宰相閣下と雑用係
自作短編「勇者は獲物を逃さない」の連載版です。
1~3話は短編とほぼ同じです。
無事に王都に帰還し、王宮内にある宰相閣下の執務室のドアをノックして入室する。
窓の外からは魔王討伐の凱旋パレードの歓声が聞こえてくる。
「宰相閣下、魔王討伐の旅を終えて無事帰還いたしました」
「うむ、長旅ご苦労だった。勇者パーティのメンバーたちからも君の活躍は聞いている。本当に感謝している。ただ、君は正式なメンバーではないので祝勝会や凱旋パレードに参加させてやれなくて大変申し訳なく思っている」
椅子から立ち上がって私に握手を求めてきた宰相閣下がすまなそうな表情を見せる。
「報酬さえもらえればそんなのはどうでもいいんですけど、宰相閣下は勇者パーティへのサポート要請の時、私に言わなかったことがありますよね?」
握手の手を離した宰相閣下の目が泳ぐのを私は見逃さなかった。
「な、何のことだろうか?」
「神殿の神託で選ばれた本当の勇者って私だったんでしょう?」
「・・・なぜそう思った?」
「旅の途中で聖女様と一緒に温泉に入った時、背中に紋が浮き上がっていることを教えてくれたんですよ。聖女様は何の紋かまではわからなかったようですが。背中なんて自分じゃ見られないので、聖女様に描いてもらった絵柄を見たら、昔見た書物に載っていたのと同じものでした」
宰相閣下はため息をついた。
「そのとおりだ。私は君が本当の勇者であることを知った上で勇者パーティに送り込んだ。それが最善の策だと思ったからだ。本物の勇者ではないとはいえ、若人達の命を無駄に散らせたくなかった。いまさらと思うだろうが、どうか許してほしい」
宰相閣下は私に深々と頭を下げた。
「まぁ、確かに謝られてもいまさらですし、無事に魔王を倒して結果オーライだから許してあげますよ」
「本当にすまない。感謝する」
「ところで宰相閣下、約束のご褒美のことは忘れてませんよね?」
「ああ、もちろんだ。私に出来ることなら何でもしよう」
よっしゃ、それなら言っちゃうぞ。
「宰相閣下、実は一目惚れでした。私と結婚してください!」
「・・・は?」
ナイスミドルのあっけに取られた顔もかわいいなぁ。
「だから結婚してくださいって言ってるんですが。確か宰相閣下は独身でしたよね?」
「い、いや、そうなんだが、なぜ私なんだ?君とは親子ほども年が違うし・・・ほら、勇者パーティの男性陣だっているだろう?彼らも少なからず君のことを好ましく思っているようなんだが」
「私って昔から年上しか興味ないんですよね。それに宰相閣下と私だったら年齢差といっても貴族の婚姻じゃそうめずらしくない程度じゃないですか」
「そうかもしれないが・・・いや、でも、なぁ・・・」
とまどう宰相閣下もまた良し、うんうん。
でもあんまり困惑させるのもかわいそうなので、このくらいにしておくか。
「ま、さすがに結婚はちょっと言いすぎたかなと思うんで、今日のところはこれで勘弁してあげますよ」
すっと近寄って宰相閣下の唇を奪ってニコッと笑う。
「ごちそうさまでした。それじゃ失礼します」
「・・・待て」
宰相閣下の執務室を出ようとドアノブに手をかけたところで呼び止められた。
「・・・その、君の物怖じしない性格と頭の回転の速さ、そして行動力は大変好ましく思っている。勇者パーティの面々からも陰日向なく働いてくれたことはよく聞いている」
宰相閣下が私の方に歩み寄る。
「私は仕事一辺倒でこういう時にどうしていいかわからない。だからまずはお互いを知るところから始める、ということでどうだろうか?」
「わかりました。結婚どうこうはさておき、必要なら宰相閣下の手駒として使ってもらってかまいませんよ。宰相閣下が頭脳明晰なのは存じ上げてますけど、時には力仕事とかも必要でしょう?」
「ああ、そうだな。それではこれからよろしく頼む」
抱擁でもキスでもなく、固い握手を交わして宰相閣下の執務室を出た。
宰相閣下は知らない。
私は故郷にいた頃から狩りの獲物は一度たりとも逃したことはない。
そして標的が大物であればあるほど血が騒ぐ。
正直に言って魔王を目の前にした時よりも今の方がはるかに萌え・・・じゃなかった、燃えている。
さてと、これからじわじわと追い詰めていくといたしますか。