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17話


「俺はな、昔研究所にいたんだ。キメラとかを作ったりするところでな。そこにいた実験体が、一応人間っぽかったんだが……それは、無詠唱で魔法を使っていた」


「……そんな情報、聞き覚えがありませんが」


「そりゃそうさ。もう解体されたが、あんまり良くないところだったからな。

キメラ交配をさせて生まれたそれは、キメラな筈なのに人間の要素だけ引き継いだただの人間のようで、遺伝子も何一つ変わらず人間だった。

だけれど、そいつは確かに何の媒体もなく、無詠唱で魔法を放ちやがった。それが全属性使えるか分からないが…まあ、そういうやつも居るから、俺は教祖様が人間だと思っているんだ」


研究から生まれた生物なのかもしれない、といいつつ中年の信者はその被検体は女だったから少なくとも教祖様がそれでは無い、とも付け足して。


「それで、その被検体はどうなったんだ?」


「壊れちまった。キメラで交配したのに人間にしかならなかったから、さらにキメラとして他生物を付与させようとしたが失敗して分裂、その後に俺は辞めたから知らんが……少なくとも、あの化け物みたいな人間では無くなっていた」


感受性が高く、心優しいリーンはぎゅうと拳を握りしめる。


「そんな、人間の命を弄ぶようなこと……!」


「はは、甘いな。今使われている薬も、誰かが実験体になってるから俺たちは安全に使えているんだ。

キメラだって、それが成功すれば人間でありながら高等な魔法が使えるようになり、社会は大きく発展する。限られた天才以外にも魔法をよく扱うことが出来れば、生活の水準は大きく上昇するんだ。

だからお前たちのいう人間の命を弄ぶようなことを、俺たちはしていた。人間の未来のために、な」


中年の信者に返されたリーンは、ぐ、と口を噤んだ。

それもそうだ。ここレイバウンスにいる人間は、リーンやルビィたちが罰してきた「悪い事をしているという優越感のために悪いことをする」生半可な悪党気取りではない。

知識を持って、確かな思想を持って、小悪党がイキリ散らすような悪を、遥か明るい未来のためのささやかな犠牲として扱うものが当たり前にいるのだ。

それは度が過ぎれば強い思想となり、正義と反発することもしばしばある。


「でも、人間が犠牲にならなくても、人間と同じ組織を持つものが代わりになれば上手くいくとは思いませんか」


「それは、薬とかならそうだがな。

でもキメラは意思が必要だ。あくまで生物、俺たちと同じ知能を持つもの。人に利用されるために生まれたそれが、俺たちと似た形で、似た構造をしているのに人形のまま利用されて捨てられていくのは、それこそどうなんだろうか。それは人間が振りかざす暴虐ではないか?」


「……返す言葉もありません」


「人だけが偉いんじゃないんだ。小さな動物だって立派に生きてる。機械だって、意思はなくとも人のために利用されてくれている。一つ一つのものに目を向けて、感謝して、そうすれば……きっと、この世界ももっとより良くなるはずだ」


「お前いいこと言うな〜」


「私も、同じです。この世界をより良くしたい。皆が幸せに暮らせる世界にしたい。そのために、私は……私達は、苦しむものをひとつでも減らしたい」


そうしてリーンと中年の信者が不思議な縁を感じ始めた頃、辺りにまた静寂が戻ってきた。教祖がまた話し始めるようで、彼らはそこに目を向けていた。

教祖は口を挟まれることも世間話も大嫌いだが、そのために信者たちが話すための時間を設けていた。

つまり、これは終わりではなくただの休み時間だったということだ。


「これからは、僕がその魔法を再現したものの実演を行おうと思う」


そうして教祖は手を向ける。ルビィとリーンの視線は、その骨ばった男の手に集中した。

教祖はぐっと手を握ると、目の前に大きなモニターのようなものが現れる。

そこに映されていたのは、信者たちの姿だ。


「これが、パラレルワールド……!」


わあわあと盛り上がる信者達。それもそのはず。

鏡写しのように見えたモニターの中で、彼らは違う動きをしていた。違う服や、違う姿、そっくりなのに目の前で動くと逆方向に動いたり、違う動きをしたり。

リーンとルビィも思わず前のめりになり、そのモニターに映る。


「……!」


そこには少し大人びた2人が居た。服装は違うもので、ルビィは今よりも強そうな剣を持って、リーンは人間の技術で作れるようなものでは無い杖を携帯し、ぼんやり目が合っていた。


「す、すごい……!」


「へぇ〜興味深いな。これは確かに、皆熱狂するのも分かる。新技術の最先端を見ている気分だな」


そうして盛り上がっているのをキョロキョロと周りを見渡しながら、リーンはふと呟いた。


「あそこに教祖が映ったら、何が見えるんでしょうか」


「たしかに。教祖をしてない教祖が映ったら、素顔丸見えになっちゃうぞ」


それが周りに聞こえていたのか信者たちは、口々にその言葉が繋がり、行く末はモニターの前に出てこないかとじっと教祖を見ていた。

彼は賢い。信者たちが何を求めて教祖を見ているのか理解し、さっと前に出る。

モニターに教祖の姿は映った。

しかし、近いからか、あまりよく見えない。

たしかに深いローブは映っては居ないが、見える情報量も圧倒的に少なかった。

黒い髪があり、襟足は長く伸びている。肩も一般的な男性のように広く、そこにはスーツのような物がある。くるりと教祖が横を向くと、普通の人間より白い肌と、少なくとも若くはなく、20代後半から30代前半ほどの男性の、ひとつたりとも欠点の見えない鼻から下の唇と顎が見えて、わぁと盛り上がった。

それだけ見せると教祖は後ろへ下がっていき、また見えなくなる。


「……イケメンだな。口元だけでわかる」


「肌も顔つきも、人間らしいそれですね。羽も映らなかったことから天使や悪魔の類でもない、と」


2人は少し感動していた。あまりにもその教祖の、一部分のパーツを見るだけでも眉目秀麗の極地にあることから、最早神を拝んだ時のような気持ちになった。あまりにも綺麗で、あまりにも美しく、あまりにも格好よい。力だけではない、素晴らしい見た目の持ち主のようだ。


「だから言ったろ?人間だってよ。教祖様はイケメンなのに強いとか、もうやべえな。生半可な男じゃ絶対勝てないぜ」


「教祖と結婚出来る女、……いるのだろうか」


「まさか、教祖様は研究一本って感じに見えるからな。恋愛にうつつを抜かすようにはとても見えん」


そう言いながら話しているとまた区切られ、教祖は話し出す。

モニターのようなものをしまうと、これからの課題点の話をしていた。

見ることはできた。が、これは一点しか絞れないため意図的に操作することによって変化率の大きなものから小さなものまで見れるようになる必要があると。

そして、もっと大きな問題は見ることしか出来ないということだ。そこに干渉出来なければ、超越魔法ではない。

そうして大きな発表に課題までつけて、壇上から降りた教祖は幕の裏に消えゆく。


「行こう、リーン」


「はい、弟さんが帰ってくる前に、安心して欲しいって伝えないといけませんね」


そうして二人は集会場を後にし、階段で地上へ登ろうとする。

しかし、そこの前にふと人間が立った。

フードを深く被る男だ。


「きょ、教祖……」


ステージにいた時には分からなかったが、この教祖はあまりにも大きい。少なくとも二メートルはある。

ルビィとリーンを影で覆うように、ローブからでもわかるがっちりとした体型の教祖は二人を見下していた。


「は、……小癪な小細工だな」


教祖はリーンのローブからブローチを取ると、それを軽く手で握り潰した。

びく、と二人の体が揺れる。

目の前の男から放たれるあまりの威圧感より、レイバウンスを疑ってかかっていたリーンは場に来た時のギャップが今更残響し、罪悪感に強く蝕まれる。


「あ、えと、……ご、ごめんなさい……」


「そんな真似をしなくとも、僕の考えるものに間違いなどは一切存在しない。疑う余地もなく、完璧だ」


砕けたブローチから、魔力の残滓が霧散していくのをぼんやりと見つめながらルビィは口を開いた。


「確かに凄いな。私は色々旅をしている人間だったから正直疑い半分だったんだが……おみそれしたよ」


「は、当然の話だ」


そうして教祖は、ルビィからもブローチを取って捻り潰す。


「多少のイレギュラーは計算済みだ。今回は不問にしてやろう。

しかし次は……来るならば、正当な手段で来い」


「あぁ、また気が向いたら行くよ」


「ちょっと、ルビィ……」


「だって面白いじゃないか。悪いことは嫌いだが、私面白いことは大好きなんだ」


そう言ってニッコリ笑うと、ルビィはこの数十秒で慣れたのか大きな背の教祖にも怖じけることなくその横を行って先に進む。

元々、二人に用はもうないんだ。

帰ることだけが後にするべきこと。


「あ、そうだ言い忘れてた」


階段をのぼりながらルビィは教祖に向かって声をかけた。


「お前超イケメンだな。モテるだろ」


教祖は一切返事をせず、振り返ることも無く、スタスタと去り消えていく。


「ルビィ、あの人が言ってましたよ。教祖は世間話が大嫌いだって。その言葉も、負感情しか生み出さないと思います」


「世間話というより純粋な疑問だったんだがなぁ。私が彼に惚れる気は無いが、それはそれとしてあの素顔は見てみたいもんだ」


そう言いながらルビィとリーンは民家へ戻り、相談者へ中の事情を話した。

安心した相談者は感謝の言葉を何度も述べられ、それに対してルビィとリーンも楽しそうに会話をしてから、また家を出ていく。


「全く、リーン。やっぱりお前は少し頭が硬いな」


「ルビィ……貴方がシュナイデンの家で余程問題児扱いされていたのを、私は忘れていませんよ?」


じっとりとリーンはルビィを見ると、ケラケラと笑い出した。ルビィは昔からずっとこうで、生真面目なリーンとは違ってちょっと妥協したり、適当なところがあったり、考えも柔軟で陽気だ。


「はははっ!問題児?ちょっと自由なだけだ。リーンももっと俯瞰して物を見る癖をつけないと、今日はあの人が賢かったから救われたが馬鹿なら無駄な争いを産むぞ」


「それは……、そうですね。私もまだまだ、学ぶことがありそうです」


「お前が貴族に溶け込むのもあっという間だったのにな。これからもっといい子ちゃんになるなんて…私は嬉しいぞ」


「どこから目線ですか」


「うーん、親?」


「ルビィは親ではなくバディです」


「はいはい」


リーンは品行方正の極みながらも、情に厚い所が災いして目的地に行くまで右往左往している事があるあるだ。

それゆえ今日のこれもリーンが提案した寄り道のひとつに過ぎなかった。


「そういえば、スタデルクス・マルクスピサンツ君主国の北部に行くだろう?そこには学校があるらしいんだ。ちょっと寄ってみるか?」


「学校ですか……そうですね、たまには学生の人と一緒にお話するのも楽しいと思います!」


そう言って二人はまた歩き出した。

そこの学校と言えば、聖フェイリス学園。

白魔法に優れた生徒が多くいる、北部最大級の学校だ。

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