749話 偵察、やりたい放題①
軍の1人は慌てて豪邸に向かっていく。
「こ、ここで待ってくれ! 絶対におとなしくしてろよ! 絶対にだ!」
そう言った。もう1人の軍は汗がダラダラである。ここまで怯えるほど何か圧をかけたに違いない。
「メア……帝国軍に何をした……?」
「フフフフフ……いえ、何もやっていません……」
「ラグナロク嬢は無敗の女帝――賭け殺しと名を連ねている。何か不正をしているかと軍の方が問い詰めようとしたが、近づこうとすると皆怯えて逃げていくと噂話で聞いていた。まさか帝国軍が怯えるはずがないと思ったが本当だったんだ」
全然していました……【威圧】で恐怖を植えつけましたね。
まあ、やりたい放題だと目をつけられるよな。
「ロベントス、まさか脅されて連れてこられたのか!?」
「いえ、俺は何も。悪いことはされておりません」
「そ、そうか……。な、なら、いいぞ……」
周囲にいた軍の奴らは一步一步と、後退りして距離をとる。
この様子だと、俺たちを監視されることはない。
メアがここまでしているのは、予想もしなかった。
「ナイトメアさん、有名な方だとは思いませんでした……。ワタクシはもしかしてすごい方を巻き込んでしまったのですか……」
ある意味サリチーヌは運が良いな。使用人だけで乗り込もうとしても、普通には帰れられないだろう。
まあ、お互いさまか。俺たちにとっても運が良いしな。
「クーランド様から許可が出たぞ! 悪いが、俺はここまでだ! ロベントス、案内をしてくれないか?」
「わかりました」
誰も案内したくないのこちらとしては運が良い。
門を通り、豪邸の近づき馬車から降りる。
大きな扉――入口を開けると、大きなホールの中心にいたのは、40代くらいの茶髪で、髭を生やしている顔の彫りが深い男だ。
その後ろに護衛である軍の奴らがビクビク怯えていた。護衛の意味がない……。
「愚か者……」
サリチーヌは男を見ると、怒りをあらわにする。
「ロベントス、ご苦労だった。これはこれは、オーストロのご令嬢――サリチーヌ嬢ではないか。何用に遠くから来たのかね?」
「とぼけるのではありません! あなた……私の父上と母上はどこですの!? 早く返してください! さもないと……あなたの悪行を広めますわ……」
「なんのことかね? 賭けで負ければ、自分の過ちを間違い奴隷になると、契約書に書いたのだぞ。それに、悪行とはなんのことかな? 私はオーストロ家のために尽力をしていたのだけどね」
「腐っていますわ……。こんなのが伯爵なんて腐っています……」
こんな奴の悪行を広めるだけの脅しでは無理だろう。
コイツは何をしようと権力を使って消すはずだ。
「そんなに嫌ならお引き取り願う。だが……なぜ、噂のナイトメア・ラグナロクがここにいるのかね? 仮面をつけた紳士と一緒とは、遊びに来たわけか? ここは遊び場ではないのだがね」
「フフフフフ……ご丁寧にワタクシの名を知っているのは光栄ですこと……」
「知っているとも、突如現れた――賭ければ絶対に勝つ無敗の女帝。私にとっては商売の不利益だ。知らないわけがない」
「フフフフフ……そうですか……。それは置いといて――友人であるサリチーヌさんが困っていましたので、同行しただけのことです……」
「なるほど、友人か。それは嘘のようだね。オーストロ家にこんな大物がいるとは思わない。なんの理由かは知らないが、君には大迷惑している」
そう言いながら、大きな袋を取り出して床に落とし、中から無数の白金貨が飛び出る。
「ぜ、全部白金貨!?」
「ロベントスには刺激が強いだろう――ナイトメア・ラグナロク、これを持って決闘都市から出ていってくれないか? 損失が出る前に一生遊んで暮らせる分を渡しておこうと思ってね。良い話だと思うがね?」
メアはやりたい放題、軍の奴らは戦意喪失で当てにならない。だったら満足いく金を渡して出禁にさせる。コイツの判断としては賢明である。
「フフフ……とても魅力的な取引ですこと……」
「わかっているなら、交渉成立と――」
「残念ですが、お断りします……」
メアは不気味な笑みで返すと、クーランドは舌打ちをする。
「何か不満でも?」
「ワタクシ……金で解決できる女ではありませんこと……。淑女に大して失礼ではないのですか……?」
「失礼? 誠意を持っての対応だと思うがね。たかが、貴族ごとき女に大事な金を渡しているのだぞ。そちらのほうが失礼ではないのかね?」
「ほかの提案といきましょうか……? その条件を飲めばここには用済みですこと……」
「ほう……、その条件とはなんだね?」
「ワタクシ……、異界の勇者に興味があります……。あなたの奴隷に勇者がいましたよね……? その2人をもらえないでしょうか……? それと……オーストロ家のご夫妻と、奴隷にされた孤児の子解放してくれないでしょうか……? それも連れて行かれた子全員です……」
なるほど、このためにサリチーヌに話に乗ったってことか。そのお礼としてみんなを解放ということか。
よく考えたものだ。
だが、ここから問題だ。相手はどう出るか――。




