19話 魔剣と一緒にお菓子作り
――翌日。
今日はアイシスとマドレーヌを作る。
アイシスは嬉しそうだ……そんなに楽しみにしていたのか。
作るのはいいのだが、どれくらい作るかだ。
この機会にお世話になったギルドの人にお礼代わりにマドレーヌを渡すのもありだが……砂糖2㎏分使ってしまうことになる……。
いきなり大量消費して、人に渡すと言ったら、さすがのアイシスでも悲しむだろうな……。
砂糖とにらめっこしていると、アイシスが顔を伺う。
「ご主人様、どうしましたか? 具合でも悪いのですか?」
心配されていた、ダメ元で聞いてみるしかないか……。
「実は――」
訳を話すと意外にも。
「私はいいと思います。恩を返すことは素晴らしいです」
「いいのか? 貴重な砂糖だぞ?」
「私は構いません。まだ十分ありますので、それに私はご主人様と一緒にお菓子を作るのを楽しみにしていました。それだけで満足です」
なんていい子なんだ……別に我慢しなくてもいいのに……。
「ごめんな、俺のワガママで……」
「いいえ、そんなご主人様が好きです」
サラッと好きとか言って一瞬ドキッとしてしまった……。
さて、気を取り直してマドレーヌを作ろう。
無限収納から昨日買った小麦粉、卵、バターを出した。多めに買って本当によかった。
足りないと2度手間になってしまうからな。
ベーキングパウダーと重曹があれば膨らみやすいが、そんなものはないから、使わなくてもよく混ぜれば膨らむから問題ない。
下準備から、アイシスに卵を割るようにお願いする。
俺はマドレーヌに使う型に油を塗り、小麦粉をふるいにかける。
それとバターを鍋に入れて溶かさないと。
アイシスが割った卵の中に、砂糖を入れて白っぽくなるまで混ぜるように指示する。
本当は俺がやった方がいいのだが、アイシスがやりたいらしく今回は補助としてまわる。
「ご主人様、このくらいでいいでしょうか?」
「もうちょっと混ぜた方がいいかな」
「わかりました」
『フフ……なんか微笑ましいね!』
「急にどうした?」
『君たち、普段料理してる時よりも楽しそうに見えるからね!』
「まあ、お互い菓子が好きだからそう見えるのかもしれないな」
『でしょう!』
エフィナの言った通り、俺は結構充実している。ゆっくり好きなことができて、まさに理想そのものだ。
俺はスローライフ願望なのかな?
それにしては魔物とか狩りまくっているが……。
「これでいいでしょうか?」
「うん、大丈夫だよ」
次に、ふるいにかけた小麦粉を入れ、ダマにならないように混ぜ、最後に溶かしたバターを入れ、生地の完成。
香りつけに柑橘系の皮を入れるのもいいが、シンプルで食べたいから入れない。
生地を型に流し入れ、火をつけた窯の中に入れる。
窯の温度が高いから途中で火を止め、余熱で焼き上げる。
――10分経過し、確認すると、ふっくらと焼き上がっていい塩梅で焼き色もつき、上出来だ。
よし、このまま残りの生地を続けて焼くか。
――2時間後、すべて焼き上がった。大体200個以上はできたかな。
「お疲れ様です、ご主人様」
「アイシスもお疲れ様、じゃあ食べてみるか」
「はい!」
いい返事だな、アイシスは昨日作った豆乳を用意してくれた。
「そうだ、ハチミツ豆乳にするか」
無限収納からハチミツを出し、俺とアイシスのコップに入れた。
「ありがとうございます。この世界では高価なものを……」
「まあ、いいんじゃないか。すぐに消費するものではないから」
ハチミツを使うとしても飲み物に入れるだけだし、そんなには減らない。ハチミツを探しに行くのもアリだな。
確かハニーハンターという蜂型の魔物がハチミツを生成していたはずだ。
全長40~70㎝程で基本は温厚な魔物で害はない。
だが、自分たちの巣を荒らす者には容赦なく攻撃する。その強さはCランク程。まあ、荒らす奴が自業自得だな。
採取は、蜜が地面に落ちるか、巣立ち後で運良く蜜が残っているかだ。採取が難しいから高級品となっている。
探すにしても、周りにハニーハンターの巣なんてどこにもないから、遠出覚悟でないと無理だ。
噂ではハニーハンターと人が共存する村があるらしい。あったとしても、辺境の場所に違いない。
もしその村に行けたなら……夢が溢れそうだ……。
『何か良からぬことを考えていたね』
「いや、あとでハチミツ探そうかなと思って」
「その時は、絶対にお供します!」
やっぱりついてくるんだな、それに顔が近い……。
「ああ、取りあえず食べようか」
「はい!」
マドレーヌを食べてみる――うん、しっとりしていて、バターの風味も良く、美味しい。
やばいな、1個だけじゃ物足りない。もう1個食べよう――そして、ハチミツ豆乳が合うこと。
「美味しい……」
アイシスはいつも通りの笑顔――うん、いつ見ても飽きない。
食べた後、精霊が皿やコップを片付けて、使った器具を洗ってくれる。本当にありがたい。
マドレーヌを自分たち用に30個は無限収納に入れ、残りはギルドの人用に保管用の大きな木箱に入れて持っていく。
アイシスと精霊も一緒にギルドに向かう。
――ギルドに入ると受付にリンナさんがいた。いいタイミングだ。
「こんにちは、3人とも。今日はどうしたの?」
「お世話になったギルドのみなさんにお礼がまだなので、お菓子を作りました」
無限収納からマドレーヌを出した。
「わぁ~ありがとう! みんな喜ぶわ! みんなレイ君からのお礼品よ!」
お礼品と聞いてみんなが群がって――マドレーヌを食べる。
「やべぇ~甘くてウメェ!」
「店のより美味しいわ!」
「久しぶりにお菓子食べたがウマいな!」
好評で良かった。
「それじゃあ、私も食べようかしら」
リンナさんはマドレーヌを大きく頬張ると震え始めた……。
「おっ……美味しい! しっとりとした生地をバターが包み込んでいて、油っぽくなくて手が止まらないわ!」
気に入ったようで何よりです。
「もうなくなった……じゃあ、アニキの分は私が食べようっと――」
「リンナ! 私の分は食べないでください!」
「あれ? アニキ、いたんだ」
「ザインと明日の打ち合わせが終わったところです!」
「随分と賑やかと思えばレイの仕業か」
ザインさんとスールさんが来た。
「レイ君のお礼品よ! ギルド長も食べて!」
「お礼なんていいのによう……ウマッ!?」
「甘くて癒される……まるで居心地の良い森にいるみたいだ……」
スールさん……例え方が独特です……。
「ありがとよ! 新居の準備で忙しかったのによう」
「そこまで大変ではなかったので、大丈夫ですよ」
初日からくつろいでいでますけどね……。
「そうか、いよいよ明日だな!」
「はい! 楽しみですよ!」
「おう! 俺はまだ明日の確認があるからこれでな」
ザインは部屋へと戻った。
明日のこともあるし夕食は食堂で済ませるか。
それを言うと、スールさんは精霊の目の前で膝をつき、手を差し伸べて――。
「精霊さん、私と一緒に夜をお過ごししませんか? あなたのことをもっと知りたいです」
……うん、ダメだな……。
精霊はすごい震えて勢いよく、俺の後ろへ隠れた……ドン引きしたな……。
「な、なんで……完璧な誘いだったのに……」
『あの残念エルフ、乙女心がわかっていない! レイを見習えばいいのに』
なんで俺? しかも精霊も頷いている……。
「うぅ……アイシスさん……賢者は相手の誘い方を知っていましたか……? 知っていたら教えてください……」
「……申し訳ございません。専門外なのでわかりません……」
「そ……そんな……」
アイシスは引き気味になんでも答えてくれると思っているらしい。それとこれとは違うな……。
――食堂で夕食を摂り、みんなでワイワイしていたが、スールさんは先ほどのショックで落ち込んで食欲もない。
明日は祭りなのに食事を摂らないと体力が持たないというのに……誰か慰めてと言うとみんなは――。
「「「スールが悪い」」」
で終わってしまった。まあ、仕方がないか。
リンナさんのスパルタに慣れているから大丈夫と思い、俺たちは屋敷に帰った。




