584話 同じ名②
もしかしたら、シャーロさんはわかっていてアンバーに戦争をさせようとしたのか。
禁忌野郎も倒したことだし、かなり有利になったはずだ。
あとはアンバーのタイミングだけだ。
「グリュムは生きていますが弱体化しています。アンバーがなんとかしてくれるので心配はいりませんよ」
「そうだといいけど……。もうグリュムについて話すことはないよ。約束どおり条件は聞いてね」
「わかりました。その条件とはなんですか?」
「グリュムが暴れ出したらソシアちゃんを守ってほしい」
ここの世界の関係かと思ったら、ソシアさんの護衛ですか。母親としての心配はするよな。
知った以上、関わるのは当然ですね。
「わかりました。その約束、絶対に守ります」
「よろしくお願いね。お菓子、おかわり」
シャルさんは笑顔になってアップルパイを食べる。
だいたいグリュムのことはわかった。
あとは――。
「ソアレ、言えるか?」
身体を震わせて我慢していた。
グリュムが天使であることはソアレも知っていて当然だ。隠す必要はない。
ただ、言える状況ではない。
「はい……」
ゆっくりと頷いてくれた。息を深く吸い、落ち着かせてから口を開いた――。
「私とセレネは、女神様の庭園に行くまでは下層――天使が住んでいるところにいました……。私たちはみんなと一緒に、不自由なく暮らしていました……。ただ……グリュムに目をつけられる前は……。私たちが何も悪いことをしていないのに、グリュムによって嫌なうわさを広められ……みんな……みんなに仲間外れにされ……孤立させられ……暴行されて……」
ソアレはボロボロと涙を流し、詰まらせながら言う。
そんな過去があったから、ソシアさんが天使に怯えていたと言っていたのはそのことか……。
女神が理由を知らなかったのは、ソアレが話さなかったからだ。いや、無理に聞かなかったのかもしれない。
あの愚か者……何も悪いことをしていない子に、理不尽なことをして許されると思うな……。
「主よ、落ち着かんか!? 魔力が漏れているぞ!?」
ライカが慌てて言った。
少し感情的になってしまったようだ。
「悪い、もう大丈夫だ。ちゃんと話してくれてありがとう。つらい日々はもうないから安心してほしい」
「はい……」
俺はソアレの頭を撫でた。もうこの子たちをグリュムに関わらせることはしない。
とは言っても、アンバー任せだ。
領地でのんびり過ごしてほしい。
その前に、こちらの世界の問題を解決してからだ。
「うんうん、いろいろとあったのね。地上ではまだ数秒しか経っていないから、落ち着くまでゆっくりしていいからねー」
やはりこちらの世界も時間が遅くなっているようです。
シャルさんのご厚意でゆっくりさせてもらう。
――1時間が経ち、ソアレは落ち着いて戻る時間になった。
それはいいが……会話がソシアさんのことばかりで困った……。
大切な娘なのはわかる……けど他に話すことはあるでしょう……。
なぜか勇者の話をしようとしたら逸らされるのはどうして?
それよりも娘のことを話したかったようだ。
「みんな頑張ってね。何かあったら連絡するからよろしくね」
俺たちの足元に魔法陣が出現し、シャルさんは手を振って見送る。
俺たちも手を振ると、突然何かを思い出したかのように驚く。
「忘れてた! 私の加護をあげるね!」
シャルさんが指を鳴らすと、俺たちは光り輝き、心地よい感覚に包まれる。
まさか加護をもらえるなんて、ありがたい。
「加護の説明をしますね――」
あの……もう遅いです……。視界が白くなってしまった――。




