宰相side:療養
勇者パーティが出立してからしばらく経った頃、魔獣の大量発生の核となっていた高位の魔物を討伐したとの一報が届いた。
未然に防いだのはおそらくこれが初めてなので、快挙といってもいいだろう。
調査段階では死者や行方不明者が複数出たとの報告が上がっていた。だが、正式に対処に乗り出してからは多少の怪我人は出ているものの、死者も行方不明者も出ていないとのこと。
今後は事後処理もいろいろと発生するだろうが、とりあえず安堵した。
その後の第二報では残る魔獣の掃討戦は冒険者ギルドが請け負い、勇者パーティと騎士団の選抜隊は先に王都に帰還するとの記載があった。冒険者にとっては稼ぎどころだろうから、これは納得のいく対応ではあろう。
だが、第二報とともに届いた第三王子殿下から私に宛てた私信が問題だった。
王都に帰還後、あの娘を私の屋敷でしばらく療養させてほしいとの要望。
詳細は記載されていないが、多少の怪我ならば聖女殿がいるのだから治せるはず。聖女殿でも治せないような深刻な状態なのだろうか?
どうにも落ち着かない思いを抱えつつ、受け入れを了承する返信を出し、屋敷の使用人達にも指示を出した。
それからしばらくして勇者パーティと騎士団の選抜隊が王都に帰還した。
勇者殿こと第三王子殿下達は先に報告のため王宮へ向かい、戦士殿と聖女殿が私の屋敷にあの娘を連れてきた。
久しぶりに会えた娘は、毛布にくるまれて戦士殿に抱きかかえられたままピクリとも動かない。
近寄って顔を覗き込むと眠っているようだった。だが顔色はよくない。
そして髪が少年のように短くなっていることにも驚く。
「無事・・・なのか?」
聖女殿がうなずく。
「ええ、命に別状はありませんわ。詳細はのちほどお話しいたしますので、まずはお部屋で休ませてあげたいのですが」
戦士殿が抱きかかえたまま屋敷に入り、あの娘の部屋に運ぶ。執事やメイド長など使用人達は心配そうなまなざしで見守る。
ぐったりしたままでベッドに横たえても目が覚める気配はない。だが見える範囲に傷はないようだ。
あの娘に関してはいったん執事やメイド長にまかせ、応接室へ移動した。
聖女殿が説明する。
「本当は怪我もひどかったんですけれど、わずかな傷も残さないように治してあります。ただ傷は治っても精神的なダメージは大きかったと思います。そして、核となっていた魔物を討伐して以降、ほとんど話さないようになり、感情も乏しくなってしまいました。いろいろ聞いてはみるのですが『なんでもない』と返されてしまうだけで」
怪我が原因というわけではないのだろうか。
「最近は食欲もあまりなく、眠っても悪夢を見るようで、うなされてすぐ目が覚めてしまい、睡眠もちゃんと取れていませんでした。そして今は限界を超えてしまった状態なのだと思います」
そういえば以前にも夢を見てうなされていたことを思い出す。あの時は『夢の内容は覚えていない』と言っていたが、もしや同じ内容なのだろうか?
「お2人は魔物討伐時の状況をご存知なのですか?」
「いいえ、私達はかなり離れた場所におりましたし、あの子は冒険者ギルドの方々と行動をともにしていました。いずれ冒険者ギルド側から報告があると思います」
「宰相様、私達がついていながら、あの子がこのような状態になってしまったこと、深くお詫び申し上げます」
聖女殿と戦士殿が頭を下げる。
「いや、どうか頭を上げてください。貴女達のせいではないし、手を尽くしてもどうにもならないこともありますから」
「本当はあの子を大神殿で預かることも考えたのですけれど、『日常に近い環境で過ごせる方がよいだろう』と第三王子殿下がおっしゃったので、無理を承知で宰相様にあの子のことをお願いすることにいたしました」
勇者こと第三王子殿下は、国王陛下からあの娘のことを聞いていたのだろう。もっともあの状態では職員寮にも戻せないだろうが。
「ああ、前からこの家には馴染んでいるので心配は要りません」
「落ち着いたらまたお見舞いに参りますので、あの子のことをどうぞよろしくお願いいたします」
聖女殿と戦士殿は先に王宮へ向かった勇者パーティの面々と合流するため去っていった。