遭遇
あれから何度も図書館周辺をうろついたものの、それらしい気配に気づくことはなかった。
女官長様のところにも新たな情報は入ってきていないという。
一時的なものだったのか、それとも時間帯や気候などの他の要因なのか、後輩の女の子とあれこれ推理してみたものの、結論が出ることはなかった。
そんなある日の夕方、職員寮の調理場担当の男性が料理に関する本を王宮の図書館に返しに行きたいが時間がないとのことで、休憩ついでに返却を請け負うことにした。
ただ、思っていたより本の数が多かったので、後輩の女の子にも手伝ってもらう。
「あれ?外国の本もあるんですね」
抱えている本を見ながら後輩の女の子が言う。
「ホント、勉強家だよねぇ」
本を受け取る時に聞いたら、手に入りにくい材料もあるのでレシピをそのまま使うわけではなく、あくまで参考にする程度らしい。たまに変わった料理が出てくるのはそういうことだったのか。
あと少しで図書館というところで、別に示し合わせたわけでもないのに2人とも立ち止まった。
「・・・先輩」
「うん、なんかいるね」
周囲には誰もいないはずなのに、急に背後に気配を感じたのだ。
殺気のたぐいではないが、妙に背筋が冷える感じがする。
「どうします?」
意外に冷静そうな後輩の女の子に小声で指示を出す。
「まずは姿を確認したいから、合図したら振り返ってみようか」
「はい」
「いくよ、3、2、1!」
2人同時にバッと振り返る。
「先輩、何か見えますか?私には白いもやみたいなものしか見えないんですが」
・・・あれ?人によって見え方が違うのか。
「私には白いドレスに白くて長い髪の若い女性がはっきりと見えてる」
ところが後輩の女の子が思いがけないことを言い出した。
「姿はよくわからないけど、声は聞こえますね」
言われてみれば確かに口元がかすかに動いているように見えるが、私には何も聞こえない。
「何て言ってるかわかる?」
「か細い声で『さびしい』って言ってるように聞こえます」
会話できるといいんだけどなぁ。試してみるか。
「貴女のお名前は?」
呼びかけに首を横に振った。自分でもわからないのか。
でも、どうやら通じてるようだ。
「何か伝えたいことってある?」
口元がまた動く。後輩の女の子が内容を伝える。
「『帰りたい』って言ってます」
「どこへ?」
「『家族のところ』だそうです」
そこまで話したところで、ふいに白いドレスの女性は消えた。
近くを王宮の女官達が通りかかったせいらしい。
とりあえず本を返却して再び通路に出る。もう気配は感じない。
「先輩・・・ホントにいましたね」
「いたねぇ。ちょっと顔立ちは幼い感じだけど美人だったよ。ふわっと大きく広がってる昔のドレスだった」
「いいなぁ、私も見てみたかったです」
「私は声を聞いてみたかったな。どんな声だった?」
「か細いけど、ちょっと高めの若い女の人のきれいな声でしたよ」
ん~、とりあえず調査は一歩前進といったところかな?