16話
「これは……」
皆は素顔を晒して関わっており、よく見れば新聞に載っている知識人なども見受けられた。
内装は黒に金装飾の綺麗な内装で、変なロウソクだの、怪しいアロマだの、そんなものも無く。
目の前のステージの壇上には誰もおらず、後ろのスクリーンにも何も映されていない。
がしかし、ステージがあるということは統率者がここに来るのも当然ということ。
そうしてルビィとリーンは移動しながら周りの会話を耳に収める。
「ここの術式はこうするとより効率的になり……」
「昨日、俺の師匠が新しい魔法を作り出して……」
なんというか、雰囲気はカルト宗教というより学会だ。紙を持っている者もおり、ちらりと覗けばそこには論文のようなものが書かれている。研究結果、解析、……堅苦しい文字列の数々。
ルビィとリーンは集会場には怪しいものは無いと少し離れ、別の部屋に向かうとそこにはプラネタリウムがある。
「プラネタリウム……、でも、地上から見える星空というより宇宙を映すものですね。投影される情報の中に銀河や太陽系惑星などが映っております」
「うーんますます分からんな。なんか変なものとかは仕込まれていないし……。セラピー的な意味合いなのだろうか?」
そこにも信者らしきものはチラホラと居り、ルビィとリーンがプラネタリウムを凝視しているとある一人が近づいてきた。
「嬢ちゃん達。もしかして新入りかい?」
「あ、はい…」
「それはね、教祖様の御指導の中でたまに使われるものなんだ」
「なるほど…」
そこでリーンの顔が少し歪む。
こんなところで行われる指導という言葉に、少し違和感を覚えたからだった。
「しかし、もうそろそろ公演の時間だ。こんな所で眺めてないで、はやく行かなければ間に合わないよ」
そう中年くらいの信者に諭されると、ルビィとリーンはその部屋から追い出される形となる。
しかし、あの部屋にある情報もまともな質量は持たない。
やはり、教祖と呼ばれるものが何を話すかが、このレイバウンスが良きものか悪しきものかを見分けるサインになるだろう。
そうしてわらわらと屯する信者達に紛れてステージの辺りを見守っていると、瞬間マイクを通された声が響く。
「これより教祖様が新たな研究結果の発表を行う。皆、心して聞くように」
「研究結果…ますます、なんというか……学術じみてますね」
そういえば、とリーンは付け足した。彼らの論文や術式の多くは次元魔法だった。レイバウンスは次元魔法について何かしらの関連があるのだろうと、ルビィに共有する。
ルビィは全属性の魔法が使えるリーンと違って次元魔法にはそこまで明るくないが、レイバウンスのことを機に多少リーンから学んでみるのも悪くないのかもしれない、とも考えながら。
そうして静寂がこの大きな部屋を包むと、ヒールの足音が響く。
深くフードを被り、ゆっくりと足を進めるものの登場に……皆唾を飲んで見守った。
まさにあれこそが、レイバウンスの教祖であると。
「貴様たち、今日の集まりは上々だな。それもそうか。今日の発表は……、朗報の有頂天だからな」
教祖である男は、低く、しかし強く張る声で淡々と言葉を紡ぐ。
態度はあまりにも大きく、教祖と言うには寄り添うような態度は見られないものの、皆が教祖を縋るべきものというより、敬愛せし憧れというような目で見ていた。
「世間話など無意味。概要から話そう。少し前、超越魔法を扱えるポテンシャルがあるものが現れた」
その言葉に、場がわっと沸き立つ。
しかしすぐに静寂が戻った。恐らく、騒々しくなり場を乱されることが、あの教祖にとってはあまり好きでは無いのだろう。
ルビィとリーンは、超越魔法、という彼が放った言葉を脳に焼き付ける。
「我々が信じる平行世界、パラレルワールド。そして、それらの次元渡りを可能にし、世界を一枚上の視点から操る超越魔法。研究の進捗は進んではいたものの答えに直結するような者を生み出すことは、誰一人として出来なかった。しかし」
教祖の言葉は不思議と頭に入り、惹き込まれる。
それはアロマとか洗脳とか、そういう類ではなく……彼本人のカリスマと、話術と、雰囲気が成し得る純粋な才能であった。
二人もその教祖の声に聞き惚れ、メモを取らずとも彼の言葉をしっかりと飲み込む。
「創造魔法と次元魔法を複合させることで、微粒子未満のズレのパラレルワールドを発現できる魔法を、再現した者がいる。
それは我等がレイバウンスにとって、革命だ。無属性魔法を掛け合わせるという実験こそしていたものの、レイバウンスで無きものが我等が思想を理解し、その上で魔法を発現した。それはレイバウンスでないからこそ出来る、超越した思想だ」
そして教祖は、口を閉じた。
「複合魔法で、パラレルワールドを…」
リーンが小さく呟いた声は、民衆の声にかき消される。その言葉の後一時の静寂から解き放たれ、周りは大変に沸き立っていたのだ。
「あぁ、さっきの嬢ちゃん」
先程諭してきた中年の信者が、リーンとルビィの顔を見た。
「教祖様って、凄いんだな。話すのが本当に上手くて引き込まれたよ。彼はどんな人なんだ?」
「それが、教祖様の顔も名前も、皆知らないんだ」
「そんな人に、みんなついて行くんですか?いくらカリスマがあれど、このような学術的な界隈は……情報元のクリーンさこそ、大事な要素だとは思うのですが」
そのリーンの言葉に、そう思っていた時期もあるよ、と中年の男性は呼応した。
彼いわく、信者の大体は賢い知識人故に、そう思うものも多いと。しかし。
「教祖様を疑う人は勿論沢山いたさ。でも、力を疑ってある信者が声を出した時……教祖様は魔法を使った。それはあまりにも人間では成し得ることが出来ないほどの奇跡だった」
「奇跡…?」
「素手で魔法を使った。しかも無詠唱だったんだ。これだけでもやばいだろ?オマケにな、教祖様はどんな属性の魔法も使った。教祖様の得意な次元魔法は、大規模な事象改変を起こして、それを戻した。俺たちは……、そのあまりの凄さに、誰も口が出せなくなった。教祖様は本物だと。恐ろしい実力者が、もっともっと力をつけるために、知識人を集めて超越魔法を扱おうとしているのだと、そう感じられた。俺たちはその叡智のおこぼれを貰うためにここにいるのさ」
無詠唱。それは、人間で行ったものを見たことは無い。
詠唱とは魔法を作る過程だ。言葉を読み上げることで、魔力を紡いで魔法式に記されたとおりに組み立てて、魔法を発動する。
創造魔法であれば、魔力を紡いで頭のイメージの中で過程を想像しながら組み立てて、魔法を発動する。
つまり普通、魔法にとって詠唱とは必須のものなのだ。過程のないものから結果は生み出すことが出来ない。
人間でも一部の天才は略式詠唱という、魔法を作る過程になる詠唱を一言程度の短い文章で纏めて作ることで、即座に魔法を発動するという神の御業の様なことをしでかす者もいる。
もっとも、その一部の天才であるルビィは略式詠唱がメインで、リーンも得意な魔法は略式詠唱を使う。
……が、無詠唱は人間には不可能なのだ。
人間より恐ろしく高い知能や魔力、性質を持つ生物…例えば何千年も生きる龍や天地創造の力を持つ本物の神、神話で伝えられるような者は無詠唱で発動することが出来るが人の魔力量とその器、知能のレベルではとても無詠唱は不可能だ。
もし、そんなことをできる人間がいるのだとしたら……それはもう、人間の中の神とも言える。
"無詠唱魔法"とはつまり過程なく結果を作り出すことだと、理論上では語られている。
次元魔法で過程を無視して結果を生み出す魔法もあるが、それも「過程を無視して結果を生み出す魔法を作るという過程」が必要で、それすらも無視するのは、それは無から有を生み出す魔法で、無の過程すら無視して最初から有があったことにするという事だ。
魔法はプログラムであり数式だ。プロセスを組み、順番に指定し、そして解を導き出すことで事象を発生させる。
「無詠唱で素手、全属性……。龍でも無理だな。……宗教って言うし、最早神が直接指導してるのかもしれない」
「にしては、彼には神性がありません。この宇宙にいる魔王も神王も、その座に着いた瞬間神性が付与されますから」
「となれば神王の息子とかか…?一応、子供ならまだ神性はないだろうが」
「それが一番可能性が高いですね…」
「まあまあ、確かに教祖様は人間離れしすぎているが……一応人間だとは思うんだよな」
その言葉に、リーンとルビィは怪訝な目を向けた。無詠唱で素手で全属性使えるやつが人間なわけが無いと。しかし、中年の男は言葉を紡ぐ。