夜にまぎれて
「飲みながらで申し訳ないんだが、大神官長殿との話をもう少し詳しく聞かせてもらえるか?」
「いいですよ。ざっくり言いますと、勇者の父が聖女の母と駆け落ちしたんだけど、それを手助けしたのが大神官長様だったんだそうです」
宰相閣下はしばし黙って考える。
「・・・君は自分の父は勇者だと言っていたな?」
「ええ。そういや言ってませんでしたけど、うちの父の背にも勇者の紋があったんですよね」
「なるほど。で、聖女の力も使えるのか?」
「そんなこと知らなかったから、当然のことながら今まで使ったこともなかったんですが、今日は大神官長殿との話の後で聖女様からいろいろと教わりました。さすがに使えるところまではいきませんでしたけど、なんかこう・・・感じることは出来たような気はします」
魔力とはまたちょっと違う感じで、なんだか暖かなもののように思えた。
「まぁ、もう魔王討伐などそうそうないだろうが、使える力は伸ばしておいた方がいいだろう。いつどこで役立つかわからんしな」
「そうですね。引き続き聖女様に習おうと思ってます・・・あ、そうだ、今日は聖女様と姉妹の契りを交わしたので『お姉様』とお呼びすることになりました」
宰相閣下がなんだか不思議そうな表情になっていた。
「そうか・・・よくわからんが、よかったな」
美味い酒を何杯かいただいた後に馬車に乗り込む。
いただいた服や夜食の包みを一方の座席に積んだので、宰相閣下と並んで座る。
本来ならあの程度の酒じゃまったく酔わないんだけど、馬車の揺れと食事マナーのお勉強による精神的疲労のせいか、ついうとうとしてしまっていた。
そして気がついたら宰相閣下に寄りかかっていた。
「わっ、すみません!寝ちゃってました」
「・・・気にするな。別に重くはなかった」
王宮の職員通用門の近くに馬車が停まる。
左手に服が入った箱、右手に夜食の包みを持ったので両手がふさがる。
「手がふさがっているが大丈夫なのか?」
「平気ですよ。ドアはいつものように蹴り開ければいいだけですし」
「・・・壊すなよ。職員寮も王宮の一部だ」
「は~い、気をつけま~す」
う~ん、残念だ。ここはビシッと敬礼でもしときたいとこだが手が空いてない。
「それじゃあ宰相閣下、今夜は本当にありがとうございました。おやすみなさい」
ぺこりと礼をして頭を上げると、目の前に宰相閣下がすっと近寄る。
片手で頭をそっと抱き寄せられ、額に唇が触れる。
「おやすみ。今宵はよい夢を」
それだけ言うとすぐに馬車に乗り込んで去っていった。
ちくしょう、やられた! 不意打ち、ずるい!!
というか、宰相閣下ってば飲んでる時は全然様子が変わらなかったんだけど、もしかして酔ってた?
まったくもう、あんなの家族にする挨拶みたいなものなのに顔が真っ赤だよ。
ああ、暗くてよかった。
次回は2020/09/23(水)夜に投稿予定です。