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紅蓮ノ華 ✿ 白翠ノ月  作者: 漣 ✾ 黒猫堂
chapter 002 『転』
9/10

『伍ノ柱 ✿ 刻隔域 de 邂逅』

蓮御門はすみかど 緋子ひいこ】 (作画;漣 ✾ 黒猫堂)

挿絵(By みてみん)





わたくしは… 一体…… 」


 緋子ひいこが気付くと、先程よりもしっかりと自身を感じられる実体感のある身体。

 しかしながら、その身は未だ宙を浮いており、やはり面妖おかしな世界からは逃れられていないようだ。

 周囲の様子も、先程まで飛び回っていた室内ではありそうなものの、そこにいる家族たちは皆ぴたりと動きを止め固まっており、また全体の色彩も灰茶白黒モノクロームに置き換わってしまっていて、(およ)そ生気というものがが感じられない。


 そして更に気付くと、自分の両掌がそれぞれ何かを掴んでいる感触を、身体全体に拡がった意識が 多少曖昧(あいまい)ながらも知覚する。


「私が(つか)んでいるのは… 手?」


 緋子がぼんやりとそこまで認知すると同時、おのが手の先にある… いや、居る者たちの姿が、やや朧気(おぼろげ)ではあるものの 徐々に視覚としてとらえられてくる。


 どうやら右手の先に見えるのは、普段見慣れた大きな黒猫の姿。

 その、真ん丸目で にゃあとした表情の黒揚羽くろあげは此方こちらを向き… 何故だか自分と手を繋いだ状態で宙に浮かんでいる。


 そして左手側には、同じく自分と手を繋ぐ銀髪紅眼の少女の姿。


「えーっと… これはどういう…… 」


 緋子は未だ思考がまとまらず、全てが疑問符に満ち満ちた状態ではあるものの ――

 しかしどういう訳か、先程までさいなまれていた異様な程の焦燥感や(たか)ぶりだけは、まるで嘘のように弛緩・沈静化していた。


 それゆえか、右掌に握る黒揚羽の爪や肉球、そしてそれらを包み覆う細い猫毛の感触までをも鋭敏に感じ取り、更には指先で それらをころころといじり確かめてみる余裕すらもあった。


 また左掌に握る少女の、まるで磁器のように冷たくなめらかで、そして華奢きゃしゃな手肌の感触や、そこからすっと伸びる指先の長く尖った爪の硬さまでをも、冷静に知覚することが出来る。


 三人… いや、この二人と一匹は、ふぅわりと宙に浮いた状態で仲良く手を繋ぎ、どうやら時計回りにゆっくりと回転しているようであった。


「えーっと、あの… これって一体、何なのでしょう…? そして貴女あなたはどなた?」


 緋子は、まずは左側に居る少女に声を掛けてみる。


 それはそうだ。

 よく解らない状況を尋ねる相手として、眼や髪の色が相当に変わってはいるものの、取り敢えず人間であるらしい見知らぬ少女にはきたいことが幾らでも出てきそうであるし ――


 また逆に、それを差し置いて馴染(なじ)みの猫に声を掛けるというのも、余程の人見知りか変わり者の所業であろう。

 そして、その問いに対し返ってきた返答は ――


「ぼくは… ねこですけどにゃ?」


「いや、まさかの右側からお返事が!? 今、あ・な・た・が しゃべるんですの!?」


 ただでさえ異様不可解なこの状況下、更に自分の飼い猫が(しゃべ)り始めたことにより、(すで)(こじ)れに拗れまくっている混迷がなおのこと、深みに()まっていくばかりの緋子なのである。

 だがしかし ――


「驚かせてすまぬ ―― 」


 … と、始めに期待した左方向からの返答が返ってきたことで、これまで全てにおいてみずからの予想や思惑をことごとく裏切られ続けてきた緋子は、何故か必要以上に大きく安堵(あんど)していた。


 しかしだ ――

 一応は人の言葉が通じると思われた彼女の答えは、緋子に更なる疑問を(てい)してくる。


「 ―― 其方そなたとはれがようやくの『初めまして』じゃのぅ。 れはパドマ・バティ・ヴリコラカスと申す者。 所謂いわゆる吸血魔族ヴァンパイアじゃ」


 真白な肌と長く美しい銀髪、そして燃えるような真紅の瞳を持つ少女は、このような不可思議極まりない状況と空間の中、いささかの(おく)する素振(そぶ)りもない、むしろ自信に満ちた訳知り顔で挨拶(あいさつ)を交わしてきた。


 それに対して緋子は ――


「えーっと… はい?」


 … と、何とかそう(こた)えはしたものの、違和感があり過ぎて頭の中で またもや整理がつかない。


 そしてつい先程、どうやら『(しゃべ)る』らしい新仕様を披露した猫の黒揚羽(くろあげは)も、緋子と同じ疑問を抱いている…… のかどうかは不明ながら、その金色の丸い目を更に大きく開け、小首をくっとかしげて少女を見ているようだ。


 しかしながら、向こうから挨拶と自己紹介をしてきているのであるから、それを無碍むげにする訳にもいかない。

 礼にもとるは皇国華族として、また淑女しゅくじょとしての恥辱(ちじょく)ではないか。


「あ… これは大変失礼を致しました。 ご機嫌よう… わたくし蓮御門はすみかど 緋子と… 申し… ます……。 ぁ… と……… え? あら?」


 緋子は努めて落ち着き払った表情と声音(こわね)となるよう意識し、お辞儀の際には所作にも美麗さを損なわぬよう心掛けたのであるが ――


 如何いかんせん、洋装であれば両手で軽く持ち上げるべきスカートのすそもなく、また和装であればしわれを払うべき上前うわまえ(はかま)の布地もない。


「 …… って、わたくし…… やっぱりまだ裸のまま!!?」


 幼い頃より… まぁ、あんな珍妙おかしな両親たちからであるとはいえ、一応は名門の公卿華族令嬢として 一通りの礼儀作法をその身に叩き込まれてきてはいるのであるが ――


 しかしさすがに、初対面の相手に対して一糸いっしまとわぬ裸の状態で、一体どのように礼を尽くせば良いと言うのか。

 そのような事、緋子には… いやこの場合 誰にだって皆目かいもく見当がつかないのである。


 しかしながら恐らく、『それに気付いて()頓狂(とんきょう)な声を上げる』などという失態は、これまで緋子に礼儀作法を教えてくれた幾人かの教師や先達(せんだつ)たちも、大いに顔をしかめるところであろう… いや、もう既に遅いが。


 ここはもう全ての事々に一度目をつむり、何事も『れ関せず』の眼目がんもくにて、挨拶続行の一択である。

 緋子はそう決めたのだ。


「えー… こほん、これは大変失礼を。 わたくしは蓮御門子爵家の長女で緋子と申しま… 」


 すると横合いから、無慈悲かつ無邪気な声で ――


「ねぇ ひいさまぁ… はだかでよくへいぜんとごあいさつ つづけられましたのにゃあ」


 … と、事も有ろうに飼い猫から、すかさず的確な突っ込みを受ける。


「ぐ… 黒揚羽くろあげはさん…… そんな無垢(むく)な瞳で、(わたくし)を見ないでちょうだい…… 」


 苦渋・赤面・汗顔・悶絶の緋子。

 しかしそれを見て銀髪紅眼の少女は ――


「く、くく… ああ、いや…。 外の連中といい、其方そなたら一族の者らは、やはり面白いわ。 それに『ひいさま』か… ふむ、それもえにしかのぅ… 」


 … と、どういう訳か如何いかにも感慨深げである。


「はぁ…… もうなりり構ってなどいられませんわ。 多少 不躾(ぶしつけ)ではありますが… ねぇ貴女あなた、これは一体どういう状況であるのか… もしもご存じなのでしたら、わたくしにも教えてくださいませんこと?」


 緋子はもう(なか)ば観念し、そう単刀直入にいた。

 困惑し、悩み、足掻あがき、振り回され… そして挙句あげくに独りで空回るのは、もう御免である。


「ふむ… 其方そなた諸々(もろもろ)の状況をく把握したいという気持ちは()う解るがのぅ… じゃが今は何ぶんときがない。 まずはれを信じて身をゆだね、取り敢えず此処ここから抜け出そうではないか。 向こうに戻ったら、その時にはゆるりと丁寧に話してやろう程に」


 そう言うと少女は、緋子と黒揚羽の顔を、上目遣い気味の悪戯いたずらっぽい表情で交互に覗き込む。


 初めて出会った面妖おかしで立ち少女に、しかも斯様かような状況下で いきなり『信じろ』などと言われても、本来であればとても応じられる話ではないのだが ――

 しかしながら、どうやら他の選択肢は一切なさそうなのであった。


 それにこの少女とは何故か、深い繋がり… 奇縁? いや、何と言うかこう、もっと近しい感じで別の… そう、強い『結び付き』のようなものが、この時の緋子には確かに感じられたのである。

 そんなあやふやな、わば直感だけの希薄(きはく)に過ぎる根拠ではあったが、緋子は意を決して この身をまかせてみることにした。


「はぁ…… 解りましたわ。 それでは取り敢えず、貴女あなたを信じてみることと致しま… 」


「わかりましたのにゃー おねがいしますのにゃー♪」


「おぉ、そうかそうか。 おぬしはなかなかに賢くて素直じゃのぅ… それに豪胆じゃ。 いぞいぞ、戻ったら大いに()でてやろう。 ()し、では行くか!」


「はいにゃー♪」


「な!? え…… いや、ちょ… 待っ……!!?」


 … と、意思表明の台詞(せりふ)さえも猫に持って行かれた緋子が、覚悟を決められるようないとまもなく ――


 少女は ぱっと両手を彼らから離すと、その(てのひら)を それぞれの眼前にふぅわりとかざす。


 するとその刹那せつな… 目の前に現れたのは、ゆっくりと回転し白翠はくすい色に光輝く、直径二尺程の魔法陣。


 そこには何やらしゅらしき文言が数多(あまた)刻まれていたのであるが ――

 それは、陰陽頭おんみょうのかみ家に生まれて多少はこの方面に明るい緋子でも、全く見たことのない文字・文様・形状・そして輝きのものであった。


 それが彼らの眼前にどんどんと近付いていき… そしてその頭上で角度を水平に変え、そのまま彼らの身体を頭の先から足先に向かって舐めるように降り始める。

 その様子を外から窺い見ると、丸い輝きが彼らの身体を通り過ぎたところから随時 消え去っていくように見えていたのであるが、緋子や黒揚羽たち自身には、それはよく分からない。


 そして、彼らが二つの魔方陣に呑み込まれ終えたところで 少女はそれらを消し去ると、右手を上げて ぱちりと指を鳴らした。


 すると彼女の姿も消え… また同時に、これまで灰茶白黒モノクロームだった室内には、色彩と共に生気なども戻ったようである。


 そしてここからまた、止まっていたときが再び進み始める。






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