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王国物語

世の中はよくできている

作者: 52ヘルツ


 本日は、私が長年勤めるワイト家について話しましょう。

  

 私の家は代々、ワイト家に仕える執事の家系です。

 物心ついたときから、執事となるべく教育され、見習い、従僕を経て、この家の執事となりました。


 ワイト家は、この王国の三大公爵家の一つで、代々当主が将軍職を賜ることから「軍部の公爵」と呼ばれております。

 

 そのため、歴代当主は皆、荒くれ者、ゴホン…武勇に長けた方でいらっしゃいます。中でも、現当主のグレン・ワイト様は、抜きん出て凶悪……ゆ、優秀な方でした。


 何より、グレン様は、才能もさることながら、時の利にも恵まれた方でした。

 ええ、簡単に申しますと、「むちゃくちゃタイミングよく幸運がやってくる人」でした。



 まず一つ目の幸運は、グレン様が当主を務めた時代です。

 戦争が始まりました。

 

 あの凶悪なヤクザを、平和な時代に留めなくて良かったです。切実に。

 その凄まじい人柄から、どんな劣悪な戦地でも、どんな負け戦でも、必ず成果を上げて帰ってきました。


 東の帝国なんて、グレン様の名前を聞いただけで、今でも怯え、泣き震えるそうです。

 

 戦争は悲惨だと申しますが……グレン様、何したんだ。

 



 二つ目に、グレン様は、どう育て間違ったのか、感情が欠けていました。

 正確には「一部の感情」が欠けていました。楽しいとか、嬉しいとか、そういった感情は、多分……おそらく持っていたのですが、愛おしいとか、哀しいとか、が明らかに欠けていました。


 以前、王命で、西の国へ向かったのですが、何の躊躇いもなく街を焼き払ったそうです。

 その前も、南の国で命乞いをした貴族を、すんなり切り捨てたとか。

 

 もはや悪魔です。


 敵国とはいえ、情けをかけるとか、人命を思うとか、たぶん倫理観がないんですね。


 いえ、別に、戦争の続いた時代でしたので、いちいち気に病んだり、鬱になるよりマシですけど…、マシですけども、倫理観って結構大切ですからね!

 こっちは、毎日ヒヤヒヤしながら仕事してますよ。何かやらかしたら、首が飛びます。物理的に。


 しかし城下では、どう伝わったのか、(あく)を許さない、勇敢な将軍として人気でした。

 

 みんな、騙されるな!

 と叫びたくなりました。運とは、時代とは、恐ろしい物です。


 


 三つ目に、奥様のことです。


 奥様、旧姓ルドミア・フョードロヴナ・ゼリェーヌ様とは、国王の決めた結婚です。同盟国の姫君で、お美しく聡明な方でした。

 

 一同、歓喜しました。

 

 よかったー、他国の出身なら逃げられない!


 グレン様、戦場に行ってから、その悪人顔に磨きがかかりました。

 具体的に申しますと、子供には泣かれ、若い女性なら気を失い、老人は死期を悟るほど。

 国内の女性と結婚すれば、確実に逃げられます。

 

 その点、ルドミア様なら実家に帰るとか、逃げるとか、簡単にはできません。同盟国は険しい山脈を挟み、また、国力差からこの国に強く出られませんから。


 覚悟を決めたのか、ルドミア様はグレン様を慕ってくださいました。心なしか、グレン様もルドミア様を気に入ったそうです。


 ルドミア様に宝石を贈ったり、一緒にドレスを決めたりと、仲睦まじい御様子です。


 このまま、情操教育を! 愛を知りましょう!

 と期待しましたが、無理でした。


「あれは、子を産む道具だ」

 さらっと、言います。


 あー!! そういえば、自分のモノは大切に扱う方でした。

 銃とか剣とか、管理や手入れはきちんと自分でするタイプです。


 しかし、人の心なんて、言わなければ伝わりません。

 ルドミア様も幸せそうですし、良しとしましょう。

 


 順調に夫婦生活は続き、一年経つ頃には、ルドミア様はご懐妊なさいました。


 子供を産む道具という認識ですから、出産後には殺されるのではないか、と使用人一同ハラハラしました。



「おめでとうございます。玉のような女の子です」

 未知との遭遇、といった面持ちで、産まれた子を抱き寄せます。


「こんなに小さくて、弱々しいのか……スペアがいるな」


 この時ばかりは、グレン様が人でなしで良かったと思いました。


 さて、お子様の名前ですが、ここでも問題が起きました。

 ルドミア様が、故郷のルース語の名前を付けたい、と仰います。


 ピクリとグレン様の眉が動きました。


 あ、これ、ダメなやつだ……。

 部屋中を緊張が走ります。あまりの事態に、側にいた従僕なんて顔色を失い、息をしていません。


「なぜだ?」

「実の子なのに、母親が名前を呼べないのは問題がありましょう、グリェン様?」

 この国のエフツ語の名前は、ルドミア様にとって発音しにくいそうです。


「では、両言語の発音で近い名前を付けよう」

 話のわかる外道で良かったー!!

 情に訴えかけるのは無理でも、理論的に説明するのは可能です。



 嬉しそうにルドミア様は、お子様の顔を覗き込みました。

「ふふふ、なんて名前にしようかしら?」



 これに困ったのは私です。

「似た発音の名前をまとめて、報告しろ」と命令されました。

 

 エフツ語とルース語は、発音がかなり違います。例えば、エフツ語のキャサリンは、ルース語でエカチェリーナとなります。もはや別物です。

 

 それを「通常業務に加え」て「洗礼式の前日までに」調べて探して、文書にまとめます。


 荷物をまとめて、再就職先を探した方が早い気がしました。


 

「嬰児の名は、マリヤ・グレノヴナ・ワイト。ーー汝に祝福あれ!」

 洗礼式は、私の血の滲む努力と残業により、恙無く終わりました。

 長子 マリヤ様の名前は、報告書の中から、グレン様が選んだものです。


 おかげ様でこの短期間に、隈ができ、髪は抜け、食事は喉を通らず、げっそりとやつれました。

 事情を知らない神父からは「悪魔に命を削り取られている」と言われました。


 あながち間違っていないので、否定しませんでした。



「あらあら、マーニャが泣いてるわ。ミルクかしら?」

 だと言うのにルドミア様は、マリヤ様をマーニャと愛称で呼びます。


 愛称で呼ぶなら、わざわざルース語の名前を付ける必要無いですよね?


 この夫婦、他人の苦労を知らない、という点でお似合いです。本当に。


 マリヤ様の教育は、使用人一同総出で行いました。

 なんてったって、グレン様で失敗していますからね。それはもう細心の注意を払って、丁寧に育てましたよ。


 ルドミア様に似た美しい子に生まれて良かった。


 というより、グレン様に似なくて良かった。




 その後も、ルドミア様は男の子を産みました。


 今回は、男の子ですからね。一から名前を調べ直しましたよ。


 これまたグレン様により、ヴィクトル・グレノヴィチ・ワイト様と名付けられました。

 ええ、ルドミア様は愛称で、ヴィーチャと呼びます。


 ヴィクトル様も健やかに成長なさいました。いや、そうなるよう尽力しました。




 そして、ルドミア様が三人目を授かった時、最後の戦争が始まりました。


 戦時中の出産でした。ルドミア様は、だらだらと出血が続き、なんとか血を止めた後も産後の肥立ちが悪く、ほとんど寝たきりです。

 医者から、今後の妊娠は無理だと言われました。


 その後、産まれた子、アレクサンドル・グレノヴィチ・ワイト様(愛称サーシャ)が一歳になる前に、終戦となりました。


 グレン様が帰ってきます。


 再び、緊張感に包まれます。今度こそ、ルドミア様が殺されてしまうのではないか、と。

 屋敷では、ルドミア様を慕う使用人も増えました。若い侍女なんて「もしそうなった場合は、あたしが奥様を連れて逃げます!」と話しています。


 グレン様がお帰りの日は、すぐに逃げ出せるように、侍女を含む数名をルドミア様の部屋に待機させ、残りの者達で出迎えました。


「お帰りなさいませ、ご主人様」

 よしっ、まずはアレクサンドル様を見せて、時間を稼ごう。

 そして折を見て、ルドミア様の事を……無理だ、話せない。私が殺される。

 じゃあ、酒を飲ませて、寝たところを拘束し……出来たら、苦労しない!

 いやいや落ち着け! 暴れた時のことを考えて剣も隠したし……短銃持ち歩いていたな。


 半分走馬灯を見ながら、頭を上げます。



 一同、言葉を失いました。


 ーーーグレン様の片腕がありませんでした。




「出迎えご苦労、ルドミアは?」

「は、はい。 奥様はお部屋でお休みです……」

「そうか」

 片腕には触れず、平然とした様子で、ルドミア様の元へ向かいました。


 あ、ヤバイ。 ルドミア様が危ない。


 気を取り直し、後を追います。

 部屋の前では、ポカンとした様子の侍女達がいました。出ていくよう指示されたようです。


 一緒に扉に張り付いて耳をすましますが、中で何が起こっているか、分かりません。


 随分、長い時間が経ったように思えましたし、そうじゃなかったかもしれません。


 ガチャリと扉が開き、グレン様が出て来ました。


 その瞬間、周りにいた侍女達は一斉に逃げ去り、私一人が取り残されました。……嘘だろ。


 覚悟を決めて、話し掛けます。

「ご主人様、あの……奥様のことですが……」

「ああ、医者から手紙を貰った。…ハハッ、あれは良い女だ」

 

 機嫌よく、短く答えました。

 ルドミア様は無事でした。


 グレン様は帰宅後すぐ軍部に戻り、報告や戦後処理に力を入れました。


 本当の意味で戦争が終わった頃、ルドミア様も回復し、立って歩けるようになりました。


 これを機に将軍を引退し、領地に戻るそうです。


「領地では、グリェン様の片腕となります」

「ああ、そうしてくれ」

 仲睦まじい夫婦なんですよね。見た目だけなら。


 ルドミア様は、産む道具から義手、ゴホン……寄り添う妻となりました。




 領地は、広大で、王都にほどよく近く、ほどよく田舎でした。

 穏やかな気候に、美しい風景が自慢です。


「公爵様が王都から戻ってきた!」

 グレン様の帰郷は、領民へとすぐに伝わりました。


 今までの戦果から、この国の英雄だと、この国に平和をもたらしたと、屋敷に着くまでに凱旋パレードのような歓迎を受けました。


 実際のグレン様は、悪逆な戦闘狂だとは思いもしないようです。


 暇な時には、若衆を連れて森へ害獣狩りに行きますからね。

 特に農業を営む領民からの信頼は厚いです。


 ルドミア様も領地に馴染みました。

 その人脈を駆使し、領地の工芸品や特産品を紹介したため、職人、商人からの人気は絶大です。

 生産、出荷が増えたことにより領地の税収も増えました。


「ふふふ、今年はブドウがよく採れたそうですね」

「そうだな」

「王都の子どもたちにも贈ってあげましょう」


 収穫祭などでは、領民達から贈物をたくさん頂きました。


「日持ちがするように、加工品にしましょう。マーニャにジャムを、ヴィーチャにワインを、サーシャにはジュースで良いかしら?」


「貴女は?」

「はい?」


 ああ、そうそう。グレン様ですが、領地に来て少し、本当に少しだけですが、変わりました。ーーー愛を知りました!



「ルドミアの、ルース語での愛称は何だ?」

 言葉を受け、ルドミア様の手が止まります。


「ルドミアは……リュドミーラ、が本来の発音でして、愛称はリューダです」

「リューダ」

「はい」

「俺の片腕、リューダ。 これからも一緒にいてくれるか?」

「はい! もちろんです」

 瞳いっぱいにグレン様を見つめ、優しく微笑みます。


 グレン様は、とても満足そうでした。




◇◇◇




 戦争から帰って来た彼には、片腕が無かった。


「貴女も、俺も、この体だ。もう使い物にならん」

 

 ドカッと、ベッドの傍にあった椅子に腰掛ける。

 苛立ちとも、諦めともとれる表情で、こちらを見据えるが、彼は目つきが悪いから、ただ睨んでいるように見える。


「さて、どうする?」

「ふふふ、私はまだ使えますのよ?」


 ピクリと眉が動いた。

 眉間にシワを寄せて、先程の発言について考えているようだ。


「私は、ワイト家の領地へ行き、グリェン様の代わりに領主を務めることが出来ます」

「既に領主代行の家令がいる」

「あら? 私の方が、上手く出来ますわ。王都での人脈を使って、領地収入を倍にしてみせます」


 ベッドから体を起こし、どうだ! と胸を張った。


「だから、軍がグリェン様を要らない、使えないとするなら、私がもらい受けて、使って差し上げます」

「……ハハハッ、随分な事を言う」


 そう笑う彼を、ベッドから半分身を乗り出して抱きしめた。

 火薬と、砂埃と、汗のにおいがした。


「……もう、痛くはないですか?」

「ああ」

「グリェン様の事ですから、腕がなくても、銃や剣を縛りつけて戦ったのでしょう?」

「ああ」

「では、まだまだグリェン様は使えます。私が保証します」


 聞かずとも、答えは出ている。彼は、まだ戦えると、まだ大丈夫だと、言ってもらいたいだけだ。

 だったら、そう言ってあげて、彼の邪魔にならないように、私は領地で大人しく見守っていよう。


 それが一番だと思ったのに、彼は良しとしなかった。



「軍も良い。……だが、貴女に使われるのも、悪くない」

 そう呟いて、力強く抱きしめ返す。



 ーーーああ、世の中はよくできている。

 今までの想いが報われたように思えた。




ご覧頂き、ありがとうございました!


もしよろしければ、この話の基盤となった「エメラルドの瞳」もどうぞ! https://ncode.syosetu.com/n4454fz/



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