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紅蓮ノ華 ✿ 白翠ノ月  作者: 漣 ✾ 黒猫堂
chapter 001 『序』
2/10

『貳ノ柱 ✿ 闇魔術 de 蹂躙』

蓮御門はすみかど 緋子ひいこ】 (作画;漣 ✾ 黒猫堂)

挿絵(By みてみん)





 天空には、どの方角の辺円ふちをも見渡せぬ程に巨大な魔法陣 ――

 その緻密な幾何学文様としゅの文言は、まるで鮮血のような真紅のひらめきをちりちりと無数に放ち、それが幾層にも天高く積まれている。


 今この時、主戦場たるこのフェスト平原に身を置く 敵味方両軍の将兵たち… のみならず、ラミーア・オベクス自治侯領内の全侯領臣民(ヴァンパイア)をも合わせ、その数およそ10万にも上る者たちが、皆 呆気あっけに取られた表情で、それぞれの頭上の空を見上げていた。


 前線で騎乗し指揮を()っているヴィシュルド辺境伯も、これにはさすがに声を失い表情も強張こわばらせたまま、暫し頭上を見上げている。

 そしてようやく、半ば強がりのような言葉を無理に押し出した。


「ぉ… おやおや、これはもう何と言うか… 畏怖畏敬を通り越して、何かの冗談としか思われないような… 」


 そしてかたわらに控える兵は、この数刻で起こった目を覆わんばかりの惨禍さんかと、そして今 眼前で繰り拡げられている事象のあまりの荒唐無稽さに、驚駭きょうかいこころまれることはなはだしく ――


「ここ、こぉ…れは… ぁあの、まま… まさ か…?」


 … と、もはや全身から戦慄わななずる吃驚きっきょうの相を隠すすべもない。


 しかしながら、おかしな話だがこの辺境伯には、この兵の狼狽うろたえ様が却って少しく救いとなったようで ――

 ここにきて初めてようやくに、この『名も知らぬかたわらの彼』のことを少しだけ好ましく思い、また同時に初めて、彼を『一個人』として認識した。

 そして更には、みずからの困惑や怖れをはらうための、ひとつの動因要素にもなったようである。


「ふふ… ええ、まさにこれこそが 我らが種族の真祖おさ、パドマ・バティ・ヴリコラカス主上殿下のご降臨ですよ。 そしてその御尊体は… えーっと…… あぁ ほら、彼方あちらに」


 辺境伯はそう言うと、上空に浮かぶ巨大な魔法陣の中心付近をてのひらでふわりと指し示した。

 その先、遠くてよくは見えないが 目を凝らしてみると確かに、漆黒の闇空と真紅に輝く極大魔法陣との強烈な明暗彩度差コントラスト狭間はざまで、異形の人影がぽつりと浮かんでいるように見える。


 鈍く淡く光る、美しい装飾刻印エングレーブの施された真紅色ルブルム金剛稀鋼アダマンチウム全身板金甲冑フルプレートアーマーに、大きく波打ちひるがえる 鮮紅・漆黒の天鵞絨ビロード外衣マント


 かぶとの後部首元からは、長く美しい銀髪が はらはらと風になびき… そしてその者の、幾分眠たそうに薄く開けられた両瞳ひとみからは、異様な鮮やかさで煌々(こうこう)と輝く 紅蓮ぐれんの光彩が放たれている。


 すると、敵味方を問わず付近一帯 全ての者たちの頭上から ――


「なかなかに(はしゃ)いでくれたのぅ… 性根汚らわしき劣等弱賤種ヒューマンどもよ… 」


 … と、虚空にぴたり静止している彼女の声が、皆の頭蓋内にじかに響いてくる。


れは、当地ラミーア・オベクス自治侯爵領の統治者おさ、パドマ・バティ・ヴリコラカスである。 今宵(こよい)は随分と、き趣向を凝らしてくれたようじゃ…。 地虫か粘菌以下の非力ひりき蒙昧もうまいなる劣等弱賤種ヒューマンどもが、耳長みみながふぜいの助力程度で よくぞここまでの大事をやってのけた。 いや、このパドマ… 痛く感じ入ったぞ」


 彼女は、その宙に浮いた美麗な軍装の四肢ししだけでなく、顔の表情ひとつすらも微動だにせず、更に無機質に言葉だけをつむいだ。


ゆえにじゃ… 今宵(こよい) 存分にはしゃぎ励んだ貴様らには、これよりきものを見せてやろう。 よろこべ! 貴種の頭目おさたるれからの、心尽くしの褒美である!」


 地を這う全ての者たちに、その美美しくも禍々(まがまが)しい怨嗟えんさ難詰なんきつの声が響き届くと同時、幾層にも重なっていた魔法陣の内の一層が、真紅から翡翠ひすいがかった淡白色にその色を変え ――

 そしてそれが幾つにも分散して小さくなったかと見るや、吸血魔族ヴァンパイアたちのしかばねの上に、それぞれが(なめ)らかな光跡を引いて飛来した。


 それら白翠はくすい色の魔法陣たちは やがて時計の文様へと変化し、その針はゆっくりと逆回転で動き始める。

 すると、先刻 むごたらしく斬り刻まれ切断された数多あまたむくろたちは、まるで時を巻き戻されるように その原型を取り戻していった。


辺境伯閣下マイロード、こ これは… 」


 かたわらの兵は、眼前で次々と展開されゆく途方もない奇景の連続に、大いなる(おそ)れと高揚がい交ぜになった表情で馬上の騎士に問う。


「いやぁ 本当、すごいよねぇ。 でも確かに… こうして体を元の形に戻しておかないと、いくら反魂はんごんや治癒の呪法を施しても復活させられないから… まぁ、そういうことなんだろうねぇ」


「これが… この偉大なる御力を行使し、彼方あなたにおわすの御方こそが… 我らが主上にして唯一絶対の存在、御真祖パドマ殿下…… 」


 そうして二人は… いや、今この地に居る全ての者たちは ――

 ただただ虚空を見上げ、眼前で繰り拡げられつつある この摩訶不思議めちゃくちゃな報復劇を、暫し見せつけられるに任せるしかなかった。


 そして、地に横たわるむくろや負傷者たちの四肢ししが、おおむね元の形に戻ったであろう頃合い ――

 天空に拡がる魔法陣の内の最下層の極大円が、更にまばゆく真紅の光を放ったかと思うと… そこからおびただしい量の液体が、地表に向けて間断なくしたたり始めた。

 その液体は、まるでおりを含んだ血のように紅く粘性を帯び、それらが一滴一滴、敵味方を問わず全ての者たちの頭上に ひたひたと降り注ぐ。


 すると、まずは疲労ひろう困憊こんぱいし倒れ込んでいた吸血魔族ヴァンパイア兵たちの疲れがえ、次に軽傷者たちの傷が跡形もなく治癒し ――

 更には、激しく斬り刻まれた重傷者… もしくはしかばねたちの無残だった裂傷が、見る見るうちに塞がっていった。


 そして… 既に息絶えていた無数の吸血魔族ヴァンパイアたちの身体が淡く光り始め ――

 まずはその者らの手先足先などが ぴくりと動いたと見るや… やがてゆっくりと、その場に身を起き上がらせ始める。


 その霊妙奇怪な光景を、吸血魔族ヴァンパイアのみならず、妖耳長族エルフ人間族ヒューマンの兵たちも全て、空から滴り落ちる血のようなしずくを身に浴びながら… ただただ茫然と、ほうけたように仰ぎ眺めていた。


「ふむ… これで何とか元通りじゃ。 解るか、卑陋ひろう下賤げせんなる劣悪種どもよ。 貴様らが無い知恵と勇気を振り絞り、その命をしてまで行なった此度こたびの所業は… 見ての通り、全てが灰燼かいじんへと帰したぞ。 どうじゃ… 貴様らのその、塵芥ちりあくたの如きつまらん命を剥ぎ取られる前に、いと面白きものが見られたであろう?」


 彼女はそう言うと右手を軽く挙げ、そして指をぱちりと鳴らした。

 すると… 攻め手の妖耳長族エルフ人間族ヒューマンたちが、にわかに絶叫しもだえ始める。


 この広大な平原上に展開する3万の侵略者たち全てが、一人の例外もなく壮絶悲痛な叫び声を上げ、地を這い のた打ち回る。

 見ると、どの者らも甲冑の隙間から大量の血をあふれ流し、また 露出した部位の皮膚は、まるで紅蓮ぐれんの華のように裂け開き、激しくただれていた。


「これはれからの礼… 恵みの甘露酒アムリタじゃ。 盛大に浴び… 大いに飲み干し、その地獄はどまを味わい尽くすがかろう。 痛みは生のあかし、絶望は死への誘い水とやら。 そして後悔は… 怨嗟えんさの渦となりて、我らの糧食かてとならん」


 と、しかし… 彼女はここまで、その言辞の辛辣さとは裏腹に、終始無機質 かつ無表情ではあったが ――

 これ以降、ようやくに向けた同胞眷属ヴァンパイアたちへの言葉は、これまでとは一転、慈愛と憐憫れんびんに満ち満ちたものであった。


「さて、れの眷属こどもたちよ…。 此度こたびは、まこと酷い目に合わされたものよのぅ…。 来るのが遅くなり、本当にすまなかった… 許せ。 さぁ… 愛しき眷属こどもらよ、其方そなたらを苦しめた いとうべき彼奴きゃつめら… その生が未だあるうちに生き血をすすれ! 精を付け、剥離ささくれ傷付いたその身と心を癒すがかろうぞ… さぁ行け!」


 その言葉が地上に届くと同時、これまでほうけたように この奇景な成り行きを眺めていた吸血魔族ヴァンパイアたちは、く我に返ると続々、手近な敵兵たちに襲い掛かっていった。

 とは言え、既に全身から血を噴き出し倒れている彼らの身体からは、吸うというよりも ただ舐めしゃぶるだけで事は足り、あとはただただ一方的な蹂躙じゅうりんとなった。


 その後 半刻ほど経ち、吸血魔族ヴァンパイアたちも、もうこれ以上 血をすすれない程に満たされた頃合い ――

 上空に浮いたままの彼女が再び指を鳴らすと、幾層もの魔方陣が広域各所へと無数に飛来し、それぞれの場所でまばゆい閃光と爆音を放って、息も絶え絶えの敵兵たちを灼熱しゃくねつ紅蓮ぐれんの業火で葬り去っていった。


 だが不思議なことに、灼熱で焼かれたはずの侵略者たちのむくろは、いずれも凍てつき霜が付いた、極冷の氷結状態で横たわっていたという。


 これが今宵こよい、ラミーア・オベクス自治侯領の西方辺境 フェスト平原で起こった、ほんの数刻にわた饗宴うたげ顛末てんまつである。


 そして、この宴の一切を取り仕切り 大業を成した、真祖 パドマ・バティ・ヴリコラカスは――

 虚空で独り、ふぅっ と息を吐くと… 天を仰いでゆっくりと目を閉じ、その身を仰向あおむかせた姿勢のまま、地上へと下降していった。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





一掬いっきく後日ごじつたん


 蓮御門はすみかど家の面々による茶番解説コメンタリー



蓮御門 緋子ひいこ(猫/長女);

「今回のお話では、まだわたくしたちは登場致しませんでしたわね」


蓮御門 丹子にいこ(次女);

「あぁ、まだパドっちが向こうの世界でヤンチャかましてるとこだったなぁ」


蓮御門 煕子ひろこ(母);

「そぉそ、今回は まだちょ~っと小むずかしい感じのぉ… 読むのが面倒くさぁ~いあたりなのよねぇ~。 だから、うちの(ひい)ちゃんが()で登場するのはぁ… 次回以降となりまぁ~っす! うっふふふ♪」


蓮御門 緋子(猫/長女);

「うにゃ!? ぉぉお、ぉか… 御母様ぁ!?」


蓮御門 丹子(次女);

「あっははは! その話さー、もう何っ回聞いても可笑(おっか)しーわ。 あと母さまさ、取り敢えずこういう場で『読むのめんどくさい』とか言ってやんなし」


パドマ(元真祖/魂の居候);

「しかしまぁ…『序章』は確かに、多少 陰鬱(いんうつ)かつ凄絶な描写が続くところではあるのぅ…。 特にれが怒りに任せ、幾万もの妖耳長族エルフ人間族ヒューマン共を無慈悲に蹂躙(じゅうりん)ほふっていく(さま)といったら……。 いや、しかしまぁ… ()れは気持ち良かったがの♪」


蓮御門 緋子(猫/長女);

「えーっと… それ、本当に大丈夫なやつにゃんですの? その展開の後で、ちゃ~んとこうした『なごやか日常系』の世界観に移行可能なのでしょうねぇ… 」


蓮御門 煕子(母);

「大丈夫よぉ♪ だってほらぁ、パドマちゃんってぇ… 何かこう、『ギャップ萌え』じゃない?」


蓮御門 晴親はれちか(父);

「ぅ~ん… なぁ煕子(ひろこ)ぉ? あんた、もうすっかり忘れとんのかも知れへんのやけど… 今は一応、『太正の御代(みよ)』やからな? 時代設定やら何やら、あんまおかしゅうしてもうたらアカンのやで… 」


蓮御門 丹子(次女);

「それなー。 そーいう… なに? 設定とか? あとはほら… 時代…コウショウ? わっかんねーけど。 そういうのってさ、結構大事だったりすんだろ? でもその点 うちのパドっちならよー、話し方とか超ジジィ系だし… そこはきちっとハマりそうだよなー!」


パドマ(元真祖/魂の居候);

「ん~っとじゃ… 何やら気になるところもいろいろとあったが… まぁ良い。 しかしこれだけは言うておくぞ。 良いか丹子(にいこ)よ、れの口調を形容するのであれば…『(じじ)ぃ系』ではなく『(ばば)ぁ系』であろうが!」


蓮御門 緋子(猫/長女);

「いや、そ・こ・で・す・の!? 御自分で『婆ぁ』言っちゃってますけど!?」


蓮御門 晴親(父);

「パドマ殿… そこは正直ど~でも(よろ)しい。 それよりも(わし)が気になるんはなぁ… 丹子(にいこ)ぉ、お前さんのその卦体けったい(しゃべ)り口調の方や。 正味の話 ちと乱暴やし、華族家の娘としてやなぁ…… 」


蓮御門 丹子(次女);

「はぁ? え… あたし? ちっ… んだよもー、ったく… 外では一応ちゃんとしてんだから別に…。 てかさぁ、父さまこそそのエセ関西弁、なんとかした方がいんじゃねぇのか? 本当は東亰生まれのくせに、『陰陽師は京言葉 使(つこ)てなんぼや~』とか… ワケわかんねぇっつー 」


蓮御門 煕子(母);

「あらあらはいはい… (にい)ちゃんもそこまでよぉ~。 お父様がおっしゃる通りぃ、言葉づかいは大事だぁいじ♪ それにね丹ちゃん、パドマちゃんの喋り方を『古臭~い』とか『偏屈ジジィみた~い』とか『厨二病かよ~』とか…。 そぉ~んなこともぉ、本人の前で直接言ったりしたら… NON NO~N なのよぉ~♪」


パドマ(元真祖/魂の居候);

「うむ…。 れも(いま)だ、此方(こちら)の世界の事情にうとい身ではあるのじゃが…。 しかし今回の会話から、『煕子こそが相当にこじらせておる』ということは再認識出来たぞ」


蓮御門 緋子(猫/長女);

「まぁ… それについて(わたくし)からは、ちょっと言いづらくてアレなのですけれど…。 ところでこの茶番劇おはなし… これからも続けていくんですの?」






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― 新着の感想 ―
[良い点] 古書のようでファンタジックな文体がオリジナリティを感じます。難しそうに見えて意外と理解できてしまう、技ありな書法だなと。 [気になる点] 黒猫ちゃんです!
2023/01/22 22:07 退会済み
管理
[一言] 初めて読むタイプのものなので、場面を想像しながら少しずつ読み進めています。 続きが楽しみです٩(*´꒳`*)۶ 応援しています!
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