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「そろそろ用意はよろしいかしら?」
鏡台の前に座り、美しいその人はそう言った。
毛の先まで手入れされた髪の、最後の一房をアイロンでカールさせると、柔らかいそれを少しほぐす。
『ええ、お嬢様。万全でございます』
自分でも感嘆してしまいそうなほど、立派な縦ロールを作り終え、ふぅ、と短く一息つく。
「じゃあ学園へ向かうわよ!!」
お嬢様のその一言で、屋敷内はバタバタと動き出す。ひひんと短く玄関から馬の鳴く声も聞こえている。気合い満々で立ち上がったお嬢様は、私の努力の塊である銀髪のくるくる髪をさらりと払うと、制服のスカートをパンっと叩いた。
見覚えのある制服、見覚えのある髪型、そして見覚えのあるお嬢様。
そして、よく知っている展開がお嬢様を待っている。
学園用のカバンを私は手に取り、意気揚々と歩いていくお嬢様の後について行く。物語が上手いこと原作通りに進みますようにと私が後ろで祈っているなど知らないであろう。
麗しい我が主、トレイシー・マグリダ公爵令嬢は、知らないであろう。
そして、原作の悪役令嬢という名の主人公、ミオナは、知らないだろう。
一介の侍女である名もなき女が、彼女の秘密を全て知っていることなんて。
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