張りの窓に、真っ白い壁の屋敷。
三階程の建物には、グレーの平たい屋根がある。
正しく、メノディーヴァ家の別荘に相応しいものだろう。
「いつもはユングさんを連れて、アドちんの家族とかと一緒に来てるんですけど……今年は学校の子達と一緒に居たいと言ったので家族は来てないんですよぉ」
「へぇ……ユンくん、外堀埋めてるんだ」
「ちっ……ちげーよ!幼馴染なんだからしょうがないだろ?!」
ロンフェイ曰く、ユングはアドラーに片思いをしているのだとか。
わたしにとっては至極どうでもいい事なのだが、アドラーから感情を向けられてそうにない辺りゴールインするのかは怪しい。




