宰相side:禁忌の魔法
私は椅子から立ち上がった。
「すまないがちょっと目を閉じてくれないか?少し君に近付きたい」
「・・・はい」
返事を受けて娘に近寄る。
「少しばかり荒療治になるが、許せよ」
半ば無理やり抱きしめて口づける。
深く、長く。
娘の頭が空っぽになったところで思考の主導権を奪い取り、記憶を改ざんしてこの娘の記憶から私という存在を消していく。この魔法を私的に使うのはこれが初めてだ。
やがて意識を失い、ぐったりした娘をベッドに寝かせる。記憶をいじられた者は、頭の中の混乱を収束させるためなのか、たいていは長く深い眠りに落ちる。
次に目覚める時、私はこの娘にとって見知らぬ男となっていることだろう。
本来なら接点もなかったはずの2人だ。だから離れてしまえば問題はない。
この娘にはいつも笑っていてほしい。たとえその笑顔が私に向けられることがないとしても。
だが、そうわかっているのに、どうしようもないほどのせつない思いがこみ上げてくる。
どうやら思っていた以上にこの娘は私の心の深いところにまで食い込んでいたらしい。
翌日。
私自身があの娘の心の傷になっている以上、いつまでも屋敷に置くわけにもいかないだろうと考え、今後のことを考える。
大神殿の聖女殿や冒険者ギルドの副代表は、いつでも受け入れ可能と申し出てくれた。
さらに私の魔法のことを知る国王陛下は、必要であればあの娘を離宮で預かってもよいとまで言ってくれた。遠征で一緒だった第三王子殿下も心配しているらしい。
1日の仕事を終えて王宮から戻り、執事達から状況を聞く。
娘は午後になって目を覚ましたが、ほとんど言葉を発することもなく、ずっとぼんやりとしていたらしい。記憶の操作後にはありがちな状態だ。
夕食をほんの少しだけ食べて、今はまた眠ってしまったとのこと。
眠っているのなら大丈夫だろうと様子を見に行くことにして、客室のドアをノックする。
返事はない。
そっとドアを開けてみると、薄暗い部屋でベッドに腰掛けている娘と目が合った。
どれくらい無言で見つめ合っていただろうか。
なんと声をかけたらいいものか迷っていると、やがて娘は無言のまま立ち上がり、ゆっくりと私の方に近寄る。
そしてそっと抱きついてきた。
「魔法で記憶を消すなんてずるいですよ、宰相閣下」
こちらからも抱き寄せると、まっすぐに私を見上げる娘。
「魔法が・・・効かなかったのか?」
驚いている私に首を左右に振る娘。
「いいえ、ほんのついさっき・・・顔を見るまでは本当に忘れてました」
「なのになぜ・・・?」
「ん~、愛の力ってヤツですかね?まぁ、簡単に言っちゃうと2度目の一目惚れですよ」
娘が久しぶりに笑った。
「・・・私が怖くないのか?」
「せっかく消えてた宰相閣下の姿をした魔物を切った時の記憶も戻ってきちゃいましたけど、なんだか自分の中でうまいこと気持ちの整理がついたみたいです。だから今はもう大丈夫」
あれからどのくらい抱きあっていただろうか。
「私は君を失うことが本当に怖いと思った。本当はもう手離したくないが、君はきっと何か起きれば飛び出していってしまうだろう。だから私は君の帰る場所でありたい。どうか私と一緒になってくれないか」
彼女に素直な思いを告げる。
「いいんですか?こんなずうずうしいヤツで」
少し困ったような微笑を浮かべる娘。
「ああ、君がいい。キスしてもいいだろうか?」
「記憶操作しないんだったら、いいですよ」
そっと唇を重ねる。
長い長い口づけの後、娘を私の寝室へと連れて行く。
まだ体調が万全でないことはわかっているから、ただ抱き合って眠る。
彼女のぬくもりを感じる幸せをかみしめながら。