浄化
あれから何度か大神殿へ通い、聖女様の指導により浄化の祈りの歌の練習を続けた。
その間にも女性の幽霊さんとたびたび交流を持った。手をつなぎさえすれば私も会話に加われるし、後輩の女の子も幽霊さんの表情を見ることが出来る。
幽霊さんはあいかわらず自分の名前も思い出せなかったようだけど、好きな花など女の子らしい話で盛り上がったりもした。
女官長様は、衣装や年齢などから数百年前に他国から人質同然に嫁いできた若きお姫様で、この国に来て早くに病死なさった方だろう、と推測なさっていた。
「次の新月の夜に決行しようと思うんですよ」
宰相閣下の執務室を訪ねてそう切り出した。ここまでの経緯はすでに報告済で、新月の夜というのは聖女様の助言によるものだ。
「わかった。私にできることはあるか?」
「図書館の深夜の入室許可をいただきたいです。ホントは隠し通路を使えば勝手に入れちゃうんですけど、今回は後輩もいますんで」
「許可は出す。隠し通路は使うな。他に何はあるか?」
「できればどなたかに立ち会っていただければと」
我々だけでは片付いたと証明する方法がないと思ったから。
「それでは私が立ち会おう。あとは都合がつけば女官長殿にも来ていただくか」
新月の夜。王宮内の深夜の図書館。
暗い通路の奥に幽霊さんはすでに待っていた。この日のことは知らせてあり、私達以外の人も来るけれど心配はいらないことは伝えてある。
どうやら宰相閣下や女官長様にもちゃんと見えているようだ。
幽霊さんが好きだという淡いピンクの薔薇の小さな花束をそっと足元に置くと、少し寂しげに微笑んでくれた。本当は手渡せたらよかったんだけど、残念ながら彼女は持てないんだよねぇ。
私は後ろを振り返って宰相閣下と女官長様に声をかける。
「それじゃ始めますね」
2人が無言でうなずいた。
後輩の女の子と手をつなぐ。そして私の肩の上には聖女様の精霊である白い鳥。
助っ人に来てくれたかな?それなりの大きさがあるのに、重さはまったく感じない。
目で合図をして2人で歌いだす。深夜の暗い通路に歌が響き渡る。
幽霊さんは寂しげな笑顔のままだんだん薄くなっていき、やがて消えた。
最後に「ありがとう」って聞こえた気がした。
「おつかれさま。ちゃんと見届けたわ」
「2人ともご苦労だった。めずらしいものを見せてもらった」
宰相閣下と女官長様からねぎらいの言葉をいただいた。
数日後、休みの日に1人で大神殿の聖女様に呼ばれて訪ねる。
「あのお姉様、ずっと気になってなんですけど」
「後輩さんのこと、でしょう?」
やっぱりお見通しでしたか。
「もしかして彼女は聖女だったりするのですか?」
「何ともいえないわね。多くはないけれど子供のうちはそれに近い力を持つことがあるの。でも大人になるとたいていは消えてしまうのよね。だから今の時点では見極めがつかないから、私は何も言わなかったわ。貴女もそうでしょう?」
「まぁ、そうですね」
そうかもしれないとは思ったのだが、確証が持てなかったのだ。
「もうしばらく様子を見ましょうか。時々、私の精霊を飛ばしてみるわね」
「そういえば精霊さんって王宮は平気なんですか?」
「前よりは平気になったわね。貴女達の浄化の祈りの歌で他のよくないものもだいぶ消えたから」
「へっ?」
それは知らなかった。
「さてと、今日呼んだのは新年の式典で披露する歌の練習よ。また一緒にがんばりましょうね!」
聖女様はほんわりとした見た目とは裏腹にあいかわらずの熱血指導だった。
余談だけど、2人で一人前の少女除霊師達が活躍する小説を、満面の笑みの女官長様から手渡されるのはそれからだいぶ経ってからの話。