提案
宰相閣下の計らいで休みの日に大神官長様と話す機会を作っていただいた。
若い神官様に案内されて大神官長様の部屋に入ると、そこには聖女様もいた。
「ご無沙汰しております」
お2人にペコリとお辞儀する。
「いらっしゃい。待っていたのよ」
ニッコリ笑う聖女様。
「堅苦しい挨拶は結構ですよ。さぁ、こちらへ」
これまた笑顔の大神官長様にうながされるままにソファーに腰掛けた。
「宰相様からの書面で本日のご用件はおおよそ把握しております。彼女にも協力してもらうため、私の独断で貴女が勇者であることを明かしました。どうかお許しください」
「ごめんなさいね。決して誰にも言わないわ」
お2人に深々と頭を下げられてあわてる。
「頭を上げてください!私、気にしてませんから」
「さて、まず勇者について説明いたしましょうか」
大神官長様が話し始めた。
「勇者とは『国と民を守るために立つ者で、人並み外れた闘気と力、さらに魔力を有し、それと同時に人々を慈しみ、人々に慕われる存在でもある』とされています。とはいえ、歴史の表舞台に出てくることのなかった勇者もそれなりにおりましたから、具体的な記録となると実はこちらにもそう多くは残っているというわけではないのです」
ふむふむ、うちの父もそうだったみたいだしね。
「ですが、貴女の感じた戦いに対する渇望のような感覚はいくつか伝承として残っています」
勇者様こと第三王子殿下も言ってたっけ。
「お話をいただいてから、こちらでもいろいろと調べてみました。おそらくは貴女の身体の中の気を適度に解き放つことができれば、その渇望感も軽減できるのではないかと考えております」
大神官長様の話を頭の中で反芻していると、今度は聖女様が話し出した。
「そこで私からの提案なのだけれど、その身体の中の気を放つためにも私と一緒に歌ってみない?」
「歌・・・ですか?」
えっと、なぜ突然そういう話になるのかな?
「そう。歌といっても普通の歌ではなくて、聖女の祈りの歌のことよ。歌に気を込めるの」
よくわからないけど、そんな簡単にできるものなのだろうか?
「それでね、もうすぐ建国祭があるでしょう?その時に私と一緒に貴女に歌ってほしいの」
ニッコリ笑う聖女様にあせる私。
「ちょ、ちょっと待ってください!それってもしかして人前で歌うってことですよね?」
確か建国祭の聖女の祈りの歌って式典で王族とか貴族が勢ぞろいするところで披露するもの・・・のはず。
「ええ、そうよ」
ふんわりと微笑む聖女様。
「無理です!そんなの無理ですって!」
「あのね、聖女の祈りの歌は昔は合唱だったそうなの。でも、いつの頃からか聖女と認められる者も減ってしまって独唱が当たり前になっていたのよ。だけど、今はせっかく聖女の気を持つ貴女がいるのなら今年は二重唱にしてみたいと思ったの」
「で、でも、人前で歌ったことなんてないですから、きっと緊張しちゃって歌えませんよ?」
「心配いらないわ。歌う時の装束はヴェールをつけるから貴女の顔は見えないし、夜だから会場の客席なんて見えないし・・・ねぇ、私のお願い、聞いてくれないかしら?」
ううう、聖女様に真剣なまなざしで見つめられるとちょっと断れない・・・。
「わかりました、お姉様。私でよければ・・・でも失敗しても許してくださいね」
「大丈夫よ、貴女にならきっとできるわ」