15話
_______それは、5月半ばの事。
「"レイバウンス"?」
凛とした声がその部屋に響く。ゆらゆらと揺れる紅茶の煙が、その瞳が見つめる先を曇らせた。
「そうなんです。最近、私の弟が嵌っているもので。不思議なシンボルを持っているから、宗教か、何かかと思うんですけど…」
儚く美しい雰囲気を持つ美少女は、その言葉に怪訝な顔をした。
そうして凛とした声を持つ女性、ルビィ・キルスト・シュナイデンは不安そうに声を上げる者に問う。
「レイバウンスという名前の宗教には、聞き覚えがないな。カルト宗教の類、なのだろうか」
「多分そうだと思います。弟は、新たな世界を知った、とか……、世界の根底を揺るがす事だ、と私に話すんですけど概要も言わない事から私には理解しきれなくて。それで……何か、悪い事があったら嫌だなと…」
「大丈夫です。その宗教が、弟さんにとって悪い影響を及ぼしていないかどうか……私達が見てきます!」
そうして、優しく、そしてはっきりと声を上げたのはリーン・ネプチューン・リオラだ。
二人は風読みの聖女、光来の聖女と呼ばれる最近話題のバディ。
英雄や勇者とも呼称されがちな彼女らは、スタデルクス・マルクスピサンツ君主国の郊外、ある民家で不安そうな者に相談を受けていたところだ。
「ありがとうございます…!ええと、これが魔法で複製したレイバウンスの会員証です。これを持てば恐らく、中に入れるでしょう。弟はいつもの通りだと明日も外出して、レイバウンスの施設に向かうと思います。ルビィさん、リーンさん……どうか、弟を頼みます」
「あなたの思い、しかと受けとった。任せてくれ!」
ルビィは不安そうな様子の女性から、菱形の金属質なブローチのようなものをふたつ受け取った。
そうしてルビィとリーンはその民家を出る。
明日は家の裏で待ち伏せ、彼女の弟が出たタイミングで後ろを追いかけるという算段だ。
今日宿泊するホテルに向かうと、リーンとルビィは互いのシングルベッドに座り込みかのものから渡されたブローチを見る。
「特に、不思議な素材では無いな。複製品だから当たり前だが……。何かしらのスキャナーがあったら困るな」
「前の人について行く感じで、スキャナーのようなものがあった場合は一度引き返しましょう。弟さんから貸してもらって、もっと精巧に作らないといけませんから」
そうしてルビィはブローチを四方八方眺め倒すとベッドのサイドテーブルへ置き、ぼふんと音を立てながら寝そべった。
「レイバウンス、か。何も考えずに訳せば、光線を跳ね返す…?いや、…プリズム?通信……名前から中身を考えようとするのは些か難しいな」
「彼女の弟さんは、世界を根底から覆すといっていました。それこそ、そのまま呑み込めばテロリストの類も考えられますが……、なんだかおかしい話ですよね」
「あぁ、あういう組織の類って、テロ的な行動をするならば名前を出して襲撃したりだとかする気もするんだ。彼女の話によれば、比較的古株な物のはずなのにテロ行為の類も聞かないし、逆に古くからあるもののはずなのに名前も滅多に聞かない。何を隠しているんだろうか」
そうしてリーンもまた横たわり、ぼんやりと天井を眺める。
自分の悪寒がしないことをそのまま信じてはおきたいものの、自身からの疑いが晴れていないのはまた、事実だ……
次の日。
ルビィとリーンは早々に起き上がると、素早く身支度をする。
素性を隠すようにローブを被り、相談者から貰ったブローチをつけて、民家の影に隠れる。
そうして相談者と顔立ちが似ている男性が外を出た瞬間二人は後ろをそそくさと追いかけた。
弟というが、年齢にしては18前後。もう立派に成人している。姉いわくとても賢いらしく、カルト宗教にハマるほど純粋な性格でもないそうだ。
それ故に洗脳の類を疑っているようで、ルビィとリーンもその路線を前提に防御魔法で体を固めて行くことにしている。
大型の転送装置を外のギリシアに向けてから、駄賃を払い魔法陣へ乗り消えていく弟。
それを追って二人も転送装置を使って飛んだ。
転送した先でもだいぶ遠い距離には居たが、目視できるものではあり後ろをなんとかついて行けば、その者は堅苦しい豆腐のような四角い施設の自動ドアを潜り先へ向かう。
そして地下へ向かう姿を見て、ルビィとリーンは目を合わせた。
「間違いなく、ここですね。レイバウンスのアジトは…」
「あぁ。これが上手くいくかどうか……」
ルビィはブローチを握りしめ、その階段を下っていく。その後ろをリーンも追いかければ、いよいよレイバウンスの集会場が見えた。