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紅蓮ノ華 ✿ 白翠ノ月  作者: 漣 ✾ 黒猫堂
chapter 002 『転』
10/10

『陸ノ柱 ✿ 不承諾 de 猫変』

蓮御門はすみかど 緋子ひいこ】 (作画;漣 ✾ 黒猫堂)

挿絵(By みてみん)





 蓮御門(はすみかど)子爵邸内の最奥、主に陰陽系の儀場としてあてがわれている おごそかな総素木そうしらき(づくり)の一室に、この家の当主とその内儀、そして次女の三人がつどっている ――


 いや、正確には… 『中身が本人ではない裸の長女』一人と、そしてこの家で飼われている『黒猫』一匹も居るのであるが、それらはまた少し状況が違っており、今この場では 一旦数えないでおく。


 その上で改めて、此処(ここ)に居る前者の方(・・・・)の連中… 蓮御門はすみかど家の三名らにとっての『つい先程』――

 パドマにより宙に描き出された時計盤紋様の美しい魔方陣に色めき立っていたの者たちは、その刹那せつなにぴたりと止められていた(とき)を再び始動されたのに伴って その言動を開始するも、一瞬で移り変わった眼前の奇怪おかしな状況に当惑の色を見せる。


「 …てぇだな…… って、ぅぉい!? いったい何が起こった!!?」


「 …んなんですの…… あらぁ!? 突然猫ちゃんが二匹に!!?」


「 …ん状況…… なな、なんやぁ!? ひ、緋子(ひいこ)ぉ!!?」


 そう… しばときを止められていた彼ら三人にとっては、魔方陣に浮かれ騒ぎ始めたまさにその直後、突如これまでとは別の場所に瞬間移動してきたように見える『緋子ひいこ姿のパドマ』と『猫の黒揚羽くろあげは』… そして新たに突如出現した『見知らぬ茶トラ猫』の姿に、驚き困惑するのも無理からぬことであったろう。


 さて、その『一人と二匹』… つまり、元はパドマ・緋子・黒揚羽だった(・・・)非常にややこしい者たちは、しばし静止した時空の中で全てを終えて帰ってきたのであるが、(とき)を止められていた晴親・煕子・丹子らにとってみれば、この一瞬で何が起こったのやら訳が解らない。


 そうと察したパドマが ――


「大丈夫じゃ、全て遺漏いろうなく終わったぞ」



 そう告げると、最も早く状況を飲み込んだらしい煕子ひろこが、感嘆かんたんねぎらいの声を上げる。


「あらあらまぁまぁ… パドマさん、本当に何とお礼を申し上げて良いやら… ぐすん」


 だが、そう言って涙ぐむ煕子に、パドマは少しく申し訳なさそうに返す。


「いや、そもそもれが其方そなたの娘の身体を奪ってしまったがゆえのこの状況… かえって申し訳ない…… 」


 そうこたえて目を伏せるパドマに対し、晴親はれちかも声を掛ける。


「いやいや… 元はと言えばわしらが『召喚の儀』なんぞをり行い、パドマ殿をこちらへ呼び寄せてしもぅたんがそもそもの原因や。 せやからなぁ… あんたはんが気にされることなぞ、な~んもあらしまへんのやで? ほら、どうか顔を上げて… な」


 そしてようやく、まだ若干 頭が追い付いていなかった丹子にいこも、取り敢えず声をかける。


「えーっとだ… なんかまだよくわかってねーんだけど…。 でもまぁ、まずはちゃーんと姉貴たちも戻ってこられたんだ、上々の結果なんじゃねーのか? おぅし! これでめでたしめでたしだな!」


 但し そんなことを言ってはいるが、そこは(さと)い丹子のこと ――

 もしかすると、『何となく解った気になっているだけ』の父 晴親などよりは、余程きちんと状況を把握はあく出来ているのかも知れないが… それはまぁ良い。


「ほらほら、パドマさんもず~っと裸のままでは風邪をひいてしまうわぁ。 まずは表のお座敷の方に行ってぇ、一度落ち着きましょうよ、ね?」


 煕子はそう言うと、パドマの肩に襦袢(じゅばん)をふぁさりと掛け、元は自分の娘のものであったはずのその背中に、()を優しく そっと置いた。


其方そなたら……。 本当にすまぬ… いや、此処ここは『有難う』…と、うべきところかのぅ… 」


 パドマはそう言うと少し(にが)そうな顔で笑みを浮かべ、それを見た三人も『全ては一旦置いておこう』とでも言うように、からりと明るく笑った。


「あーっはっはっはっはっは!」


 こうしてこの場は、すっかり大団円の様相をていし始めていたのであるが ――


「ぃゃ… いやいや… いやいやいやいやいや……、一体何を良い感じに一旦締めようとされてるんですの貴方あなたがた…。 ちょっとお待ちにゃ(・・)さぁぁぁあ~~~い!!!」


 そんな台詞せりふで、突如この『めでた系』の空気感を打ち破ったのは、なんと一匹の黒猫であった。


 いや、果たしてこの黒猫は 当家で飼われている黒揚羽… の身体に憑依はいり込んだ、誰あろう蓮御門家の長女、緋子その人である。


 そんな突然の声に一同、一瞬は静まり返るものの… 特に蓮御門家の三人は、いずれも突如『にっちゃり』とした満面の笑みを浮かべ好奇心を盛大にだだ漏らしながら、その黒猫になり果てた緋子のもとに速攻で にじり寄ってきた。


「あらあらあらあらあらぁ~… あなた、本当にひいちゃんなのぉ~? あらあらまぁまぁあ~~~、なぁんて お可愛らしいことぉ♪ そぉそ、おなかすいてなぁい? イカ焼き食べる? チョーコレエトはいかがぁ? そぉだ、つきたての安倍川あべかわもちでもお食べなさいな♪」


「ぶぅっは!? なんっだこりゃあ… え、ほんとに姉貴かぁ? てか、『お待ちにゃ(・・)さ~い』て…… ぁは、あっはははは! すっげ…まじでウケる…… ぶふぅ!! あ~っははは!!! ぶぁはっ、ふは… ぐ、ぐるじぃ… ゎ、わら… 笑い死ぬ…… あはっ! あ~っははははは!!!!」


「おぅおぅ… こりゃまたおはんら、揃って紅色(あか)翡翠色(みどり)卦体けったいな眼ぇの色に…。 それにしても緋子ぉ… 猫になるゆぅんは、一体どんな感じなんや? 身体おかしいことないか? 耳や尻尾しっぽて自由に動かせるん? その爪、ちゃ~んと別々に出せるもんなんかぁ?」


 … などと、この一族は相変わらずそれぞれ違ったベクトルに向け、盛大にこじらせている。


「 ……… ここ、この人たちは全く…。 もう少し、人の心配をしたらどうにゃん(・・・)ですのぉ!!!? しゃ… しゃぁーーー! ふぅわぁぁぁあ~おぉ~… ふぅーーー!!」


 緋子は、その猫の小さな口ながら意外と大きな声でそう叫ぶと、三人を威嚇いかくするように右の前脚をひょいひょいと出して宙をかき、丸めた背中の毛を大いに逆立て激怒している。


 その様子をはたから見ていたパドマも、これにはさすがに見かねて口をはさむ。


「おい其方そなたら… 緋子殿も混乱しておるのじゃ。 もう少しの間、そっとしておいてやらぬか。 あと煕子殿、先程申されていた食物類のぅ… それ、見事に『猫に与えてはならんもの』ばかりじゃから、絶対にやってはいかんぞ」


 … とここで、丹子がもうひとつの存在に気付く。


「ぉんやぁ? ところでよぉ… さっきからそこで仰向あおむけんなって寝てる太々(ふてぶて)しい猫っ子は、いったい何なんだ? てか、もしかしてあれが… 」


 丹子が指さした方を皆が見遣みやると、そこには一匹の見慣れぬ茶トラ猫が、寝座の上に座っている緋子姿のパドマの足首を枕に、脚をだらしなく拡げて気持ち良さげに寝ているのが見える。


 その猫に向かって煕子が声を掛ける。


「あなたもしかして…… 黒揚羽ちゃん?」


 するとその猫は ――


「あ はい ぼく そんなかんじでよばれていたねこですのにゃん」


 突然 喋りだした猫に、一瞬凍り付く蓮御門家一同。

 しかし これはこれでまた面白いと見るや、すぐに嬉々とした表情で駆け寄って取り囲む、順応度高く節操のない蓮御門家一同。


「ぅうわ… なんっだこいつ!? すっげー! 喋る猫二匹目じゃねーか、すぅっげぇー!!」


「いやちょっと丹子さん、『二匹目』とはどういうことですの!? わたくしを一緒にしにゃ(・・)いでくださいますのにゃ!!」


「まぁまぁ、あなたやっぱり黒ちゃんなのぉ!? ほらほら晴親さん、あなたの作った形代かたしろに、ちゃ~んと黒揚羽ちゃんの御霊みたま憑依はいりましたよ~。 本当に良かったこと! うふふ♪」


「お… おぅ、そうやなぁ… うん、そうかぁ…。 ふふん、何や ほっとしたわぁ……。 ん?それにしてもなぁ… この猫も眼ぇの色が…… 」


 相変わらず収拾しゅうしゅうが着く気配を微塵みじんも見せない三人に対し、パドマが一旦()めるように言う。


「あーっと… 人様の家庭で余所よそものたるれが場を仕切るというのも何なのじゃが…。 ごほん、あー… そろそろえんたけなわ、一度落ち着かんかのう?」


 すると一同、「まぁ それはそうだそうだ」と、それぞれに自分が取り扱った儀式道具やら部屋の各所(しつら)えやらをさっさと片付けに入る。


 彼らのその姿…… この数刻の間に通常ではとても有り得ない程の様々な『超常』をの当たりにし、またあまつさえ 身内の身体に得体の知れぬ何者かが憑依はいり込み、しかもその身体を奪われた当人たる跡取り娘が、有ろうことか飼い猫の身体になり果ててしまった ――

 などというまれに見る異常なこの事態を、全く意にも介していない… いや、むしろ面白がってさえいそうな様子である。


 これにはさすがに、パドマも呆気あっけに取られるやら緋子が不憫ふびんやらで、彼女の長い前世の中でも、これ程に狼狽うろたえたことは数える程しかない。


人間族ヒューマンとは、くも強靭な精神力を有する者達であったか…。 いや、どうも此処ここる彼らこそが『異端』であるという可能性がいなめぬが…… 」


 … と、気付けば少し離れた部屋の隅で、黒猫の姿におおせてしまった緋子が、小刻みに震えながら身体を小さく丸くして顔を伏せ、どうやら泣いているのか…。

 その姿を目にして憐憫れんびんに絶えず、パドマが声を掛ける。


「緋子殿、すまぬのぅ…。 成り行きとは申せ、其方そなたの身体を奪うことになってしもうた。 じゃがのぅ緋子殿よ… 必ずや、この身を其方そなたに返す為の方策を見付け出し、そしていずれは…… 」


 するとその言葉をさえぎるように、緋子はやや猫っぽい にゃあとした、しかしつらそうに悲しそうに か細く震える声で、その小さな口から悲痛な声を発した。


「あのね… わたくし、気付いてしまったのです… 」


 その震える声に、周囲でバタついていた者たちも各々(おのおの)動きを止め、はっとしたように緋子の様子をうかがう。


 パドマは、小さく震える猫の背に手を優しく添え ――


「うむ… そうかそうか、つらかろうのぅ。 それで一体、何に気付いたと申されるのじゃ?」


 … と、優しくうながす。

 すると、緋子はその小さな身体から、出来得る限りの声を上げて叫んだ。


「この黒揚羽の身体って…… オス(・・)なのですけれどもぉぉぉお!!!?」






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― 新着の感想 ―
[良い点] 体がオス! これはニヤニヤがとまらないやつですね
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