ロシア金髪天使さま!
「………まぁ、自分引き受けてもいいっすけど、どうして僕なんですかね…」
豊永先生の話をすべて聞いた後もうまく飲み込まないでいた。
「さっきも言ったはずであろう、この子をクラスの輪に入れて欲しいと。中継ぎ人としては桜井がぴったりではないか。なぜならお前はクラスの秩序と平和を守る学級委員であり、文芸部でもある。文芸部なのであれば海外文学も少なからずや1枚噛んでいるから他国の言語など既にわかるだろう。それは日本語が分からないアレクサンドラにとって、大きな助けになるであろう」
と、ニヒリと口角をあげ手でグーポーズをつくる豊永先生。
……あれ今聞き捨てならない情報が耳に入ったような。
「いやっーー!、今の情報は聞いてないっすよ!さっきからまじでなんにも話さないから、もしかしてこの子人見知りなのかな?可愛いなーとか思っていたけど、日本語がわからないから、反応が出来なかったってことだよね?!しかも、海外文学好きっすけど、他国の言語なんてわかるわけがないが無いじゃないっすか!?それってどうするんですか!知りませんよそんなの!」
すると、豊永先生は胸ポケットからなにやら、ミンティアみたいな黒い物体を取り出し、ボタンを押した。やがてなにか機械的な音声が鳴り始める。
『……まぁ自分引き受けてもいいっすけど』
「………これって盗聴じゃねーかっ!!!」
盗聴されていると知らずに少しカッコつけて言ったセリフだった。
思わず身を机に乗り出し、激昂する僕。
「言質取ってます❤️」
満面の笑みでおどけてみせる豊永先生。
「っと……」
今度は別のボタンをカチカチ押している。
すると、
『……まぁ自分引き受けてもいいっすけど ……まぁ自分引き受けてもいいっすけど……まぁ自分引き受けてもいいっすけど』
「リピート再生して人の音声で遊ぶなーー!!」
もう1度激昂してしまう僕。やがて先生と僕の追いかけっこが始まる始末だ。
「………クスっ、クスっ、」
そんな1連の流れをみて、面白いと思ったのであろうか、アレクサンドラさんが笑みをこぼした。
……まぁこんな可愛い笑顔が見れたのであればさっきの事も許してやろうと思う。
「さてと、馬鹿はこれくらいにして、これからの指針を決めていこうと思う。まずはアレクサンドラ、自己紹介を頼む」
「……………」
なにやら、困惑した表情で見つめているアレクサンドラちゃん。
「いや、日本語わからんでしょう」
「あっそっか、自己紹介を頼むのにも苦労を要すな」
意外に可愛いとこあるじゃん豊永先生。
『……自分引き受けてもいいっすけど』
「そうか、よろしく頼むわ」
「エピローグで言ったこと前言撤回っーー!可愛くなんてないわ!っていうか直接話しかけろや!」
「いや、言質はあるんで…」
「それ、裁判でよくみるやつー!もういいっすよ自分やりますよ……」
気を引き締めて、アレクサンドラちゃんと向き合う。その驚くほど透き通った灰色がかった瞳に取り込まれそうになる。
……っていうか自己紹介って英語でなんでいうんだっけ。
脳内の英語細胞を総動員させ、なんとか口に出すことはできた。……英語細胞って何かしらんが。
「いんとろでゅーす、ぷりーず?」
我ながらひどい英語力だと思う。
だが、なんとなく意味は伝わったみたいで安心したのも束の間。
「Я александра。
Я впервые приезжаю в Японию
Спасибо。」
と、律儀にお辞儀をして紹介を終えたようだった。
……いやっーー、何言ってるか訳わかんねーー!
これさ、文字におこすとまだわかりやすく見えるかもしれないけど、実際聞くとこうだからね。
「イヤー、アラックサンダル。
イニャーポルベショニコニービコニュー
スパイシルヴィア」
っていうか向こうは伝わると思って言っているのか。そもそも何語だよこれ。
流石にやばいと思った豊永先生はポケットから黒い物体を取り出した。また盗聴器かと疑ったが、どうやらスマホらしく、白く光っている液晶画面にはかの有名な検索エンジン【Gole Gole】の文字が映し出されている。
実ににこれは名案だ。通称Gole翻訳と呼ばれるチートアイテムで豊永先生はこの窮地を乗り切ろうとしているのか。
「ぱーどん?」
と拙い僕の英語で聞き返し、
もう1度何語かもわからない暗号のような言葉(?)を発してもらった。
『私はアレクサンドラです。
ロシアから来ました。
日本に来るのは初めてです。
よろしくお願いします』
窮地を2人で乗り切れた事に感極まって、ハイタッチを交わす豊永先生と僕。
…へぇーロシア出身なのか、だから英語にも似つかぬ言語だったのね。
けれど、1つ謎が解けてスッキリしている僕にとある疑念が膨らんでいた。
──これ、英語伝わっているんじゃね?
だとしたら、相当な意地悪をされている事になるぞ。これ。
確認するのは怖いけども、確認するしかない!
喜んでいる豊永先生を尻目にこんな質問をしてみる。
「きゃんゆー、すぴーく、いんぐりっしゅ?」
「ハイ、スコシデキマス⭐︎」
あっさりと即答。おまけに意地悪な笑顔と⭐︎マーク付きだ。しかも、日本語も少し喋れるのね。
………ていうか、マジで可愛い。
なにが可愛いって、意地悪してやったぜっていうドヤ顔。ドヤ顔が可愛いって中々ないパターンだぜ。
そんな反応に対して、
『僕らの(私らの)感動かえしてよ!』
そう抗議するのであった。
* *
「その為にといってもアレなんだが、単刀直入に言おう。桜井、この子に日本語を教えてあげてくれないか?見た感じ、少しくらいは話せそうだが、やっぱりどうしてもクラスの輪に入るのなら、もう少し話せた方が良い」
「いや、そんな大した事は出来ないですよ?」
「全然それでもいい。」
「最善は尽くしますが……」
実際問題、この先生はすごく面倒見の良い先生だ。
生徒の事を1番に思ってくれている。
そういうことなら、僕も力になってあげたい所存だ。見知らぬ場所で見知らぬ人たちがいて、頼れる人がいないというのは、当人にとって不安要素でしかないだろう。
その後、軽く僕の自己紹介を済ませ、転校生紹介の流れを確認しあった。
「…ソラ、ソラ、ソラ、………ソラ!!」
僕の名前を覚えようとするサンドラ。(先程アレクサンドラという名前はあまりにも長いので、クラスにより上手く浸透してもらうため、サンドラと略すことになった。)
こうやって自分の名前を連呼されると恥ずかしいものがあるのだが、どこか心が通じ合った気がして嬉しくなった。
その後サンドラは入学手続きやらなんやらで、席を外し、教員室へ向かうことになった。
しんと静まり返る面談室。すると豊永先生が本当に申し訳なさそうに、この静寂を破った。
「それとだ、桜井………」