アフターメテオ3112:第21次シリウス戦役
宇宙艦隊戦は、スペースオペラの華で、まことに心踊るものです。
このお話では、惑星艦隊ごとに、特色を強くだしてみました。
水星艦隊:ドローン母艦を保有。普請能力に長ける。
金星艦隊:神殿艦を保有。索敵能力に長ける。
地球艦隊:司令樹を保有。指揮通信能力に長ける。
火星艦隊:円蓋荘ごとに独立行動。即応性に長ける。
木星艦隊:大火力・重装甲の戦列艦を保有。太陽系連合艦隊の主力。
土星艦隊:転送艦を保有。後方支援に特化。
冥王星艦隊:囚人艦を保有。減刑のため戦う。
AM3112年。
太陽系連合艦隊11万隻が、昼なお暗いオールト雲にある次元跳躍点に集結していた。目指す先は、太陽系より8.6光年離れたシリウス星系だ。
ホルス皇子は目を輝かせ、暗い星空を背に浮かぶ艦船の威容を飽くことなく見つめる。土星の第七皇子とはいえ、まだ少年であるし、普段は塔の中で転送オペレーターの務めがあるから、万を数える艨艟を見るのは生まれて始めてだ。
皇子の後ろから、お目付け役の中年男がからかいまじりの声をかける。
「なんです皇子。土星の輪みたいに口を丸くあけちまって」
「だってすごいじゃないか。ガーウェンはこれほどの船を見たことがあるかい」
「そりゃ、ありますよ。若いころに軍役でしょっぴかれましたからね」
「シリウスに行ったことは?」
「もちろん。第13次と第17次でした。いずれも激戦でしたよ」
「こたびは、第21次だったな。どうなるのだろう」
「奇数ですからね。こちらの勝ちは決まったようなものです」
「なぜ?」
「シリウスは攻めるに易く、守るに難い星です」
ガーウェン特務少佐の言葉通り、第21次シリウス戦役は太陽系連合艦隊の優勢で始まる。
最初にシリウス星系外縁にジャンプアウトしたのが、冥王星に流刑となった凍結囚人艦隊だ。囚人たちには、死よりも過酷な液体ヘリウム凍結刑からの解放が約束されている。この戦いから生きて還ることができれば、だが。
3000隻の凍結囚人艦隊は、ジャンプアウトと同時にネビュラ族の猛攻を受けた。
シリウス星系の要所に放流されていた機雷魚の群れが、体当たりをかけてくる。
囚人艦の武装は艦首から繰り出すホロ・ランスが一本のみ。凍結囚人艦隊はファランクス球形陣を組んで機雷魚を迎撃する。
「クソったれのネビュラどもがっ! 死ねやああっ!」
「殺せーっ! オレを殺せーっ! 殺せないなら、オマエが死ねーっ!」
凍結刑から逃れられるならばと、死をも恐れぬ冥王星の囚人たち。
対する機雷魚たちはといえば、こちらはまさに死を求めて虚空をさまよう自殺兵器だ。
ホロ・ランスに貫かれた機雷魚が丸く膨張して破裂する。
機雷魚にとりつかれた囚人艦が次元のはざまに非実体化して沈む。
一時間に満たない、苛烈きわまる戦いの果てに凍結囚人艦隊は機雷魚の群れを殲滅し、後続艦隊のための次元跳躍点を確保する。
緒戦で生き残った囚人艦は400隻に満たない。損耗率は87%に達した。
続いてシリウス星系にジャンプアウトしたのは太陽近傍の発電環を守護する水星艦隊15000隻。高速ドローン母艦が、破片とガスと電磁波が漂う中を飛び回り、偵察と橋頭堡確保、そして囚人艦隊の生存者の救助を行う。
「姫さま。やつらは冥王星に星流しの凶悪犯ですぞ。そこまでせずとも」
「彼らは義務を果たしました。我らも応えねば、信が立ちません」
水星艦隊のドローン母艦の重力ブイによって普請された次元跳躍橋頭堡に、太陽系連合艦隊の主力が続々と到着する。
数でも質量でも最大なのは、木星艦隊35000隻。木星を統治する巨大企業JHI(Jupiter Heavy Industries)が量産した弐式縮退炉搭載の戦列艦が、宇宙に浮かぶ城壁のように艦列を整えて橋頭堡を守る。
「大番頭。各事業所、配置につきました」
「よろしい。では諸君。おおいに奮いたまえ」
ネビュラ族も、座して見ているわけではない。機雷魚による阻止は失敗したが、要塞珊瑚から放たれた量子魚雷が次元のはざまをスキップして太陽系連合艦隊を襲う。
非実体化する量子魚雷は、戦列艦の重装甲では防げない。量子魚雷三発の直撃を受ければ、次元断層に沈没する。
《木星艦隊右翼。200秒後に量子魚雷の第2波がきます! 迎撃を!》
「神聖隊前へっ! 巫子殿の指定された座標へ次元振動爆雷を投射せよ!」
連合艦隊の危機を救ったのが、金星艦隊の巫子たちだ。
ピラミッド型の神殿艦に座す300人の巫子は、確率・空間操作型の攻撃を得意とするネビュラ族に同じ土俵で対抗できる、太陽系連合艦隊の切り札だ。
金星艦隊は、戦闘艦の数こそ8000隻と少ないが精鋭だ。巫子と思念接続で深くつながった神聖隊を中心に、一心同体となって動く。
「守ってるだけじゃ、ジリ貧だ! 出るぞガラクタども! 死に場所を与えてやるっ!」
「ベゾス荘の者に遅れをとるな! イーロン荘の勇者よ! ついてこい!」
地の利──星の利──を活かしたネビュラ族の長距離攻撃で連合艦隊が削られていく中、火星艦隊20000隻が動き出す。西暦時代末期に宇宙に進出した企業や富豪が別個に入植した火星は、長い歴史を持つ一方、独立不羈の気風が強い。火星艦隊も円蓋荘園ごとに備が分かれている。
有力荘園でも1000隻あまり。小勢ながら機敏な動きでネビュラ族を撹乱する。
水星艦隊で。
「火星武族どもが、また勝手を」
「ですが、彼らのおかげでネビュラ族の艦隊集結が遅れています」
「姫さまはお優しすぎますぞ」
木星艦隊で。
「時は金なり。この間に崩れた艦列を組み直したまえ。長距離砲撃陣の準備も進めよう」
「はい。ですが大番頭。砲撃目標はいずこでしょう」
「今はまだわからない。いずれ金星の巫子たちが探ってくれるだろうさ」
金星艦隊で。
《ネビュラ族の巣を探るため、神殿艦をシリウスAへ近づけます》
「橋頭堡から遠く離れることになります」
《はい。敵の攻撃が予想されます。艦隊の皆さん、よろしくお願いします》
「愛する巫子殿のためであれば、我ら金星艦隊。いかなる苦難も悦びです」
水星、木星、金星、火星の各惑星艦隊が活躍する様子を、ホルス皇子は分厚い艦列の内側から羨望の眼差しで見ていた。
土星艦隊は数こそ木星艦隊に継ぐ30000隻に達するが、主に補給艦と転送艦から構成される支援艦隊だ。前線で戦う各惑星艦隊に、後方から転送システムでエネルギーや弾薬、消耗品を届けるのが役目である。華々しい活躍とは無縁だ。
「すごいな。どの惑星艦隊も勇敢に戦っている。うらやましいな」
「彼らが勇敢に戦えるのは、我ら土星艦隊の転送支援あってのことです。支援がないまま戦えばどうなるかは、先鋒を任された冥王星の囚人艦の様子でおわかりでしょう。太陽系出発時には3000人の囚人がいましたが、生き残りは400人に届きません」
「うむ……彼らは艦が破壊された時に救命転送で逃げることもできぬのだからな」
戦いが激しくなるにつれ、土星艦隊も忙しくなる。
破壊された艦の乗員が、救命転送で病院船に回収されることも増えてきた。
「ホルス皇子。金星艦隊との距離が開きました。E=M転送効率が悪化しつつあります」
「中継艦を出せないか?」
「司令樹から、現時点での中継艦の使用は禁じるとの命令が」
「ホロマップを投影しろ……金星艦隊はどうして次元跳躍橋頭堡から遠ざかっている?」
「神殿艦の巫子たちがネビュラ族の巣を探しているのです。こたびの戦役では難儀しておりますな」
「金星艦隊は、巫子たちを守って行動しているわけか」
ホルス皇子は、守り役のガーウェン特務少佐から聞いた、過去のシリウス戦役を記憶の中で振り返る。
攻めるに易く、守るに難い。
シリウス星系には惑星がない。それは、人類にとっては補給拠点がないことを意味する。あらゆる物資を太陽系からの輸送に頼っており、次元跳躍航路を封鎖され補給切れとなればたちまち撤退に追い込まれる。
星空の中で生まれ、宇宙空間を漂って暮らすネビュラ族にとっても同じだ。
ネビュラ族は星間ガスと恒星からの放射線があれば生きていけるが、それは生存可能なだけ。ネビュラ族が戦うには確率や空間を操作する特殊なリソースが必要だ。そしてそれは、生物が死ぬ瞬間にもっとも効率よく入手できる。
シリウス星系を守るネビュラ族は、他の星系から略奪した生物を巣の中に大量に抱え込んでいる。これまでの戦役でも、巣を破壊されるか奪われるかすると、ネビュラ族は即座に撤退する。
「巣の発見こそは、勝敗を決する大事。金星の巫子を守ることは最優先だ」
「ですが、司令樹からの命令では──」
「わたしが通信中継手を使わずに直接お願いする。思念接続の準備を」
光速(c)を超えるc+(シープラス)航法の使用中は、通信電波やレーザーが通信相手の艦船に追いつけない。そのため、c+搭載艦同士では停泊中であっても無線が使われることはなく、艦隊間の通信は思念接続で行われる。
ホルス皇子は、球形の無重力室に入って体を胎児のように丸め、精神を集中する。
「司令樹への直接思念接続を申請します。わたしは土星艦隊のホルス皇子です」
《土星のホルス皇子。地球樹の枝として、あなたを歓迎します》
ホルス皇子が思念で呼びかけた司令樹は、跳躍橋頭堡の中央に位置する地球艦隊1000隻の旗艦である。地球樹の分枝だ。
地球は太陽系連合の宗主であるが、隕石落下で壊滅して3100年が経過した今も、生態系は回復していない。地球低軌道にリング状に生い茂る巨大な地球樹は、滅びた地球生態系を偲ぶ象徴でもある。
《ホルス皇子。あなたの考えは理解しました。ですが、転送中継艦はただ前進すればよいものではありません。転送中継艦の配置前に、ドローン母艦の重力ブイで空間を均す準備が必要です。新たな跳躍橋頭堡をもうひとつ作るほどの手間がかかるのです。もちろん、ネビュラ族がこれを見逃すことはないでしょう》
「はい」
《現時点で、ふたつの橋頭堡を同時に守ることはできません。連合艦隊の戦力が分散され、大きな損害が出ます》
「わかっています。その上でわたしに提案があります──」
しばらくの後。
太陽系連合艦隊の全艦隊、全将兵に同時に思念が届く。
《地球樹の分枝より、太陽系連合艦隊全将兵へ。我はガーベラ・リリス樹将。司令樹を代表して思念を届ける。作戦計画を変更する。各惑星艦隊は、思念接続によって届いた作戦計画に従い、判断し、行動せよ》
一般将兵は、思念接続に適応した異能を持たないので、届いた思念はこれだけだ。
各惑星艦隊を指揮する提督たちは、続いて怒涛の勢いで流れてきた情報量に圧倒されながら、新たな作戦計画に驚愕する。
現在の次元跳躍橋頭堡を放棄し、連合艦隊総力をあげて、シリウス星系の内軌道に飛び込む──
水星艦隊で。
「まあ。司令樹も思い切られたこと。ですが快い作戦計画です。水星艦隊、ただちに出動。全ドローン母艦を本作戦にあてます。速度が最優先ですよ」
「姫さまの仰せのままに……姫さま? 何か良いことでもありましたか?」
「ふふ……この作戦計画、土星の第七皇子が考えたものだそうです。わたくし、あの少年に興味が出てまいりましたわ」
木星艦隊で。
「いやはや、驚天動地の作戦だね。次元跳躍橋頭堡を放棄するとは。では、木星艦隊も配置転換の準備だ」
「よろしいのでしょうか、大番頭。ここを捨てれば、劣勢となった時に即座に太陽系に脱出することが不可能となります」
「かまわない。大きな利益を狙うために、不確定なリスクをあえておかすのは商売も兵法も一緒ということだ。今回は土星の若き皇子に教えられたな」
火星艦隊で。
《今の思念を聞いたか、アリババ荘のマーよ》
《ああ。まことに傾いた作戦よ。面白くなってきたわい》
《タタ荘のカルモンだ。面白がっている場合ではないぞ。ネビュラ族の艦隊が金星艦隊の進路上に集結してきておる。あれを崩さねば橋頭堡の配置転換より前に、神殿艦が落とされるぞ》
《となれば、我らの役目は決まったな。聖スティーブもご照覧あれ! アップル荘が太陽系連合艦隊の魁を仕る!》
金星艦隊はシリウスAの強烈な陽光に炙られる中、神殿艦を内側に入れて必死の防戦を繰り広げていた。
主力である装甲艦は高い防御力を誇るが、打ち続く敵の攻撃を吸収したシールドはいずれも黒ずみ、あと二度か三度かの攻撃を受ければ脆く崩れてしまうと思われた。
《こいつはいよいよ危ない。シリウスAを背にしたのは失敗であったかもな。これほど背後からの放射線がきついとは。しかも恒星重力の影響で転送効率がさらに落ち、救命転送すら失敗する可能性がある》
《たとえ救命転送が失敗してここでガスと散ったとしても、我らは最後まで巫子どのを守るのが役目だ》
《わかっておる。土星艦隊が新たな橋頭堡へ移動するまで、今しばらくの時間が必要だということもな。ならば次のネビュラ族の攻撃。我ら銀盾隊のみで防ごう。貴君の隊はその次だ》
《……かたじけない》
《なんの。貴君にはもっと苦労してもらわねばな。こういうのは年の順よ》
はたして。
高軌道からのネビュラ族の攻撃を受けた金星艦隊は、銀盾隊3000が壊滅する損害をだした。これまでの損耗と合わせ、金星艦隊は半数以下にまで打ち減らされる。
火星艦隊の決死の撹乱がなければ、そして新たな拠点に前進した土星艦隊からの転送支援が間に合わなければ、続く戦いで金星艦隊は全滅していただろう。
そしてついに、太陽系連合艦隊の全将兵が待ち望んでいたその時がきた。
《こちら金星艦隊。ネビュラ族の巣を発見。座標を転送します》
巫子からの思念を呼び水に、戦況が大きく動きはじめる。
水星艦隊で。
「驚きました。シリウスAのコロナ(恒星外縁ガス層)の中とは……」
「は。太陽近傍での活動に慣れた我ら水星艦隊でさえ、踏み込むことためらわれる場所です」
火星艦隊で。
《ぬう。コロナの中とは。これはさすがに突貫できぬな》
《c+を最大にして軌道をかすめることはできるが、攻撃するため足を止めようものなら、一瞬で蒸発してしまう位置だ》
木星艦隊で。
「はっはっはっ。真打ちと決算は最後にやってくるものだ。ネビュラ族もなかなかに心憎いことをやってくれる。太陽系に戻って次の株主総会が楽しみだ」
「ご機嫌のご様子ですが大番頭。我らの砲撃、コロナに潜む敵に的中できましょうか」
「当たるともさ。わたしを誰だと思っている」
「出自はJHI傍流の逆行衛星アナンケ事業所。庶長子の昼行灯です。こたびのシリウス戦役で木星艦隊大番頭への抜擢人事はいかなる理由によるものか、社内の多くのものが頭を悩ませました」
「そうだ。そしてたいていの物事にはちゃんとした理由があるものだ。きみなら理解しているだろう」
「はい。出陣前の新式重砲陣形の試射。見事な射程と威力でした。感服いたしました」
「そうだろう、そうだろう」
「ですが、命中率は改善の余地ありです。命中せねばいかなる威力の砲撃も……」
「なに、気にすることはない。命中率が低いなら、当たるまで撃ち続ければよいのだ」
JHIのロゴをつけた戦列艦が長距離砲撃陣に陣形を組み直していく様子は、木星艦隊の背後にいる土星艦隊からもよく見えた。
異能の使いすぎで白くなったホルス皇子の髪に、わずかに色が戻る。
シリウスA周辺で薄氷を踏む戦をする金星艦隊や火星艦隊への転送支援が続いている間は、ホルス皇子を含め、土星艦隊の全員が休みなしだったのだ。
「ガーウェン。いよいよ木星艦隊の実力が見られるぞ」
「さようですな──ん。その木星艦隊からの思念です」
「受領してくれ」
「これは……なんてこった。皇子。こいつは木星艦隊からの転送支援要請です」
「転送支援要請? 目の前に浮かぶ木星艦隊から?」
「はい。どうやら木星艦隊は、金に糸目をつけぬ──と思念で伝えてきました──総力砲撃戦で決着をつけるようです。我が方に砲撃が途切れることないよう、弾薬とエネルギーの転送を求めております」
「データをこちらに……わあ、こいつは補給船団が空っぽになりそうだ」
「どうします、皇子。転送距離は短いが量が桁違いだ」
「もちろん、転送する。距離が短いから能力の低い転送オペレーターでも交代要員を増やすことで対応できる。ここで勝負を決めるんだ」
転送支援の準備が整い、いよいよ木星艦隊の砲撃が開始される。
木星艦隊の新式重砲陣形で発射されたc++砲弾は、迎撃のためシリウスA深層から噴き上がった紅炎を一撃で吹き飛ばす。この紅炎は地球とほぼ同じサイズだった。
連合艦隊の将兵から驚愕の声があがる。
木星艦隊の大番頭に“紅炎を吹き消す者”の異名がついた瞬間である。
「見事なもんですな、ホルス皇子」
「うん」
「ですが命中率が従来の砲撃陣に比べて低いのが気になります。輸送船団がカラになる前に当たればいいんですが」
「そうだね」
ホルス皇子の頭の中で「もしも、木星艦隊の総力砲撃でネビュラ族の巣を仕留めきれなかったら」という想定で、作戦が組み立てられていく。
──木星艦隊の砲撃が失敗に終われば、この戦役は負けだ。太陽系への撤退戦になる。新たな次元跳躍橋頭堡を作る時間を稼がなくては。殿は、最前線にあり、戦闘力も残っている火星艦隊になる。火星艦隊は最後の次元跳躍に間に合わない。いや、撤退を成功させるためにも、間に合わせてはいけない。
「皇子! ホルス皇子!」
──各惑星艦隊をくりびきで次元跳躍させ、最後に火星艦隊の乗員だけを救命転送で土星艦隊が回収してから撤退となる。木星艦隊の砲撃で補給船団が空っぽになってるから、そっちに収容させよう。シリウスに捨てていく物資と無人の艦船は囮に使おう。どうせ放棄しても、文明の異なるネビュラ族にとってはゴミにしかならないものだ。
「どうしちまったんです、ホルス皇子」
思考に集中していたため、ホルス皇子の目と耳には、外からの情報がまるで入ってなかった。ぼんやりとした表情の皇子を心配したガーウェン特務少佐の分厚い掌が、ホルス皇子の薄い肩を掴んで揺さぶる。
「……ん?」
「終わりましたぜ。木星艦隊め。ようやく命中させました」
「そうか」
ホルス皇子の顔が、普段のほにゃっ、とした優しい表情になる。
「ネビュラ族は?」
「巣が吹き飛んだと同時に、上位種族は中の生贄の生命エネルギー……か何か、そういうのを吸い取って逃げていきましたよ。残った下位種族の掃討が始まりました」
「では、空になった補給船団を後方に下げる準備を」
「了解です」
ホルス皇子は、ネビュラ族の巣があった場所から吹き上がる恒星フレアを、目を細めてながめた。
第21次シリウス戦役は、こうして太陽系連合艦隊の勝利に終わる。
決定打となった木星艦隊の活躍はおおいに讃えられ、大番頭は一躍、時の人となった。
その影に隠れる形になったが、土星のホルス皇子の名も、この戦いを境に志ある者の間で語られはじめる。
そしてそれが、来る第22次シリウス戦役に影響を与えることになる。