568話 自分の過去
なぜこの顔を忘れてしまったのだろう……。幼いけれどはっきりとわかる――ブラウスを着たティーナさんだ。
俺は子どもの頃からティーナさんに会っていたんだ……。
「いたた……。もう、なんでこんなところに落とすのよ! 信じられない! あとで覚えてなさいよ!」
俺が駆け寄ってもティーナさんが気づいていなかった。
「大丈夫?」
「あなたいつの間にいたの!? えぇ……大丈夫よ。――なんで【魔力感知】が使えないのよ……。というか子どもの姿で現界させないでよ……。遊ぶとは言ったけれど、違うわよ……」
ぶつぶつと独り言を言っていた。今ではティーナさんが何を言っているのかわかった。
日本の神様に頼んで現界させたらしい。手違いで子どもの姿にされたのか。
まあ、そのおかげで俺は普通に話しかけることができた。
「君、見ない顔だね。外国の方?」
「えぇ、そうよ! 日本にはバケーションで来たのよ!」
「そうなんだ。日本語うまいね」
「お、親が日本が好きで小さい頃から覚えたのよ。こ、このくらい当然よ!」
今思うと、ごまかすことができたな。ポンコツな部分があるけど、意外とトラブルには対処できていた。
「すごいね。親とはぐれたの?」
「親とは別行動なのよ、代わりにボディーガードがいるわ!」
指を鳴らすと、奥から体格の良いスーツ姿の大男が現れる。
恐らく魔法で幻影を見せたのかもしれない。
「これでわかったでしょ? さぁ、戻りなさい」
命令すると、彼は頷いて後ろに下がる。しかし、よくできた魔法だったな。
今でも感心するよ。
「君、お金持ちなんだ! すごいね!」
「ええ、そうよ。ところであなたは大丈夫なの? 普通の子なら帰る時間よ」
「親は共働きで、帰っても一人なんだ。だから遅くまでいるんだ……」
「そうなのね……。じゃあ、私と話でもしましょうか」
「いいの? せっかく日本に来たのだから、俺よりももっと――」
「私が大丈夫って言っているのだから、大丈夫なの! ほら、あそこの神社に座って話しましょう」
「ありがとう。ところで、君の名前は?」
「クリスティーナよ。家名はバレると大変だから伏せておくわ」
「いい名前だね。俺は天ヶ瀬零、よろしく」
こうして彼女と社殿に座って話をした。とは言っても、俺が一方的に話してティーナさんが聞いてくれるだけだった。
両親が構ってくれなくて寂しいこと、周りには強がって弱音を吐かなかったこと、我慢していたことを話した。
なぜ彼女に話をしたのかはわからなかったが、とにかく吐き出したかった。つらすぎてここで吐かなかったら、俺は心が折れていたのかもしれない。
それでもティーナさんは文句を言わずに優しい顔をして聞いてくれた。
「つらかったのね……。私に言ってくれてありがとう……。もう大丈夫よ……」
俺を抱いて頭を撫でてくれた。そして俺は泣いた――大泣きをした。情けないほど、大泣きした。
ティーナさんは俺が落ち着くまで抱いて撫でてくれた。こんな大事なことを忘れていたなんて……。いや、俺は大人になって思い出す余裕がなかったのかもしれない。
思い出なんて余裕がないと思い出せないかもしれない……。
「聞いてくれてありがとう」
「お安い御用よ。じゃあ、お願いがあるけど。私が帰るまで――ここの祭りが終わるまで遊んでくれないかしら?」
もちろん、喜んで返答をした。
すると頭の中にティーナさんの思い出が――。
町を案内したり、駄菓子屋でお菓子を買ったり、川で遊んだりした。
懐かしいな……。
そして視界が変わり――神社の周りには提灯が飾られて屋台が並んでいた。
祭りの日の記憶か。
「零、遅いわよ!」
ティーナさんは髪をポニーテールにし、水色の浴衣を着て、俺を待っていた。
「ごめんごめん、友だちにクリスティーナと一緒に行くと言ったらからかわれて」
「まったく、そんなに私が珍しいのかしら? まぁいいわ、屋台見回りましょう」
そう言いながら手をつないで屋台を回った。いろいろと回って本当に楽しかった。
しかし、それが彼女と最後の日でもあり、楽しいより寂しいのが勝っていたのです。
そして最後に――俺たちはかき氷を食べて花火を見ていた。
「あ~、これで終わりね。あっという間だったわ。ありがとう零、楽しかったわ」
「こっちこそ、楽しかったよ。クリスティーナ。これが終わったらアメリカに帰るの?」
「ええ、そうよ」
「もう1日一緒にいるのはダメ?」
「それは無理よ……。本当の話をするとね……私……みんなに無理をしてここに来たの……。私……いろいろとつらくて……気分転換に日本に来たの……おかげでなんとか持ちこたえそうだわ」
ティーナさんは手が震えていた。多分、エフィナのことかもしれない……。
いろいろと悩まされて、ソシアさんとシャーロさんから気分転換しろと言われたと思う。
「クリスティーナ……、じゃあ、またつらくなったら日本に来なよ。また俺が案内する。もし、つらくてどうしようもないときは俺が力になるよ。俺は約束を守る主義だからさ」
「零……ありがとう……。その約束、絶対だよ」
「もちろん」
俺はティーナさんに指切りをして約束を交わした。
……だから俺を選んだってことか。
本当におかしな話だ……まさか子供の頃の約束を覚えていたなんて……。
ティーナさんらしいな……。
「約束よ、ありがとう零、楽しかったわ。じゃあね」
ティーナさんは手を振って、一瞬でいなくなった。
これが11歳の夏、忘れていた思い出だ。
その後、不思議なことが起きた――両親が仕事から早く帰ってきたことだ。
そして俺に「寂しい思いをさせてごめんない」と謝ってくれた。
今思うと、ティーナさんの仕業だと思う。
あとでお礼を言わないとな……。お礼か……まだ先の話になりそうだ……。




