12話
_______北から上がる土煙。騒々しく鳴る足音。学校中に響くサイレンの狂音。
「魔物発生!魔物発生!周辺住民は講堂に避難するためルートに沿って集合してください!」
「はぁ……帰っていい?」
わたしはため息ひとつつき、そう小さく呟いた。
地下にあるこの教室にはどう考えても魔物は来ないから、無属性魔法の学生には避難は言われない。
もし講堂が埋まった時はここにも避難されるようになるが、常時人口不足の此処でそんなことは早々ありゃしないし。
わたしは魔物に易々と負けるような魔術師でもないし、それなりに歩いて家に帰るくらいの余裕もある。
が、ローウェンはわたしを止めた。
「残念ながら、学園長からの御通達だ。今回は生徒達に魔物の撃退を行わせるらしい」
「はぁ?なんでわたしが教師の言うことなんか聞かなきゃ行けないの?」
「ですよねぇ〜アドちんも自分の命が惜しいのでやりたくないですぅ。というか、手が損傷したら絵が描けなくなって…なって……うわああああ!!」
「ヒスんなアドラー!キモオタムーブも大概にしろ!」
魔物には怯えていないのに全く別なもので怯えて喧嘩し出すアドラーとユングを見ながら、わたしはひとつ思いついた。
_____寧ろ先だって行くふりをして帰る方がいいじゃん____そうしてもう今すぐにでも行こうと歩みを進めると突然首が締まる。
「ぐぇっ!」
「ミア……?僕の元から逃げようと言うのか…?」
完全に忘れていた、この男を。
ルオン。クソクズ不審者、猫亜人野郎。
「いやお前からじゃなくて学校のつまんない行事から逃げようとしてるだけなんだけど」
「魔物か?……僕が殺してくれば全て終わると言いたいのか?」
「いや〜残念ながらルオン先生、今回教師は指示と見守りがメインらしいのですよ」
ローウェンに言われるとルオンは真顔で舌打ちした。
いや、本当にたいへん聞こえる音量で、一切隠さずに舌打ちする姿。
ルオンと言えど流石の面白さに吹きかけたところで、急にひゅんと音がなる。
この音は何かといえばひとつ。
無属性学科の教室に、誰かが来たことを示す、転移魔法陣の音だ。
バチンと空間が跳ねて、結界が蠢く。
「……ふーん?」
ロンフェイが結界をちらりと見てから目を向け、喧嘩していたユングとアドラーも口を止めて、全員が入口を向くと、扉が開き二人の人間が入ってくる。
大変見覚えのある、少女がそこにいた。
「ニア!」
「み、みみみみっ、ミア……!」
それで、横にいるのは……、顔つきがルオンに似ているけどカラーリングは全然違う、これまた猫亜人の男。
それを見て、ルオンは顔色表情一つ変えずにその男の名を呼んだ。
「ルスラン」
「あんな野蛮人共の所にニアを置くなど、ナンセンスだからね。ここに来させてもらったのだよ」
ルスランは悠々と呟いているものの、そもそもここは地下深く、あらゆる事象改変の類を防ぐ結界の貼られた無属性学科の教室。
フォルフォニアはあの豪華で大きな教室を持つ白魔法学科の人間だし、そもそもルスランは部外者のはず。
「あぁ……ルスランさん、ですか」
「え、ローウェンあいつ知ってるの?」
「ローウェンじゃなくて先生だろフランシミア!お前は教師に対する礼儀を思い出せ!」
そうギャンギャン吠えるローウェンにどうどう、と仕草すると更に耐えきれず激情するローウェン。
大人らしさの欠けらも無いと、真顔で吐き捨てるとルスランを見た。
「僕は、ルオンの弟なんだ。一応これでも学校の関係者ではあってね、そこの忘れっぽいルオンの物を届けたりだとか、補佐として学校そのものに術式を掛けたりだとか…まあ一言で言うと、用務員だよ」
「……はぁ……」
ルスランの貼り付けたような笑顔、生ぬるい優しそうに感じる声。胡散臭さのノーベル賞は、彼の手にあるだろう。
そんな奴いるか、なんてツッコミをしようとしたけど、なんだかルスランが用務員なのは当たり前な気がしてきて、でも用務員がこんな所うろついてフォルフォニアにつき回ってるのはなんなんだよと言おうとして……、ルオンを考えると、彼はルオンの弟だということを反芻する。
"あの"ルオンの弟。
問題が服を着て歩いているような、突飛な行動と思考をする謎に満ち溢れたあのルオンの弟だ。
その程度の自由奔放さ等ルオンの足元にも及ばない。
そんなルスランはしっかりフォルフォニアの肩に手を置いていて、フォルフォニアが王子様だといって持て囃す様子もまあわかった。
が、どう考えてもあればダメ。
なぜならルオンの弟だから。あのカスみたいなルオンの弟がまともなやつなわけが無い。
絶対どこかしらが"バグ"っていて、とち狂ってるに決まってる。
わたしは信じない。眉目秀麗で長身の猫亜人を。
この条件に当てはまるやつにろくなものはいない。証拠は一名、ルオンのみ。
「えーっとニアちゃんとルスラン様?ここに来たのは嬉しいんだけどね〜、俺たちこれから上行かなきゃいけないんだよねぇ」
「生徒を動員して魔物を討伐するという話、だろう?フォルフォニアにそんな獣じみた所業は似合わないのでね」
「……一応そういうのを含めてここに来てると思うんだが…」
モンスター付き添い人も大概にしろ、という具合だ。
フォルフォニアは戦えないわけじゃない。ただ、追い詰められないとヤる気にならないだけだ。
どうせフォルフォニアは臆病者だから、ルスランの好意にすがりついているだけだろうが……、無駄だ。
『ミアちん。君のこと買い被り過ぎてるなんて思ってないよ。……分かってるよね?』
ロンフェイが念話のようなもので話しかけてきた。これが聞こえるのはわたししか居ないし、応えられるのもわたししかいない。
しかしロンフェイにぐだぐだめんどい話をしているよりかは、今はやるべきことがある。