後悔。
『最も心に残る後悔は、行動しなかったこと』
ネットで聞いた言葉だが、よく云ったものだ。
俺には幼馴染がいた。同い年の女の子。家が近所で、小中高も同じ。親同士の仲もよく、家族ぐるみで付き合っていた。
幼馴染は面倒見がよく、姉みたいな存在だった。学校では優等生タイプ。対して、俺は反抗期をこじらせてやさぐれていた。それでも彼女は見捨てることなく、俺や家族と付き合ってくれていた。
恋愛感情がなかったといえば嘘になる。
ゆくゆくは告白して一緒になれたら⋯⋯そう思っていた。
だが、大学生になり、淡い願いは打ち砕かれる。
幼馴染とは別々の大学へ進学した。事件とも言うべき遺恨は、そこで発生する。
幼馴染に彼氏ができた。
しかもかなりの熱愛のようで、同棲して結婚すると言い出したのだ。
けれど、幼馴染の親が黙っちゃいなかった。
学生のうちに同棲だなんて不埒だと猛反対したのだ。
だが、反対されたことで、情愛の炎がますます燃えたのだろう、彼女たちは頑として意志を曲げなかった。
そんな膠着状態が続いたある日、帰りがけに幼馴染と遭遇した。
そして例の件で相談を受ける。
どうして、好きな人から恋愛相談を受けているのか。自分の気持ちを押し殺して、なるべく真剣に見えるように話を聞いていた。
「同棲は反対されてるけど、どうしよう」
幼馴染は唇を尖らせて呟いた。
本心は決まっているけれど、誰かに背中を押して欲しい、そんな風に見えた。
だったら止めておけよ、と言いたかった。
反対されて結婚したって親御さん喜ばないんだから止めておけよ、と。
俺にしないか、と。
言えなかった。
「お前が幸せなら、それでいいんじゃないか」
口は勝手に動いた。
望んでもないことを。
言葉はかっこいいけれど、内心では叫んでいる。
取り消せ、引き止めろ、と。
だけど、自家撞着する俺を鎮めたのは、幼馴染の笑顔だった。
「ありがとう、勇気出た!」
⋯⋯その三日後、幼馴染は駆け落ち同然に家を出た。
俺は悲しいやら悔しいやらで、しばらく抜け殻のように過ごしていた。
一ヶ月ほど経ったある日、幼馴染からメッセージが届いた。
それは妙な文章だった。
『楽しく暮らしています
少し大変だったり、
けんかもするけど
手をつないで仲直りするんだ
ニコニコ笑顔も忘れずにね。
元気でね
来年以降も
連絡先は変えないので
なるべく連絡ちょうだいね
いつまでも待ってます』
俺の顔に浮かんだのは苦笑いだった。既読だけつけて、画面を閉じる。
楽しいならよかったな。でも、彼氏でもない男の連絡なんて待つもんじゃないぞ。そんなふうに悔しがりながら。
この数日後、幼馴染は彼氏の手によって命を落とすこととなる。
幼馴染の死後にわかったのは、彼氏は所謂モラハラ気質で、半ば監禁状態にあったらしい。逮捕された彼氏は、瑣細な口論の末、勢い余って絞め殺したと自供しているようだ。
何故、SOSに気付かなかったのかと自分を責め、何故あの時止めなかったのかと、俺は一生の後悔を抱えることになった。
2020/10/21
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