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紅蓮ノ華 ✿ 白翠ノ月  作者: 漣 ✾ 黒猫堂
chapter 001 『序』
4/10

『肆ノ柱 ✿ 魔素枯 de 帰寂』

蓮御門はすみかど 緋子ひいこ】 (作画;漣 ✾ 黒猫堂)

挿絵(By みてみん)





 消えかけた巨大な魔方陣が、まだ上空に ほの紅く残る此処ここ、西方辺境のフェスト平原 ――

 真祖 パドマ・バティ・ヴリコラカスは、そこにただ悄然しょうぜんと、今は小さく弱々しい身体を横たえている。


「お… おひい様!」


 先刻まで『辺境伯』と呼ばれていた騎士は、今まさに事切れようとしている彼女のかたわらでその手を握り、衆目しゅうもくはばかることもなく大涙しながら、かつてより親しい者のみが許されてきた、その愛称を大声で叫んだ。


 そして、更にそれを取り囲む数多あまた吸血魔族ヴァンパイアたちも、おどろきと困惑の中で悲嘆に暮れながら、その光景を静かに見守っている。


「何故です!? 我らは… 貴女あなたは勝ったではないですか! あんなにも華麗に… 圧倒的に! なのに… なのに何故…… 」


 いつもは飄々(ひょうひょう)として何事にも動じないヴィシュルド辺境伯が、目の前の状況を全くもって受け入れられずに困惑し、取り乱しているように見えた。

 だがそれも、今宵こよい起こった事々をかんがみれば、無理からぬことであったろう。


 当初、理不尽かつ非情な敵からの無慈悲な侵攻を受け、種族は甚大な被害と数多あまたの犠牲者を出すに至った。

 だがしかし、そこからパドマが行使した超常的な力によって 吸血魔族ヴァンパイア側は大いなる僥倖ぎょうこうを得、以降は 復刻・蘇生・返報・蹂躙(じゅうりん)・殲滅と、状況は目まぐるしい上下動にて推移 ――


 それが今度は、その神の如き極大の御業みわざを成し遂げたはずの主君が突如、もう身罷みまかるのだという。

 まさに青天の霹靂へきれき卒爾そつじ慮外りょがいの状相であることはなはだしく、不条理であることこの上もない。


 そんな、全ての者たちが悲嘆と途方に暮れるこの場の状況において、心静かでいられた者があったとするならば ――

 それは誰あろう… 死を目前にし、今現在 荒れ野に横たわっている、パドマ本人のみであったろう。


「すまぬな、ヴィシュルド…。 れももう… よわい480を越え… 全盛期と比し、この身の魔素量は… 半減して…おった…。 それゆえ… さすがに数万の敵をほふり… 更には千を超える眷属たみたちを救うのには… どうにも身が… 持たなかった…ようじゃ、はは… 」


 パドマはそう言って、一筋の涙を落としながらも破顔わらって見せた。


「どうして… 一体、どうして…… 訳が… 訳が解りません、おひい様! どうして貴女あなたが… こんな…。 のこ…遺さ… 遺された我らは! ……… 私は… 一体 如何いかがすれば良いのです…。 翌月には… 夫となるはずであった…この私は… この先 何を励みに生きていけば…… く、ぐくぅぅ…う……!」


 ヴィシュルド辺境伯は、真祖であるパドマには当然及ばないまでも 眷属内では随一の魔素量を誇り、才気(あふ)れる逸材であった。

 その才は 広く魔帝国内にも聞こえ、辺境伯の称号も、侯領内における局所・便宜的なものではなく、帝国から叙された正式な爵位であった。


 彼は350年程も昔、ゆえあって 幼少期にパドマ自身のきばにより直接 眷属とされ、その後は本城の御居館ごてん内に一室を与えられて、成人するまでパドマや他の高位眷属たちと共に暮らした。

 ヴィシュルドは当初幼かったこともあってか、パドマから親族同然の扱いを受けて寝食を共にし 随分と可愛がられ、またその身に様々な薫陶くんとうじかに受けるなど、眷属としては破格の待遇の中で育った。


 そして来月には… パドマと晴れて婚姻入婿の上、共に侯領の施政を支えていくことになっていたのである。


「ふふ… じゃがこれで、こんな婆様と… 夫婦めおとにならずに… 済んだでは…ないか… 」


「おひい様!」


 こんな時に… いや、こんな時だからこそででもあるのか、パドマが発したきわどくも自虐に過ぎる戯言に、ヴィシュルドは本気で気色ばむ。


「おっと… 怒られてしまったか…。 ふふ… すまぬな… いや、本当に… すまぬ…。 れにとっても… 初めての…輿入れとなる… はずであった…ゆえ… 夫が其方そなたであるからこそ… れも… 楽しみにしておったよ… ヴィシュルド…… 」


 ヴィシュルドはパドマの手を握りしめたまま激しく泣き崩れ、嗚咽おえつで言葉も出ない。


 パドマはそんな彼の様子を見て、再度少しく微笑み… しかしもうあまりいとまもないであろうことを察して、更に言葉をつむいだ。


魔帝国ザイタンの… リュツィフェール…6世陛下…には… 其方そなたとの婚儀…の… 旨は… (しら)せて…ある…。 ゆえに… れ…が… 逝った後…は… 一時的に摂政… と…して… 領内のことを託…す… 」


「はい… はい、どうかお任せを… 主上殿下…… 」


「じゃがな… ヴィシュルドよ… れの…死は… 当分の間…は… 伏せよ…。 そして… 次なる族長を… 探…せ… 早急に…な…… 」


 ここでパドマはようやく、ヴィシュルドがただ感傷にだけ浸ってはいられなくなる、真の核心部分に言及した。


「次なる… 族長…? どういうことです!? 真祖であられる御身は、貴女あなた様御一人のはずでは…?」


 ヴィシュルドは大いに驚き狼狽うろたえるが… また同時に、それとは別の思考を瞬時に働かせると、側近の臣に鋭く目配せして、周囲の者たちをこの場から急ぎ遠ざけさせる。


「あぁ… そうじゃ…。 我ら吸血族ヴァンパイアに… 真祖は…唯一人しか… 存在…せぬ…。 じゃが 言い換え…れば… 必ず一人は… この世に…生を… 受けるの…じゃ…。 (ゆえ)に…のぅ… ヴィシュルド… れが死ね…ば… 即刻…何処いずこかの…地で… 真祖…が… 生まれるの…じゃ…。 そして… その者…こそが… 次なる…… 」


 どうやらいよいよもってパドマの生は尽き、その魂魄こんぱくが冥界へと立ち還るまでに、あと幾何いくばく猶予ゆうよもないようだ。


「そんな… それは、それは一体 何処いずこに… !?」


其方そなた…なら… すぐに… 見付け出して… くれ…よう…? れの… 跡継ぎ…を……。 そし…て… しばらく…は…… 其方そなた… 親……り…して… そ… 者…… 導…ぃ …………………… 」


 吸血魔族(ヴァンパイア)の真祖、パドマ・バティ・ヴリコラカス侯爵、急逝 ――


 婚約者に看取られて逝った最期のその顔は、まるで透き通るような白翠(はくすい)色の微笑みを(たた)え…… しかし息を引き取って(なお)、その両瞳からは幾筋もの涙が、(しば)し流れ続けていたのだという。


「お… おひい様……!? おひいさ… パドマ… パドマぁーーーーー!! ぁあ! ぁぁぁああーーーーー!!!」



 ◇



 西暦 1920(太正9)年 某日 ――

 大日本皇国 東亰府東亰市 荏原えばら郡目黒村内の、森を背負った小高い丘状の某所。

華族 蓮御門はすみかど子爵邸の一室。


 蓮御門はすみかど家は、世が回天し元号が改まった明冶めいじの御一新以前、代々 朝廷に陰陽頭おんみょうのかみとして仕えた公卿・堂上半家の家柄であり、維新後は子爵を賜った。

 現当主は蓮御門はすみかど 晴親はれちか


 蓮御門邸は、太正の御代(みよ)に大方の華族たちがこぞって建て住まう『洋寄りの和洋折衷様式』の邸宅とは趣をことにし、表と裏の玄関周り… そして中央部に高く突き出たガラス張り3階建ての『星見楼閣』部分が煉瓦レンガ積みとなっている以外は、全て純然たる総檜・寝殿造の様式となっている。


 その邸内の最奥 ――

 結界が張られ、数種の香木により()()められたおごそかな一室において、今まさに〈 精霊みたま召喚めしよせ 口寄くちよせ之儀 〉がり行われようとしていた。


 室の入口にはとばりが下ろされ、四隅には灯籠とうろうの火が薄紅く揺らめき… 部屋の中央には、神座であり寝座としての八重畳。

 そして、その周囲には食膳や酒器… 衣服やくつなどが、恐らくは厳格な儀礼形式にのっとった位置に整然と置き並べられている。


 しかしながら、中でも最も奇異な光景としては ――

 八重畳の上面、頭部をみなみの方角に仰向けて横たわる、一糸纏わぬ姿の少女が一人。


 そしてその前には、当主である蓮御門はすみかど 晴親はれちかが、衣冠束帯を身に着けた儼乎げんこたる姿で、裸の少女に向かって額を畳に擦り付ける程に平伏、叩頭こうとうしていた。


 少女の名は、蓮御門はすみかど 緋子ひいこ

 蓮御門家の長女であり、一子相伝の蓮御門陰陽道を継承する、晴親の実娘である。


 また、この室内にはもう一人、巫女(みこ)姿の女性がいる。

 名を煕子ひろこといい、緋子ひいこの実母であった。

 煕子は、旧朝廷・神祇官の次官であった神祇大副じんぎたいふ 吉幡多よしはた子爵家の出であり、こういった儀式事には大いに造詣が深く、主宰である夫 晴親をも遥かに凌ぐ異才があった ――

 いや、あり過ぎた… とうべきか。


しからば… 緋子ひいこ、参るぞ」

「はい、御父様… いつでも」


 晴親は、蓮御門家に代々伝わる陰陽道のしゅを唱えつつ、始めだけ大幣おおぬさをかさりかさりと振ると それをかたわらに置き、何やら手刀で せっせと様々な印を結んでいく。


 その横で煕子は 神楽鈴かぐらすずをしゃんしゃんと鳴らしつつ、えて夫とは別系統である、実家 吉幡多神道系の祝詞のりと滔々(とうとう)と唱えているのであるが ――


 その、周囲全てを振るわせおののかせるような煕子の声音と、そして言祝ことほぎ舞う幽玄華麗な四肢の霊的な生動は、最早もはやこの世のものとも思えぬ程の稀代きだい儁秀しゅんしゅうさであり、一種 神憑かみがかり的ですらあった。

 恐らくはこれが、この後に起こる超常奇異な異態事象の真因であったろう。


 儀式が始まってから程なく、室内には様々な現象が起こり始める。

 ()ずは、窓も隙間もないはずの室内に風が びょう… と一迅し、四隅に灯っていた灯籠の火が一斉に掻き消された。

 そして、どうやら相当な近さで異様に甲高い雷鳴が轟き渡ったかと思うと、八重畳上に仰臥ぎょうがしている緋子の身体が、ぼぅ…っと白翠はくすい色の淡光を発し始めたのである。


 晴親と煕子は(なお)も激しく儀式をり行い続けるが、この状況に晴親の方は少しく動揺の色を隠しきれず、声が震え額には大粒の汗が浮き、やがて吹きこぼれ始める。


 すると、まるで先程の雷鳴に目覚めさせられでもしたかのように、緋子の上肢は手も使わずに すっ… と身を起こすと その刹那せつな……

 (およ)そ、人間のそれとは明らかに異質な 閃輝紅緑となった双眸そうぼうが、かっと大きく見開かれた。


 そして、一言 ――


「 ……… れは… 何故なにゆえに裸?」





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





一掬いっきく後日ごじつたん


 蓮御門はすみかど家の面々による茶番解説コメンタリー



パドマ(元真祖/魂の居候);

「よぉ~し皆、大いに(よろこ)ぶが()い! 今回でようやく、彼方あちらの世界での『陰鬱(いんうつ)でニーズがなくしんどい話』は終わり、れもめでたく死んだぞ! 皆、これまですまなかったのぅ! いやぁ、()きかな善きかなー! あーっはっはっはっはっはー♪ ちぃっ… くそがぁ!!!」


蓮御門 緋子ひいこ(猫/長女);

「へ!? いや… ちょっとパドマさん? 一体、どうしてしまわれたんですのにゃ… 情緒不安定?」


蓮御門 煕子ひろこ(母);

「あらあらまぁまぁ… パドマちゃん、何があったというのぉ? なにか つら~いことでもあったのならぁ… なんっっっでも あたくしに相談してねぇ?」


蓮御門 晴親はれちか(父);

「そうやぞパドマ殿… わしらはもう家族も同然や。 ささ、一体何があったんか丸っと吐き出して… 楽んなったらええわ!」


蓮御門 丹子にいこ(次女);

「いやいや、前回までのお前らの態度が原因だろ… え、わざとか?」


蓮御門 晴親・煕子・緋子

「 ……… はぁ? そらまた どういうことや?」

「 ……… え~? いったい なんのことなのぉ?」

「 ……… はい? さっぱり 意味不(イミフ)ですのにゃ?」


蓮御門 丹子(次女);

「こいつら… とんっでもねーサイコパスどもだな… 」


パドマ(元真祖/魂の居候);

丹子にいこよ、()いのじゃ()いのじゃ。 それに()れはの、前回までのこのコーナー(・・・・)で皆の本音が聞けて、逆に良かったと思ぅておるのじゃよ……。 ふふ、んっふふ… ふはははは…。 Shit!!!」


蓮御門 丹子(次女);

「パド…… 」

(うぅわ… なんかどっちも違う意味で怖ぇーよ… てか『コーナー』ってなんだ)


パドマ(元真祖/魂の居候);

「じゃがこれで、今回の本編後半にようやく 皆がお待ちかね、緋子ひいこの『貧っ相極まりない(・・・・・・・・)裸』が登場しよるしのぅー。 めでたしめでたしじゃー♪」


蓮御門 緋子(猫/長女);

「へ!? な、ななな… 何ですの急に? 人の身体を『貧相極まりない』って一体!? う… うにゃぁー! しゃぁぁぁあーーー!!」


パドマ(元真祖/魂の居候);

「しかしまぁ、如何いかに貧相とはいえ… 緋子ひいこのでまだ良かったわー。 もしもこれが煕子ひろこの『(しわが)れた老体』なんぞであったらと思うと… うん、見るに()えんからのー♪」


蓮御門 煕子(母);

「!? あ… ぁあたくしは、まだそんなに老いさらばえてなんか おりませぇ~ん! もぉ! パドマちゃんったら ひっどぉ~~~い!! ぐすん… しくしくしく… 」


パドマ(元真祖/魂の居候);

「あー… しかしそもそも、さらさんでも良い娘の肌を無意味に露出させてしまいよったのは、父殿の魔導の心得が未熟かつ無知(むち)蒙昧(もうまい)に過ぎたからであったのぅー。 やれやれー、しかしまぁ… 力量不足の『なんちゃって陰陽師』では、致し方のないことじゃー♪」


蓮御門 晴親はれちか(父);

「パ、パドマ殿…『なんちゃって陰陽師』て……。 なんや、その言い得て妙のネーミングセンスは!? そんなん、今後めっちゃ拡散… 定着してしまいそうやんか~! ぁ… あほぉ~~~!!」


蓮御門 丹子(次女);

(うーわ、パドの復讐のしかた… しょっぼいけど 超えげつねぇー。 でもそーだよな… ここまでの本編の話をちゃんと読んでたら、パドが『敵に回したら超やべーやつ』だなんて、気付かん方がどーかしてんだろっつー。 まぁ、しょぼいけど… )


パドマ(元真祖/魂の居候);

「 ~~~~~♪」






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