286話 元料理長の興味
「できあがりました。トルマでよく食べる食材を使用しました。お口に合えばいいのですが」
出てきたのはスピードフィッシュ――マグロを使った分厚いステーキに表面を炙ったカルパッチョらしき料理だ。
マグロ料理とはありがたいな。
ソウタが釣ってきたマグロなんてすぐに食べ終わって、恋しくなっていたからいいタイミングだ。
口に運ぶとステーキは分厚いのにしっとりとして柔らかく、カルパッチョらしき料理は果実ソースの甘味と酸味が絶妙で美味しい。
さすが魔王城の料理長をしただけはある。
マグロはここでよく食べるなら普通に売っているな。
あとで買い占めるとしますか。
「美味しいですよ」
「ありがとうございます。生で出すのは抵抗があるかと思いまして、表面を焼いて半生にしたのは正解でしたね」
なるほど、俺たちが生で食べられないと思って炙ったのか、気遣いをしますね。
「別にワタクシたちは生でも大丈夫ですわ……」
「そうなのですか? まさか人魚族以外で生で食べられる人がいるとは珍しいですね。私は最初は抵抗がありましたけど、食べてみたらすごく美味しくて驚きました。100年分、損をしました」
料理人として好奇心が勝って食べてみますよね。
「では生で出してくれませんか?」
「あるにはあるのですが……とても食べられない部位しか残っていません……。加熱でお出しできるところですが……」
「食べられない? ワタクシに見せてくれませんか?」
「わかりました……」
カーリーさんは再び厨房に入って、持ってきたのは脂がのっている大トロの部位だ。
脂がのり過ぎて食べられないかな?
俺たちは大喜びで食べるが。
「もったいないですわね……。美味しくするので厨房を借りてもよろしいですか……?」
「これを生で……いいですよ。ご自由に使ってください」
「では、主様……少しお待ちください……」
メアはカーリーさんと厨房に入っていった。
生で仕込むなら、あれしか考えられない。
数分経つと――。
「こ、これは!?」
カーリーさんは大声で驚いています……。
やっぱりあれでした……。
厨房から出てくると、カーリーさんは涙を流している……。
「お待たせしました……。即席の漬けです……」
ですよね。器に入れた漬けた大トロを持ってきた。
しかも、すりおろしたワサビも入れて食べやすいようにしましたね。
「いつまで泣いているのですか……? ワサビはそれほど入れていませんよ……?」
味見して泣いているのか……。
慣れない人には辛いよな。
「いえ……あまりの美味しさに感動しました……。私が知らない調味料や香草を使うとは……長く生きていて大損しています……」
醤油はともかく、ワサビはこの世にないからなんとも言えないが、料理人としてこの食材に出会えなかったことが後悔していますね。
「では、みなさんどうぞ……」
うん、ワサビで脂っぽさが中和されて、美味しい。
米がほしくなる一品だ。
「人魚族も好まない部位がこれほど美味しくなるとは……」
サイガさんも驚いています。
人魚族も食べないのか、なんかもったいないな。
「ワタクシたちの領地ではここでは手に入らない食材や調味料がいろいろありますので……。美味しくさせるのは当然のこと……」
「私の知らない食材……調味料……」
カーリーさんはメアの発言で無表情で考えている。
それを言ってはいけませんよ……料理人として未知の領域を踏んでしまう……。
「決めました! 恩人方の領地に行きたいです!」
ああ……好奇心が抑えられなくなったか……。
「まだ領地は未開拓地のままですが……」
「大丈夫です! たとえ未開拓地でも料理ができれば問題ありません!」
顔が近い……。
料理に対する情熱がスゴイです……。
「俺はいいですけど、魔王さんがたまに来ると言っていましたが、どうするですか?」
「そうだよ。魔王様がカーリーの料理が食べられないと落ち込むぞ」
「恩人方の領地に来ればいいと思います」
適当だな!? 頭の中が料理のことでいっぱいか……。
サイガさんは深くため息をついた。
「それでしたらワタクシたちが転移魔法を使えますので、連絡すればいつでも運ぶことができますわよ……」
「「転移魔法!?」」
ちょっと待て!?
軽々しく「ゲート」のこと言うのではない!
「なるほど……転移魔法があれば……私の知らないものがあるのは理解できる……」
「なんと……ユニークな魔法を覚えていましたか……さすが賢者と言われることがありますね……」
「この魔法は内緒ですが……言ったからには条件があります……。元料理長には主様の領地に魚介類の仕入れをお願いしたいです……。ここではお得意様だと思うので……良いものを仕入れられると思いまして……」
なるほど、メアはみんなにいつでも魚介を食べられるようにしようと思っているのか。
まさかそのために、カーリーさんを俺の領地に来させようと誘導させたのか?
「お安い御用です! 転移魔法で食材を仕入れるとは私にとってありがたい話です!」
「じゃあ、決まりですわ……」
こうして話は終わり、ハーピーたちが来て、行く準備ができた。
「では後ほどお願いします!」
ゴンドラに乗った俺たちをカーリーさんは手を振って見送ってくれた。
俺たちの件が終わったらカーリーさんと合流して領地に帰る話になった。
その間にいろいろと準備もできるから余裕を持つことができるだろう。
まさか、魔王城の元料理長が領地に来るのは意外だな……。
俺としてはありがたいけど。
次の更新は22日です。




