形見
「貴女はとても不思議な方ですね」
私の頭を触り終えた大神官長様がおかしなことを言い出した。
「なんでしょうか?」
「間違いなく貴女からはとても強い勇者の気を感じます。ですが、わずかではありますが聖女の気も感じるのです」
「・・・へ?」
すごいなぁ、大神官長様ともなると触っただけでそういうのがわかるのか・・・って、そういう話じゃないな。
「あの~、大神官長様・・・ちょ~っとだけ思い当たる節があるのですが」
「何でしょう?」
「えっとですね・・・まず亡くなった私の父の背中にも勇者の紋がありまして」
「・・・え?」
「でもって、その父の駆け落ち相手だったという母は、この大神殿に仕えていたと聞いてます。早くに亡くなったので私は顔とかは全然記憶にありませんし、父も母について詳しく話すことはほとんどなかったので、こちらでどんなことをしていたかも知らないんですが・・・ああ、でも母が使っていた経典は今も私が持ってますよ」
今日は大礼拝堂で祈りを捧げるために経典を持ってきていたので、鞄の中から取り出して大神官長様に手渡す。
故郷の礼拝所の神官様に「その経典は貴重なものだから大事にしなさい」と言われていたものだ。
色鮮やかな表紙の経典を見た大神官長様はしばらく唖然とした表情になったが、突然涙を流し始めてギョッとする。
「あ、あの、大神官長様・・・?私、何かまずいこと言っちゃいました?」
ハンカチとか渡すべきなんだろうけど、大神官長様に私のなんかを渡していいのかな・・・どうしよう?
「ああ、貴女はお母様似ですね。こんなによく似ておられるのに、なぜすぐに気づかなかったのでしょう」
「えっと・・・もしかして大神官長様は母のことをご存知なんですか?」
「ええ、もちろん。貴女のお母様は幼い頃から聖女としてここで暮らしておりました。そして貴女のご両親の駆け落ちを手引きしたのは、何を隠そうこの私なのですから」
まだ少し涙を流しつつも、大神官長様は笑顔を見せる。
ちょっと待て。母が聖女だったなんて初耳なんですけど?
「貴女のご両親が真剣に愛し合っていることは知っておりました。しかし、聖女には神殿の決まりごとでさまざまな制約があり、このままではお2人が結ばれることは大変難しいと思いましたので、微力ながら協力させていただいた次第です」
「そうだったんですか・・・なんかよくわかんないけど、ありがとうございます」
大神官長様に頭を下げる。
この人がいなければ、私は今ここにいないかもしれないもんね。
それにしても、父さんは本当に聖女様をかっさらっちゃったのか。やるな。
しばらくして大神官長様の涙もようやく止まった。
「その経典は大神殿の中でも限られた者しか持つことが出来ないものなのですよ」
「・・・えっ?じゃあ、お返しした方がいいですよね?」
「いいえ、これは貴女がお持ちください。お母様の形見なのですから」
そう言いながら大神官長様は経典を返してくれた。
「きっとこれも何かのご縁でしょうから、何か困ったことがあればいつでもご相談ください。そして、あつかましい願いであることは重々承知の上ですが、いざという時にはこの国と民を守るため、貴女のその力を使っていただけるとありがたいですのですが」
「はい!もちろんです!」