688話 お世話になったパン屋
中に入ると、ハード系のパンが出されている。まだかなり残っているが、閉めたのか?
さほどほかのパン屋とは変わらないが――。
「ゼティスぼっちゃんじゃないか。まだ帝国軍が活発に動いているのに大丈夫だったか? おや、そちらは誰だい?」
置く――厨房から出てきたのは、タンクトップ姿で大柄のゴリマッチョな30代くらいで短めの金髪で甘いマスクとギャップのある男性だ。
ゼティスが言っているのはこのことか。
確かに変わっているがそこまで後ろめたいことが――。
「ぼっちゃん、また1人で来て――あれ? 今日は1人じゃないのね」
その次に出てきたのは、こちらもタンクトップ姿の大柄で20代くらいのゴリマッチョのポニーテール金髪で顔はとてつもなく美人でギャップのある女性だ。
2人もいると、かなり濃いな……。
変わっているといえば変わっている……。
まあ、パン屋は力仕事をだし、この2人にとって天職だろうな。
力仕事という名の筋トレを……。
そして女性の後ろに隠れている――バンダナとエプロンをした長めの金髪の小柄でかわいらしい少女が俺たちを伺っている。
そうなると、この子は2人の娘ということか。さすが顔は美男美女だけあって、良いところを遺伝している。
筋肉質は……遺伝をしなくて良かったかもしれない。普通に育つことを祈ろう。
「お別れの挨拶に来ました。これからこの方――子爵様の領地に行くことになりました。今までありがとうございました!」
「「えっ……えぇぇぇ――――!?」」
急なことで驚くのは無理もない。ただ……子どもが涙目になっているのはどうしてだ?
ゼティスと仲が良いのか?
2人に訳を説明すると――。
「そうですか……。ゼティスぼっちゃんが選んだというのでしたら、止めません……。どうかゼティスぼっちゃん――みんなを幸せにしてください……」
2人は涙を流して頭を下げる。長い付き合いだし、行くのは寂しいよな。
その子どもはボロボロと涙を流しているが、大丈夫か……。
「しっかり面倒を見るから安心してくれ」
「シューイノン、ブリアン、カノン、本当にありがとうございました! せめてのお礼として受け取ってほしい。どうか、パン屋の経費として使って――」
ゼティスは白金貨3枚を渡そうとするが、待ったと止めた。
「これは受け取れない! お礼なんていいさ。当然のことをしたまでさ」
「で、でも……僕たちを助けてくれたのに……それに……経営難だから受け取って……」
「俺たちはぼっちゃんたちが幸せになればそれでいいさ。金のことは心配ないさ! この筋肉があるかぎり、尽きることはない」
そう言って2人は筋肉を見せびらかすようにポージングをする。
いや、経営難を筋肉で解決できわけないだろ……。
パンが売れていないからゼティスは心配しているのに。
「本気で言っているのか? 少し強がっているように見えるが?」
「ハハハ……子爵様にはお見通しか……」
「いや、あの売れ残りの量を見ればわかるが……」
「気持ちは嬉しいけど、それでも経営が難しいですよ……」
「白金貨3枚受け取っても厳しいのか?」
「はい……、受け取っても白金貨27枚分の借金がまだあります……」
それを聞いたゼティスは固まった。
「はぁ!? パン屋がする借金ではないぞ!」
「普通から見たらそう思いますが、理由があります……。俺と妻は昔、元冒険者として働いていたからです……」
「借金と冒険者になんの関係がある? 確かにズイール大陸は冒険者家業は不遇を受けているようだが、昔した借金か?」
「違います……。プレシアスの方でも耳には入っていると思いますが、冒険者が内戦をして負けたことはわかりますよね?」
「ああ、それとなんの関係がある? まさか元冒険者だから責任を取れとかバカげた話ではないよな?」
「はい……そのまさかです……。どこで知ったのか、帝国軍が俺たちの店に押し寄せ、被害賠償を請求されました……。これでもほんの一部で優しいとか言われましたが、あまりにも理不尽です……。来年までに返さないと……俺たちは奴隷にされます……」
うわぁ……理不尽にもほどがある……。筋肉でも解決できるわけないじゃん……。
「じゃあ、パンが売れていないのは……」
「最近の話になります……。噂で元冒険者というだけで、差別され売上が落ちました……」
「なんで……なんで言わなかったのさ! 毎日元気にしていたのは嘘だったの!? 僕たちより大変じゃないか!? なのに……どうして……」
「ぼっちゃん……俺たちは夫人に何度も助けれているんだ……。せめてものお返しと思って……」
「最初から言ってよ! 子爵様、渡したお金をお返しできませんか? お願いです、このパン屋――家族を救いたいです! あのお金で借金の半分は返せると思います!」
「ぼっちゃん……、無理だよ……。相手は帝国軍……全部払っても何かしてくる……。どうしてもというのなら私のこの鍛えた筋肉で追い払うけどね」
意外に妻のほうは好戦的だな。
「ブリアン……それは1番してはいけない……。何としてでも軍に見つからずにこの都市から出る方法を探さないといけない」
まさかこの家族もかなり深刻とはな……。
「し、子爵様……」
ゼティスは俺の方を向いて涙目で訴えている。
仕方がない――元冒険者でゼティスの知り合いなら助けるしかないか。




