宰相side:打診
「魔獣の大量発生・・・ですか?」
私の執務室に呼び出した王宮職員寮の雑用係の娘は、焼き菓子に伸ばした手を止めた。
「冒険者ギルドからの報告だ。北方の森で、まだ兆候ではあるが可能性は高いと判断しているようだな」
報告書の束を応接セットのテーブルの上に置く。
「でも早くないですか?確か前回は10年前でしたよね」
数十年に一度はどこかしらで発生する現象だが、確かに10年は周期としては短い方だろう。
「国王陛下は魔王討伐パーティを再結成し、この件に当たらせることを検討している」
「へっ?」
娘はまぬけな声を上げた。
「冒険者ギルドからも内々で要請があった。戦力としてだけでなく士気高揚という目的もあるのだろうな。国としても本気で対処に当たることを民に示せる」
「なるほど」
「それに勇者達のパーティは、その旅の途中で多くの魔獣を倒してきたことが国中に知れ渡っている」
「・・・あ」
視線をそらす娘。
「近隣住民の危険排除とパーティの食材調達のためとの報告が上がっていたが、各地でかなりの数の素材を売却していたようだな?」
「だって、もったいないじゃないですか。全部持ち歩くわけにもいかないし、売ればいい金額になることはわかってるし、貴重なものばかりですから欲しがる人も多いですしね。それに国に献上する義務はなかったはずですよ」
確かに魔王の城で得たものはすべて国に献上することにはなっていたが、道中に関しては特に規定を設けてはいなかった。
「そこはいまさら咎める気はない。こちらが無理に参加を願ったことでもあるしな。ともかく、過去の実績があるから再結成の話が持ち上がったわけだが、君の処遇をどうするかで迷ってな。本人の意向を聞こうと呼んだわけだ」
目の前の娘の表情が一変した。
「もちろん行きますよ。どんな形であろうとも」
すでに意志を固めた眼をしている。
「即答だな」
「困っている人がいるなら助けたいですし、未然に防げるものなら防ぎたいですから」
こういうところが勇者の勇者たる所以なのだろうか。
「今のところ、君を組み込むのなら勇者パーティか騎士団か冒険者ギルドのいずれかと考えているのだが」
「だったらやはり勇者パーティでしょうかね。すでに顔なじみだし、お姉様・・・じゃなかった聖女様もいますから。それに騎士団には馴染める気がしないし、冒険者ギルドだと向こうが扱いに困りそうですしね」
ほぼ予想通りの回答だ。
「わかった、その方向で話を進めよう。職員寮の雑用係も以前から申請が出ていた新たな人員補充を早急に通しておく」
「よろしくお願いします」
その後はいくつか別件の話をして、あの娘は職員寮へと戻っていった。
あの娘はとうとう口には出さなかったが、10年前の魔獣の大量発生時に自分の父親が命を落としていることを知らないはずはない。
あの意志の固い目は、本人なりに何か思うところがあるのだろう。