【幕間】宰相side:交換日記
ある日の午後。
国王陛下との打ち合わせを終え、王宮の私書箱を確認すると小箱が1つ届いていた。
この小箱は魔道具の一種で、認証設定した者しか開けられない。
執務室に持ち帰って手をかざすと小箱の鍵が開く。
中から深い緑色の表紙の日記帳を取り出す。
お互いを知るためにと交換日記を始めたのはあの娘の提案だった。
それぞれ忙しくて会う時間も簡単には作れないためだったが、
「手紙でもいいのではないか?」
と尋ねたら、
「手紙はそれぞれが持つことになっちゃいますけど、これだったら2人で共有じゃないですか~」
というよくわからない理屈で押し切られた。
まぁ、別にどちらでもよいのだが。
いつ見ても思うが、あの娘の書く文字は普段のあの態度からは想像できないほど綺麗で、文章もすっきりしていて読みやすい。
書かれている内容も王宮での日常から時事まで幅広く、不思議と読んでいて飽きない。
明らかに読み手である私のことを意識して書いてくれていることがよくわかる。
そして若いながらも世の中を実によく見ている。
自分以外の視点からの意見というのもなかなかに面白い。
私も実家の侯爵家や領地のことを書いたりもしているが、はたして楽しんで読んでもらえているのであろうか?
そういえば慢性的な人手不足だった王宮の平民向け職員寮に、孤児院から下働きを雇うきっかけになったのもこの交換日記がきっかけだった。
なぜそう思いついたか問うたところ、「自分が孤児だったから」という単純明快な答えが戻ってきた。
それからあの娘がここに至るまでどう生きてきたのかが少し知りたくなり、時々問いかけるようになった。
両親は王都から駆け落ち同然で東にある山沿いの小さな町に移り住んだという。
母親はもともと身体が丈夫な人ではなかったらしく、幼い頃に病気で亡くなっているため記憶にはないそうだ。
父親は冒険者稼業をしつつ、狩猟や林業など山を中心に生活しており、山では一人娘を常に連れ歩いてさまざまな知識を教えていたらしい。そして冒険者としての活動中に命を落としたそうだ。
その後は孤児院に引き取られ、そこで読み書きなども学んだが、やがて父と同じ冒険者稼業を選んだ。
父の仲間だった冒険者達に可愛がられていろいろ教えてもらいつつ、畑を荒らし家畜を襲う害獣退治を中心にやっていたらしい。
そしてある時、思い立って頼るあてもないのに単身王都に出てきたそうだ。
若くしてすでに自立しているあの娘は、おそらくどこでも誰かに頼ることなく生きていけるのであろう。
そんな娘が一目惚れという驚きの理由で私という一個人を選んだ。
おそらく貴族という立場や宰相という役職は、あの娘にとってたいして意味は成さないのだろう。
接していてなんとなく心地よく思えるのは、きっとそのせいなのかもしれない。