鎮静
「目が覚めたか?」
目を開けると見覚えのある宰相閣下の執務室だった。
「・・・私、どれくらい眠ってました?」
いつのかにかソファーに横たえられ、毛布をかけられていた。
「1時間足らずだな。第三王子殿下が運んでくださった。私では君を運ぶのは厳しいのでな。職員寮の方には伝言済だから心配はいらない」
「そうですか・・・勇者様にはお詫びとお礼を言わないとですね」
「そのうちにな。それより気分はどうだ?」
「悪くはないですし、ちょっとは落ち着いたと思います」
そう言いつつもソファーから起き上がれずにいた。
身体よりも気持ちの方が重すぎてどこまでも沈みそうだ。
「そういえば、宰相閣下はどうしてあの場にいらっしゃったんですか?」
「国王陛下から伝言があった。どうやら君達の戦いを私室から見ていたようだな」
なるほど、そういうことだったのか。
そして一番気になっていたことを聞いてみる。
「・・・宰相閣下って魔法が使えたんですね」
「ああ、だができれば口外しないでもらいたい。あまり一般的ではないものだからな」
おそらく使い手が極めて少ないといわれる精神魔法の一種。
その使い手が王宮の中枢にいるということは・・・ううん、今はそっちは考えないでおこう。
「私の場合、発動するには条件が整わないと難しい。相手の頭が空っぽになった瞬間がやりやすい」
「だから突然キスを?」
「・・・まぁ、そうだ」
「魔法のことはもちろん誰にも言ったりしませんけど、このままだと私は宰相閣下のキスで失神したことになっちゃいますよね」
ソファーに横になったまま宰相閣下の方を向いてニヤッと笑う。
「不本意だが仕方あるまい」
久しぶりに苦虫を噛み潰したような顔を見た気がした。
「王家のプライベートエリアということで、あの場にいた者は限られているし、王家の人間は私の魔法のことは知っている」
しばらくの沈黙の後、私は独り言のように思いを口にする。
「私、自分で自分が怖くなりました。いつか自分自身を制御しきれなくなってしまうんじゃないかって・・・」
両手で顔を覆うけれど、こんな時でも泣けない。涙が出てこない。
それも勇者だからなのかな?
しばらく考えるように黙っていた宰相閣下が口を開く。
「残念ながら私には勇者の本質に関する知識は持っていないので、すぐには君の不安を解消できそうにない。だが提案はできそうだ。君は大神官長殿と面識があるのだから、相談してみるというのはどうだろうか?」
「大神官長様・・・ですか?」
「ああ。あの方なら何かご存知である可能性が高いだろう。もし自分の手に負えないことがあるのなら、素直に誰かを頼ってみるのも1つの手だ」
「なるほど・・・それもそうですね」
それはありかもしれない。
私はゆっくりと起き上がる。
「大神官長殿には私から連絡を入れておこう。お会いできる日時が決まったら連絡する」
「はい、よろしくお願いします」
頭を下げる。
「それから職員寮で働く者たちが君のことを心配していたそうだから、戻ったらよく詫びておくようにな」
職員寮に戻ったら、いろんな人に叱られたり心配されたりした。
新人の男の子と女の子からは泣きながら抱きつかれた。
みんなに迷惑かけてしまってた。ごめんなさい。
近衛騎士隊との勝負には勝ったけど、その後に倒れたということになっているらしい。
すでに身体も気持ちもほぼ元通りなんだけど、みんなに今日はこのまま自室で休むことを強制され、仕事はさせてもらえなかった。
明日から挽回しないとなぁ。