11話
「____ここにはね、占星魔法の為に用意された魔法プラネタリウムがまだ残っているんだ。
旧式の古いものだけれど、これが中々いい物でね。フォルフォニアにも、見せてあげたかったんだ」
「プラネタリウム…!」
魔法プラネタリウムは、現在の白魔法学科にも存在している。
まだ授業の中で使ったことは無いけど、占星魔法に必要な星の位置の理解や種類の判別などをこのプラネタリウムを使うことで三次元的に、分かりやすく学ぶことが出来るのだと言う。
中等部であれば、そろそろプラネタリウムも登場する頃だ。何せ占星魔法は中等部の三年から始まる授業で、今の進捗はシラバスが配布され軽い説明をされたくらいでしかないから。
プラネタリウム、手が届きそうで届かない、憧れのもの。
「白魔法学科といえど、プラネタリウムは初めてだろう?それも、授業以外の用途で」
「はっ、は、はい…!そうです…、あ、ええと、すごく……楽しみです!」
自然に触れるのが好きなわたしにとっては、自然を映すプラネタリウムは相性抜群。
それが擬似的に投影されたものであったとしても、雨の音を聞いたり、絵に書かれた葉を眺めたりして得られる癒しのように、きっといいセラピーになるだろうと思ってわたしにしては声高に返事した。
それを聞いてルスランはくすりと笑い、よかったよ、なんて言ってから旧校舎の中へわたしを連れた。
「フォルフォニア、前裏の世界に居ただろう?」
「あ…そ、…そうですね…」
「せっかくだから、少し裏の世界の話をしてあげようか。一応他の人よりは詳しい方だからね」
吃りながら話すわたしにも、ルスランは意に介する様子もなくそういってわたしに微笑む。
彼の話を頭に入れて、しっかりメモしておこう。多分、フランシミアも聞いたら喜ぶだろうし、彼女はご機嫌になるとわたしに色々なものをくれるから。
それにルスランはあの時裏の世界にいた。詳しいと一言で言うにしても、彼を理解するのに裏の世界の理解は必須事項だろうから。
「裏の世界には、魔王が居る。その子供は魔王候補となって、より相応しい物が次の魔王になる。でも魔王も魔王候補も、神になるために特別に作られた体は、滅多なことがない限り死なないんだ」
「そ、そうなんですか…!」
神王も魔王も、そして裏の世界も。
わたしたちの世界では教養として伝えられているそれらの実態はあまり明るくなく、ルスランから出た話もわたしは初見だ。
教科書上で乗っている情報は裏の世界に住む魔王と表の世界に住む神王が居て、宗教として伝えられる他の世界の神々を統率するこの世界の神である。たったそれだけしかないのだから。
「でもね、魔王も代替わりするんだ。
それは魔王が死んだ時に決まるのさ」
「あれ?でも、さっき魔王は不死だって…」
「そうだよ。基本的には不死なんだ。
でも魔王は特別な手段を使えば死ぬことが出来る。
フォルフォニアの居た場所だと……確かあそこの辺りにはなかったはずだけれど、裏の世界には宇宙を映す泉があるんだ」
「宇宙を映す泉…?」
わたしが見たのは、たしか天井から鉱物が生えて、ゴツゴツとした岩みたいな地面に、溶岩みたいなもの。形容するならば、静寂の地獄。
ルスランの言う通り、確かにそこには泉のようなものは見えなかった。
「その泉はね、魔王の死体とも言えるんだ。魔王は死んだ時、魔王の力と共に体が溶ける。
溶けた体は広い宇宙を映す池となり、その力はこの世界に還元される。だから、魔王は、魔王族はアンデッドとしての復活も、幽霊の概念も存在しない。
魔王族の本質は力そのもの。魂を持ち、心を持つけれど、彼らは生命とは根本的に作りが違う機構なんだ」
へぇ、と思わず感嘆の声を上げてルスランを見る。
宇宙を映す泉、せっかくならあのとき見る為にもっと散策しておけばよかったかもしれない。
魔王の死に場所を探すという意味合いでは少し不謹慎だが、そういえばルスランは裏の世界にいた。もしかしたら彼に言えば裏の世界に行けることもあるのかもしれないと思いつつ……。
そんなことするのは迷惑だから辞めておこう、と自分を制する。
ルスランに迷惑がかかるから嫌だというより、迷惑だと感じられて嫌われるのが嫌だというそんなエゴでしかないのだが。
「フォルフォニア、どうして魔王と神王の話はあまり人類に伝えられていないと思う?」
「どうしてって……、分からない、です」
「ふふ、それはそうだ。理由はね、姿も概要も、あまり知られると困るからなんだよ」
困るとはなんだろうか。その純粋な気持ちを、そのままルスランに聞くと彼はプラネタリウムの前に立った。魔力を注いで装置を起動させ、部屋中に星空が投影される。
「神王はふさわしい人物を見つけた時、己の力を受け継がせて次の神王へと変化させる。そして、魔王は己の子供である魔王族の、魔王候補からより相応しい方を魔王として選ぶ。
しかし、神王も魔王も、そして魔王候補も、君達が気づいていないだけで人間世界に溶け込んでいるんだ。
だから、神々は姿を表さず、その力の概要も見せない。人間の世界にいることを悟られないように」
「そうなんだ…」
ルスランは部屋中に広がる星を見ながら、近くの椅子に座る。
わたしも隣に座り、星を見て、それからルスランを見た。
眉目秀麗の極み。美しく、格好よく、綺麗で。
人間離れしたその顔に、わたしは酷く惹き付けられているのを自覚している。
わたしから見たらルスランは、暗闇の中で輝く星なのだ。
ルスランから見たわたしは、認識もできない暗闇だろうけど。
「ルスランさんは、……どうして、あそこに居たんですか?」
「内緒、なんて言ってしまいたいな」
「あ、……なら、ええと……わかりました」
ルスランの耳が倒れ、いわゆるイカ耳になるとそれは踏み込んで欲しくないという意味合いだと察し、わたしは口を噤んだ。
猫で言うと、あれは不機嫌を示すものであったはず。
ルスランの機嫌を損ねるようなことだけはしたくない。
「ルスランさん、その、ミアが言ってて、ルオンさんって人が……」
そうしてルオンの名前を口にした瞬間、さぁっと空気が冷たくなる。
さっき、ルスランの機嫌を損ねたくないって思ったばかりなのに。
誤った対応にルスランは仏頂面をわたしに見せ、そうして、そのへの字の口から言葉が紡がれた。
「僕の前で……どうして、他の男の名前を出すんだい?」
「あ、ごっ、ごめんなさい、……そ、そんなつもりじゃ、ごめんなさいっ、ごめんなさい……!」
俯いて何度も何度も謝り、震え上がっているとルスランは先程の様子は嘘かのように笑顔が戻りわたしの頭に触れ、撫で始める。
「分かってくれたなら嬉しいよ。ここにいるのは僕と君のふたりだけ。他の存在なんか、必要ないんだ」
「ご、ごめんなさい、本当に……」
「フォルフォニアは物分りの良い子だね……ふふふ」
プラネタリウムの投影が、時間が経って別のものに変化する。ルスランとわたしはそれを眺めながら、軽く世間話をしていた。
「ルオンは、僕の兄はどうやらあのフランシミアにご執心なようだ。あぁやって教師として鎮座しているのも、彼の職権乱用のひとつに過ぎない」
「ルスランさんの兄は……ルオンさん、なんですか!?」
「ルオンは自分勝手で強引なんだ。そうやっていつもいつも問題ばかり起こして、それでもルオンはその圧倒的な力で周りを捩じ伏せて、言うことを聞かせている」
ルスランから聞くルオンと言う男はあまりに恐ろしい。ミアが話している時もいけ好かない、気に入らないと口を重ねていた。
多分ミアもそのルオンに弄ばれていた一人なのだろう。
ルスランとの話がしっぽ切れると、わたしはぼんやりと天井を見上げていた。
瞬間、ガタガタと建物が揺れ始める。
「えっ?!」
古い校舎だからか崩れようとしているのか。
ルスランはわたしを横抱きにするとすぐに校舎から飛び出し、わたしは建物に異常が無いことを見る。
が、ルスランが見ていたのはその先だった。
「フォルフォニア、……魔物だ」
「魔物の襲撃……!」
スタデルクス・マルクスピサンツ君主国といえば、魔物が出やすい国だ。
というのも、最北には制圧しきれないほどの魔物の巣窟が存在し、そこで生まれ育った魔物が南下し此方を襲ってくることはしばしばある。
聖フェイリス学園でも、半年に一度は確実にあるようなイベントだ。
「逃げよう。一番安全な所へ」
「そ、そんな所、……ええと、裏の世界、ってことですか?」
「ふふ、フォルフォニアは冗談がお上手なようだ」
「あっ、その、ええと、違くて……」
ルスランはわたしの口に指を置き、しぃ、と声を出した。
そうしてわたしを下ろすと手を取り、歩き始める。
「たしかに僕が入れば裏の世界も悪くはないだろうが、裏の世界を安全と言うには、あまりにあそこは異質で、そしてつまらない場所だ」
「そ、そうなんですか……」
「それに移動も面倒で、しているなら迎撃した方が早いからね。だから僕は、あそこへ行こうと思う」
そうしてルスランが指を指した先には……無属性学科用の地下校舎へ向かう、転送魔法陣だった_______