宰相side:2人で買い物
休みの日の午後。
王宮の職員通用門から少し離れた場所に馬車を停めて待っていると、出てきた娘が駆け寄ってきた。
「すみません!お待たせしてしまいましたね」
ペコリと頭を下げる。
「いや、約束の時間よりまだ早いから謝ることはない。こちらが少し早く着いただけだ」
乗り込んだ馬車では向かい合わせに座る。
「それにしても出かける服がないというのは本当のようだな」
「あ、バレましたか。だって手持ちの服の中でこれが一番上等なんですよ」
娘の服装はメイド服のエプロンをはずしただけだった。
「これから行く店だが、私も女性の服はわからないので王宮の女官長殿に相談したところ、平民向けの既製品だがデザインや品質のいいものを扱う店を紹介してくれた。どういう場面で必要かもすでに話も通してくれているそうだ。あとは店の者と相談しながら選ぶことになる」
「わかりました。助かります」
娘はこくっとうなずいた。
「それから君に言っておかねばならないことがある」
「え~と、もしかして愛の告白ですか?」
目を輝かせて身を乗り出す。
「違う!・・・ああ、でも、あながち的外れでもないかもしれんな。先日、国王陛下に求婚されたことを話した」
「え、そうなんですか?」
驚いた表情になる娘。
「陛下が私に女性を紹介する話の流れになりそうだったので、回避するためにしかたなくだな。君の名は出してはいないが」
「なんだ、別に名前くらい言ってくれてもよかったのに」
「まだお互いを知るという段階だし、なにより陛下にからかわれる材料になりそうでな」
思い出すだけでも苦々しいが、目の前の娘は不思議そうな顔をする。
「国王陛下って遠くからしか見たことないんですけど、すごく威厳のありそうな方ですよね」
「表向きは、な。私は学院でずっと一緒だったので長い付き合いだが、中身は実にさっぱりした気さくな男だ。今度の茶会は非公式なものだから、素の陛下が見られるかもしれんな」
「へぇ、それはちょっと楽しみですね」
そこまで話したところで馬車が停まった。
女官長に紹介してもらった女性向けの衣料品店に入ると女性オーナー自ら応対してくれた。
聞けば女官長の古くからの友人であるらしい。
すでに事情は伝わっているので、サイズを測った後に3着ほど出してきて試着する。
「宰相閣下、どれがいいと思います?」
困惑した顔の娘に問われた。
女性の服のよしあしなどさっぱりわからないが、思ったままを答える。
「どれもよいと思うが、最初の薄い緑色のものが一番しっくりきていると私は思う」
「じゃあ、それにします」
ニコッと笑って試着室に戻る。
その間に試着した3着すべての会計を済ませておき、茶会用に選んだもの以外は我が家に届けるよう頼んでおいた。
選んだ服を包んでもらって受け取る。
「あの、宰相閣下。本当に買ってもらっちゃっていいんですか?いただいた報酬がありますから、自分でも払えますよ」
「いや、これは私からの報酬だ。気にすることはない」
女性オーナーから靴や小物を扱うお勧めの店を教えてもらい、次はそちらに移動して選んだ服に合う靴などを購入した。
「宰相閣下、本当にありがとうございました」
馬車に乗り込むと娘が深々と頭を下げた。
「先ほども言ったが、これは私からの報酬だから君が気にする必要はない」
「わかりました。ではありがたく頂戴いたします」
もう一度、頭を下げた。
「ところで、この馬車はどこへ向かってるんですか?王宮へ帰るには方向が違う気がしますけど」
馬車の小窓から外を見ながら娘が尋ねる。
「私の家だ。慣れない買い物で疲れただろう?茶と菓子くらいは出すぞ」
「よっしゃ、初めてのお宅訪問!!」
馬車の中なので娘は小さくガッツポーズをとっていた。