休暇:2日目・深夜
ビストロからの帰りの馬車の中。宰相閣下と並んで座る。
「くしゅん!」
めずらしくくしゃみが出た。
「大丈夫か?」
「はい、別に風邪とかじゃないと思います」
子供の頃はともかく、大きくなってから風邪なんてひいたおぼえががない。
だからそう答えたのに、ふいに肩を抱き寄せられた。
「この方が暖かいだろう。寄りかかってもいいぞ」
「・・・優しいですね」
「これくらいは普通だろう」
触れるぬくもりに少し寄りかかる。
かすかな香りになんだか心が落ち着く気がして自然と目を閉じる。
「起きたか?」
目を覚ますといつのまにか馬車の中ではなく、宰相閣下のお屋敷のサロンにいた。ソファーに横になっていて、毛布までかけられている。
「馬車の御者は魔力持ちでな、君1人くらいは軽いものなので、ここまで運んでもらった」
「それはわかりましたが・・・どうして膝枕なのでしょうか?」
宰相閣下の顔を見上げて質問する。
「客室に運ぼうとも思ったのだが、ずいぶんとうなされていたのでな」
答えながら宰相閣下が私の髪をなでる。
「・・・ああ」
また夢を見ていたのか。
「よくあるのか?」
「このところちょっと多いですかね。夢の内容は全然覚えていないんですが、あんまりいい夢じゃなかったということだけはなんとなくわかります」
夜中に目が覚めるのは睡眠不足になるから少し困るんだよね。
「もしかして心配事や悩み事でもあるのか?」
「あるように見えます?」
「いや、ないな」
小さく首を振る宰相閣下。
「思い当たるようなことは特にないんですけどねぇ。こんなことは今までなかったので、原因がよくわからないです」
「・・・そうか。さて、そろそろ部屋に戻ってきちんと休んだ方がいいだろう」
身体を起こすと、近くで控えていたらしいお世話係のメイドさんが駆け寄ってきて客室に連れて行かれた。
寝巻きに着替え終えた頃、ノックの音がした。メイドさんがドアを開けると宰相閣下が入ってくる。
「少しはよく眠れるようにしてやろうと思ってな」
そういえば宰相閣下は魔法が使えるんだっけ。
「魔法じゃなくて添い寝でもいいんですけど」
「添い寝なら逆に寝かせないということもありうるが?」
「・・・くっ!」
顔が急に熱くなるのがわかる。
「冗談だ。いつもこの手のことを言われっぱなしだったのは癪だったのでな」
ちぇっ、きっとこっちが口先だけなのもお見通しなんだろうなぁ。
「ほら、早く寝ろ」
促されるまま、ふかふかの布団にもぐりこむ。
額に少し冷たい手が添えられる。
「おやすみ。次はよい夢を」
おやすみなさいと言い返す前に私は眠りに落ちていた。