絶対婚約破棄に持ち込みたい!そんな男、のし紙付けて差し上げます!
「どうして?どうしてそんな事に?確かに私たちはこの国で一番古い侯爵家ですわ。この国の王族はこんなナンセンスな政策を取らなければならない程、この家が怖いのでしょうか?」
「――――、私も胸が痛むよ。どうして新興侯爵家とうちの子供同士、婚約させる何て事をせねばならんのだ?私は娘が気の毒でならん。何とかあちらから破棄してくれたら儲けものなんだがなあ。」
アルピエール国に住むブランシュは16歳の元気な女の子だ。両親のたっぷりの愛情を受けて立派に育った。何不自由なく育てられたが、良識のある両親だったので、決して奢る事はなく、明るくて朗らかな少女に育った。
それだけではなく、流れるような美しいホワイトブロンドの髪と、好奇心旺盛な性格を表す少し目じりの下がった大きな瞳。
お家はエルメ侯爵家。そしてブランシュは次女だった。
フローラと言う名前のそれはそれは美しいお姉様が居たが、ブランシュより2つ歳上のお姉様は、この国1番の名家である、エリクシア公爵家のご子息に見染められ、この春めでたく嫁がれた。
結婚式にはもちろんブランシュも参加したが、お姉さまのドレス一つとっても贅を凝らしてあり、素晴らしいのにその上、本人達が愛し合い愛おしむ様子が手に取る様に伝わる素晴らしい挙式だった。
感動してなかなか涙が止まらないブランシュ。「そんなに泣いたら目が溶けてしまうわよ?」とブランシュの涙を拭いてやりながら、優しく抱きしめる姉のフローラ。
元よりフローラお姉様はブランシュとは一味違った美しさで心も優しく気立ての良い人だった。
そしてフローラの美しさだけでなく、その人となりに惚れ込んだアルマイン次期公爵とは、結婚して何年経っても仲が良く、まるで新婚のようだと言われている。。
この王都の中でのおしどり夫婦と呼び声が高い。
そんなブランシュには実は10歳の頃から婚約者が居る。これは国からの命令で仕方なく結んだ政略婚約だ。
恋愛結婚で今の奥様と一緒になったエルメ侯爵は、出来る事ならこの婚約を断りたかったが、引き合わせられたのが同じ侯爵家同士だったので、「お互い国のために我慢」、と言う名分でこの政略的な婚約を受け入れた。
その相手は同い年のアランだ。アルプ侯爵家の長男で、この日顔合わせに訪れたアランは中々容姿が整った容姿で思わず将来を有望視させた。
そんな境遇の2人だが、初めての顔合わせ時のアランの印象は最悪で、ひと目ブランシュを見るなり「俺はこんなブスはいらん!まだお前の姉だったら考えたが。」とはっきりブランシュに言い切ったのだ。
突然向けられた初めての悪意に涙ぐむブランシュ。「――――っつ!考えられない。」と驚愕する両親。
我が子のその発言にあたふたするアランの両親。
アランの両親は「まあまあ子供の言う事ですから。」とアランを叱る事なく、作り笑いしその場を取り繕った。「言っていい事と悪い事は教えんのかい?」とその場にいた他の人間は、心の中で全員突っ込んだが、この場で発言する勇気のある人間は誰1人いなかった。
その冷え切った合間を取り繕う様に、ブランシュ達の前に様々なお菓子が並べられた。
「わぁ、素敵。」とブランシュは気を取り直してお菓子に手を出そうとしたが、さっと横から手を出したアランはその並べられたお菓子をむしゃむしゃと食べると、もうここには用は無いとばかりに、さっと居なくなってしまった。
アランの両親は逃げたアランを探し出してきたが、気を悪くしたブランシュの両親に「・・・・まぁこれで顔合わせは済みましたので。」と遠回しに帰る様勧められ、挨拶もそこそこに帰り支度を始めた。
そしてアラン達の帰り際、それまでにも色々言われムカついていたブランシュ。酷い顔合わせにした事に関してひと言返してやらないと気が済まなかった。
両親に連れられたアランが見送りに出たブランシュ達の横を通り過ぎる際に、誰にも聞こえない様にこっそりとアランに向かい「――――お前、人様に文句言える様な顔か?」と言ってやった。
彼はブランシュの顔をびっくりした顔で眺めていた。自他共に認める美丈夫な自分が、まさか顔の事で言い返されるとは夢にも思わなかったんだろう。
ブランシュはその表情を一瞥すると得心して、ふん!とその場を後にし自分の部屋へと帰って行った。
結局はブランシュがどんなに嫌がっても婚約させられて、朝から飾り付けられ月に一度のお茶の時間を持たされた。
ただお茶を飲んでいるだけなのに、まるで雰囲気はお葬式会場の様だ。ましてや義務感から会っているだけなのでお互いが歩み寄る姿勢は皆無だ。そして奴は会うたびにこちらを睨み付けて来る。こんなの私のせいではないわ。
こんなにお互い嫌がってるのに、どうして結婚する方向で話を勧めるの?と大人の事情など分かるわけもなく不思議でたまらないブランシュ。
あちらさんはあちらさんで挨拶を済ませ、お茶を1杯飲んだらさっさと帰って行く。勿論ムードも会話も何も有りはしない。そんな状態が何年も続いた。
婚約者と毎回そんな精神をすり減らす雰囲気なので、ブランシュは現実的にアランとの結婚は考えずに別の道をと考えていた。
貴族の子息達が殆ど入学すると言われる学校に入学し、いざ学校生活が始まるとブランシュは心の中で将来コイツに世話になるぐらいなら。と猛勉強を開始した。
言っても反対されるのが目に見えていたので誰にも言えなかったが、ブランシュは文官になろうと思っていた。文官は男性のみならず女性もいたからだ。ただ恐ろしく難関だった。
合格率が5パーセント以下。
絶対に絶対にアランとは結婚したくなかったのでその事はおくびにも出さなかった。それこそ定期試験の時は1週間前からは夜も寝なかったぐらいだ。もうこうなって来るとブランシュの意地もあったのかもしれない。
そしてアランとは同じ学校だったが、校内で見かけても顔も会わさず、お互い一言も話さなかった。
彼は常に違う女性を連れて歩いていたし、ブランシュはアランを目に入れても不愉快なだけだ。増してやそんな事考えるぐらいなら1分でも1秒でも早く婚約解消をしたい。ましてやコイツと子作りなど、死んでも嫌だった。
そんな努力家のブランシュなので成績は常に学年1位を独走中だ。他の追随なんぞ許さない。そして彼女の魅力は成績だけでは無く、フローラお姉様にも面影が似ているのでそれなりの美人さんだ。
アランのせいで人生拗らせまくって尖って生きてるブランシュだが、実は大変なお姉ちゃん子である。またフローラもそんなブランシュが可愛くて仕方なかった。必然的にフローラの夫であるアルマイン次期公爵もブランシュを実の妹の様にとても可愛がってくれた。
そんな宙ぶらりんな状態でも時は流れ卒業式の日がやって来た。この日はブランシュは最優秀成績優秀者として並びに卒業生代表として答辞を述べていた。答辞を淀みなく立派にこなし周囲から賞賛の拍手を浴びた。
この学校の習わしでこの後は来賓の方々と共に卒業記念パーティだ。
事前に申し込みが必要だが、この日だけは1人だけ部外者を呼んでも良い事になっているので、大抵は婚約者や両親のどちらかが連れ添っている事が多い。
ブランシュも迎えに来てくれたフローラお姉様の協力を経てドレスアップしていた。公爵家のドレスなので大層仕立ても生地も美しく、ブランシュの美しさを更に引き立てていた。
「――――とても綺麗よブランシュ。さすが私の妹。どこに出しても恥ずかしく無いわ。」とフローラが目を細め、自らブランシュの髪をとかしてやり褒めたたえた。
「――――なのにあの男ったら、アクセサリーの1つも寄越さないなんて。」とブランシュの婚約者であるアランにご立腹だ。
「仕方ないわお姉様。私の婚約は国から決められた物。もう諦めているわ。私は本当にお姉様が羨ましい。あんな素敵な旦那様と出会い愛し愛されて。」と話すとふぅっとため息をついた。
そのブランシェの言葉を聞いてフローラは意を決した様に自分の鞄を取り、その中身を探し出した。
「――――ブランシュ、余計なお世話だと思ったんだけど。」と言いながら1つの封筒をブランシュに差し出した。それにはエリクシア公爵家の捺印が押してある。
「これは我が公爵家の影からの調査結果よ。良かったら使いなさい。」とアランの日常の生活の様子を調べ調査書として纏めた物を渡してくれた。
「エリクシア公爵様がアランの事について良い噂を聞かないからって、1年ほど前から家の調査部で調べてくれてたの。」とブランシュを見ながら渡してくれた。さすがお姉様、さすがエリクシア公爵家。
「・・・・お姉様、あの男の話がそんな前から出ていたのですね。」と恐る恐る封筒を開けてみた。
「まぁ、良くこんなに爛れた生活が送れるわね。」と封筒を受け取り、中をさっと見るだけでもそんな言葉が出てしまう。
「・・・でもお姉様、私のためにここまでしてくださり本当にありがとうございます。これは私にとって大きな武器となるでしょう。有効に使わせて貰います。是非ともお兄様にもお礼をお伝え下さい。」と言いながらお姉様に抱きつき、涙ぐみながらお礼を伝えた。
「良いのよ。だって貴女は私のたった1人の可愛い妹よ。これぐらいはお安い御用よ。
さぁ、もうすぐパーティが始まるわ。貴女は今日の主役でも有るのよ。胸を張ってお行きなさい。」と自分の体からブランシュをゆっくりと引き離し、ブランシュの手を両手で握りしめて励ましてくれました。
その後学校へはお姉様が公爵家の馬車を出して下さり、ブランシュは学園に着くと会場で友人達と合流しておしゃべりや食事を楽しんでました。
在学生から有志のバンドがコンサートを行ったり、また酔っ払った先生方からのユニークなお祝いのスピーチがあったりで、和やかに進むパーティもようやく佳境に入り場が打ち解けて来た。そんな時。
「おい!ブランシュ、お前良くも私の大切なリリーを虐めてくれたな。大して美しくも無いお前が俺に見向きもされないからってこんな事するなんて見損なったぞ。」と周囲から大きな声がします。
声がする方を見ると、アラン様が可愛らしいお嬢さんの腰を抱きこちらを睨みつけて怒声をあげていました。そのお嬢さんはなぜか涙ぐんでいました。
「まぁ、一体何の騒ぎかしら?」と周りに居る人々が驚いてこちらを見ています。
友人達も「ブランシュ大丈夫なの?守衛を呼びましょうか?」と心配してくれていました。
学園長や教授達もびっくりした顔で一様にこちらを見ていました。
でも大丈夫です。ブランシュは落ち着いて居ました。
飲んでいたジュースをゆっくりとテーブルの上に置き、側に居た友人達に大丈夫と視線で断りを入れると「ふぅっ。」と深呼吸してからアラン様に向き合いました。
「アラン様お久しぶりでございます。そちらの女性はどう言ったご関係ですか?私の記憶では貴方の婚約者は私だったと思うのですが?」とアランの目を正面から見つめ話し出しました。
「――――あぁ、この国が決めたな。ただ俺は昔からすましたお前が大嫌いだった。」とハンサムなお顔を歪めてブランシュを憎々しげに睨み付けておられます。
「・・・・そうでしたか。その辺りだけは私たち相思相愛だったのですね。長い間お互い無駄な時間を過ごして来たんですね。」と話しました。
「それとこれとは話が別だ。お前がこのリリーを虐めていた事とは何ら関係が無い。この清らかなリリーを虐める様な腐った女、こちらから婚約を破棄させて貰う。」とキッパリと話されています。
「証拠は?私がその方を虐めていたと言うその証拠は?その方の証言だけでこの茶番を起こされたのでしたら然るべき所へ出ますよ?その覚悟はお有りですか?」と本人に向かって尋ねた。
「証拠は。。。。ある。おい!」と周りを見ると、この国の宰相の息子のアベル様、騎士団長の息子のリック様、この国の第1王子であるレオン王子の側近の1人のショーン様、その御三方が出て来られました。3人ともこの場所に制服着用で来られていました。
この国では知らぬ者は居ないぐらい優秀な方たちです。周りにいる人々も「あんな方達が?もしかして本当にブランシュ様は。。。。」とヒソヒソ話し始めました。
「私はブランシュがリリーを虐めて居たと証言します。」と口火を切ったのはアベル様。
ブランシュ達より2つほど歳上の頭脳明晰な将来有望な人物だ。後に宰相であるお父様の後をお継ぎになるのだろうと黙されている。付けていた眼鏡を掛け直しながら、ブランシュの方を睨みつけておられました。
「俺もだ。・・・・確かに虐めていた。」と引き続いたのはリック様。この方はこの間の騎士団の部内試合で騎士団長のお父様に次いで2位だったと聞く。馬術も巧みで胆力も中々だとか。鍛え上げられた立派な体格をお持ちで、ブランシュの細腕なんて掴まれただけで折れてしまいそうです。
「私もです。」と最後に同意したのはショーン様です。この方はレオン王子だけでなく王の信頼も堅いと言われていて、将来はレオン様の懐刀になるだろうとの噂もある。眉目秀麗で王宮内での女性からの秋波も凄いんだとか。
ショーン様は長い前髪をサッとかき上げながら、にこりともせずにこちらを見ています。その愁いを帯びた瞳は何を考えているのかさっぱり読めません。
3人とも我先にと意見を言い始めました。
自分達の立場を利用しブランシュを貶める目的が丸見えです。
その様子を満足そうに眺めていたアランは
「そら見たか。ブランシュお前に非がある事は明らかだ。大人しく罪を認めろ。」と凄んで来ます。
「――――わかりました。私は婚約破棄される事は認めますが、その他の事は一切認めません。」と心を決めそう話すとお姉様から頂いた書類を取り出しました。
「最初に話しますが私はこの学園に入学して以来、アラン様、貴方と学園内は勿論プライベートでもお話しした事は一度もございません。この件に付きましては言わずもがなでしょう。」
「当たり前だ。お前の顔など見るのも嫌だった。」と憤慨するアラン。
「はい、私とその辺りは同じでしたのね。ただ。。。。」
「ただ、何だ?」
「私が貴方を見たく無いと思ったのは他にも理由が有ります。それは仮にも私と言う婚約者がいながらいつも違う女性を連れて居たからです。これからその事を発表させて頂きますね。貴女はリリーさんでしたか?お覚悟は宜しくて?」
突然話を振られたリリーは大変驚いた表情だったが気を取り直し気丈に答えた。
「――――はい、私はアラン様を信じております。」とアランに向かって告げた。
「・・・・リリー。」とアランが惚け始めようとするが「すいませんが時間が押しております。そう言った事は後からいくらでもどうぞ。出来ればですが。」と忠告した。
「ブランシュ嬢いい加減にしないか!!」とアベル様がおっしゃってます。ブランシュはチラリとそちらを見るが直ぐにアランへ視線を戻します。
リリーがアランの影から顔を出し「ブランシュ様、私は謝ってさえ頂ければ良いのです。罪を問おうなどとは思っていません。」そう話すと、アランは満面の笑みを浮かべ大変感動した様子で、
「君はなんて優しい女性なんだ。リリー。それに引き換えお前は!!」とブランシュに詰め寄りました。
「ゴホンッ。」とその話を無視しブランシュは大きく咳払いをすると、右手にお姉さまから頂いた資料を手に持ちそれを高く突き上げて、周囲に響き渡る声で話し始めました。
「この資料は、ある公爵家の公正な調査と鑑識に乗っ取り作成された調査資料です。まずは学園長様、お手数ですがこの資料に付いている家紋がきちんとした正式な物であるか確認をお願いします。」
と近くで見守っておられた学園長に、資料が公正な機関で作成されたと認めて頂くためお渡しした。
学園長は資料を手に取り、内容、特に家紋をチェックすると、「この資料はこの国の第一級公爵家エリクシア家の調査資料として認める。」とキッパリと発言して頂きました。
その宣言を受け静まり返るパーティの参加者達。
「学園長様、お手数をおかけしました。それではこれから読み上げます。尚、情報量が膨大であるため直近を一部抜粋させて頂きます。」と静寂を打ち破る様に辺りに響くブランシュの声。
「1月11日、18時からレストラン月の光にて伯爵家令嬢ミリア様とご会食。その後近くの宿泊施設にて2時間ほどご休憩。」
「ひっ、違うわ!何かの間違いです。」とヒステリックに叫ぶ声が会場のどこからか聞こえました。「おっ、お前は。ここにきて何て騒動を起こすんだ。これでは今後お前の婚約者なぞ現れん。」と傍にいらっしゃたのはお父様でしょうか?
「1月15日、17時30分からカフェ・バーミリオンにて子爵家令嬢ナターシャ様とご歓談の後、近くの宿泊施設にて3時間ほどご休憩。」
「っどうして!信じてアンソニー。私には貴方だけなの。!!」と話し声がします。「ーーーー君との婚約は少し考え直さないといけないのかも知れないね。」と話し方は穏やかですが、声に怒りを滲ませて話されている人もいるようです。
「1月22日、20時よりバー、パナマの朝にてリリー様とご歓談、その後近くの宿泊施設にて1時間ほどご休憩。」
「ーーーー。1時間!!??」とリリーが息を呑んでいます。
「2月3日、レストランカリビアンにて侯爵家令嬢ソフィア様とお食事の後近くの宿泊施設にて2時間ほどご休憩。」
「バレては仕方ないわね。ふふっ、さすがエリクシア公爵家、優秀な調査部をお持ちね。良い機会だわ。ここで終止符を打つ事にしましょう。」とここには迎え撃つ逞しい女性がいるようです。
「2月」「ーーーー!!ちょっと待て。いや頼むお願いだ。待ってくれ。」と慌て出すアラン。その言葉をまるっと無視して話し出すブランシュ。
「2月14日、午前9時より騎士団長ご子息リック様と遠乗りへ出かけられ、近くの宿泊施設にてご宿泊。」えっ、リックさまも??とざわつく会場内。
「ぽっ。バレては仕方ない。私は前からアランの事を。。。」と、頬を赤らめる男がここに。
「2月20日、19時よりレストラン霧の湖畔にて宰相のご子息アベル様とお食事の後、近く宿泊施設にて5時間ほどご休憩。」
「えっ、アベル様まで?」と周囲はヒソヒソ話し始めました。これはどうなってるんだ?
「ぽっ。・・・・秘密の恋が秘密では無くなりましたねぇ。」とバレて返って嬉しそうな男がここに。
「ーーーー。」既に会場内が事態の異常さに気が付いた模様です。
「2月25日、20時よりレオン王子の側近のショーン様がアラン様のご自宅へお忍びのご様子でご訪問。共にアラン様の自室でお過ごしの様子だったが21時過ぎに消灯。ショーン様は朝方の4時半ごろアラン様のご自宅をお暇された模様。」
「ちっ、バレては仕方ないですね。ええ、アランは以前からリリー嬢より私に夢中なんですよ。」と大声でいけしゃあしゃあと開き直る男がここに。
――――いい加減にしろ!お前もかよ!!と突っ込みたい周囲一同。
「私からの報告は以上です。他にご質問のある方はいらっしゃいませんか?」と周囲に最後の確認を始めた。
静まり返る卒業パーティ会場。
学園長もこの学園で長年在籍されて居るが、こんな目を覆いたくなる様な爛れた話は聞いた事がなかっただろう。
誰も押し黙って何も言わない。
彼らを見ると真っ青な顔のアラン。リリーを始めとするご友人達は興奮しているのか真っ赤な顔をして居た。
リリーに至っては「――――私は1時間、私は1時間。」と何やらブツブツと言い出している。
話に名前が出てきたご令嬢達は真っ青になってガタガタと震える者や開き直る者もいる。
まぁ無理も無い。今日は晴れの日でそれぞれが美しく着飾って婚約者やご両親とこの卒業パーティに参加して居た。これからの人生に大きく胸を弾ませていただろう。
「――――それでは何処からもご質問がない様ですので私からはこれで最後とさせて頂きます。・・・・ですが。」と一旦言葉を切り、
「私は今日ほどこの調査書に自分の名前が無くて良かったと思った事は有りません。」
「アラン様、以上の証拠を持ちまして、後日正式な手続きに乗っ取り、婚約破棄と名誉毀損を理由とする慰謝料を請求します。」と本人に向かって言った。
アラン様は俯き震えながら「すまなかったブランシュ。すまなかったブランシュ。決して君をないがしろにする気はなかったんだ。」と何やら言っているが聞く耳は持たない。持つ気も無い。
そしてこんな馬鹿げた場所の空気は吸いたく無かったのでこの場を離れようとすると、周りで婚約破棄大会が起こって居た。
まさしく阿鼻叫喚だ。
ドレスにジュースをぶち撒けられている女性もいれば、自分のお父様にだろうか?頬を叩かれている女性もいた。かと言えば相手を扇子で叩き、返り討ちにしている猛者も居た。ひたすら泣き喚き許しを乞う女性も。
あぁ、騎士団長の所と宰相の所は手を組んでショーンとやらをヤってるわね。
その傍らで茫然自失のアラン。リリーは目が虚になっていた。
こんな男、いつでものし紙つけて差し上げるわ。と呟きながらすでに収拾が付かなくなった大きな騒ぎの中、学園長や教授陣、友人グループと一緒に外へと出て行った。もう言いたい事は何も無いわ。お姉様、エリクシア公爵家の皆様本当にありがとうございました。
そして近くのレストランへ飛び込み、先ほどの話をネタに仲間内で卒業パーティを楽しんだのだ。
後日、しっかりとアルプ侯爵家から慰謝料をたっぷりと頂き、ブランシュはその慰謝料を隣国に留学する為の資金に宛て、半月後には出国していました。
後でフローラお姉様が寄越してくれた手紙には、事態を重く見たアランのご両親はアランを後継から外し、弟を新たに後継者として決めたよう。と報告してあり、ついでにその他の人々のその後を教えてくれた。
リリーは自宅の自室で閉じこもり、「・・・・私は1時間、私は1時間。」と言い続けているらしい。リリーの両親は何のことか訳がわからないので困っていると周囲に漏らしている。
宰相の息子のアベルは、騒ぎを聞きつけたお父様に頭を冷やせと辺境の領地へ送られて10年ほどは王都に戻れないと決まった。
騎士団長の息子のリックは騒ぎを起こした責任を取らされ永久に辺境へと追いやられた。
恐らくよほどの手柄でも立てないと王都には戻れないだろう。
側近のショーンは何の罪も無いご令嬢を、集団で貶めた事を重く見た国王陛下に側近を外され、騎士団も首になったあと行方知れずらしい。
ただ風の便りによると、彼は隣国に逃げて夜の街へと生活の場を移し、その生き様を大きく変更したらしい。とても立派に成長を遂げたオネエぶりが報告されている。
まぁ、あれだけの醜聞を晒したアランにこれから嫁の来手はないだろう。とお姉様の手紙は締めくくってあった。
あの騒動から2年、もうそろそろ世論も落ち着いただろうと留学から戻り、早速文官の試験を受けると、ブランシュは史上最年少の文官の合格者となった。これにはもう両親も何も言わず手放しで喜んでくれた。この後からブランシュ宛に降る様に縁談が舞い込んで来たからだ。
あの婚約破棄大会の後は国も勝手に婚約を押し付ける。と言った事はしなくなっていた。国にとって主要な人物達の息子や人物が起こした騒動の後の後始末に奔走し頭を抱えたからだ。
この辺りはありがたいと思うし、自分の様な被害者が出なくなった事にブランシュはホッとひと安心した。
ブランシュは結局はエリクシア公爵家の後押しで、あの卒業パーティで一緒に過ごして居た、友人の1人のスペーサー公爵家のご子息と婚約をした。顔が良いとかそんな事は無いが、誠実で人当たりも良く、真面目が取り柄の男だった。
彼は名をキースと言い、ブランシュに次ぐ学園の成績優秀者のNo.2であった。
長年ブランシュをライバル視していたが、血がにじむような努力をしても、ただの1度もブランシュに勝てた事は無く、ブランシュに一目置いて居た経歴があった。
でも彼は決して捻くれる事はせずに、自分自身のささやかなプライドは捨ててブランシュ達のグループに属し、切磋琢磨しながら学園生活を送っていた。ここにも別のベクトルで拗らせている人間がいた訳だ。
ブランシュ達と一緒のグルーブで楽しく学生生活を送っていく中で、美しい上に飾り気の無い、気さくなブランシュにいつしか惚れていった。
ブランシュに婚約者がいる事は風の便りで聞いていたので、相手が没交渉の婚約者とは言え半分諦めていた。何故なら、彼等の婚約は国の決めた婚約だったからだ。
あの婚約破棄の後、次の婚約者としてすぐに名乗りをあげようかと思っていたが、ブランシュが文官になりたがって居る事を察して黙って居た。そして季節の折に触れ、留学中のブランシュに手紙を送り途切れることなく親交を温め続けた。
留学から帰ってきたブランシュが史上最年少の文官に合格した報道を見て、丁度頃合いだと感じた彼は両親に頼み込みブランシュに婚約を申し入れた。
他にも申し込んだ貴族はいた様だが、なぜかエリクシア公爵家が後を押してくれて居たと、後からブランシュ本人に聞いた。
今だから不思議に思うがエリクシア公爵家とは一体どんな家なんだろうか?あまりにも諜報部が優秀すぎる。
うちも同じ公爵家だがあんな諜報部は無い。せいぜい頑張ってもあの時の半分程度しか情報は集められないだろう。
その答えはブランシュと婚約を結び、その流れでエリクシア公爵様と話をした時に判明した。
エリクシア公爵家とは長年に渡りこの国を支えて来た諜報部出身の公爵家であった。なので一級公爵家なのだ。我々とは同じ公爵家でも歴史も格も違う。
そしてどんな調査結果をブランシュに渡したのか?考えただけでも恐ろしい。ただ自分とスペーサー公爵家を認めてくれてたから婚約出来たのだから帰って良かったのか?
その辺りは聞きたい様な聞きたくない様な。
まぁ、彼女を大切にするのは確定なので大した事はないか。と考えている。
最終的にあの騒ぎの張本人達は貴族社会から完全に抹殺された。緻密に隠されてはいるが私はエリクシア公爵家の力が働いて居たのでは無いかと思っている。特にアランはすでに家から追い出されているらしいと聞く。
トントン拍子で婚約が進み、ブランシュも誠実なキースに絆され惹かれて行った。
ブランシュとキースが結ばれる結婚式の日。会場に入場する前の扉の前でキースは
「ブランシュ私は一生君を大切にすると誓うよ。」とブランシュの手を取り跪いて言った。――――君のお姉様のお家は怖いからね。と心の中で呟きながら。
「ええ、私もです。あの卒業パーティのような事は2度とごめんですもの。」と笑って答えた。
キースはその笑顔を見ながら、私はあんなオイタは絶対にしないと心に決めた。
そして結婚式の入場のファンファーレが流されキースはブランシュの手を取り、周りの人々に手を振りながらゆっくりと式場の中を歩いて行った。
それからと言うもの、エリクシア公爵家とスペーサー公爵家はこの国の2大公爵家として名を馳せ、末永くその力を国内で示した。