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シンデレラにはならない  作者: 黒川 冬華
1章 旅立ち
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8 妹が妹になる前のお話

マリア視点、主人公が迷子

 五歳頃までいた王宮で、真に家族と呼べるのは三人だけだ。母上と、兄上と、そして乳母のカンナ。父親は、あれは血が繋がっているだけの他人だ。


 何せ、私の母上を殺したのは()()でもあるのだから。


* * *


 王宮に生まれた私は、基本的に母上に会うことは少なかった。王宮の仕来りとして、生まれた子供は乳母に育てられるからだ。そう言うわけで、カンナと過ごした時間は母上と過ごした時間よりも長いと思う。


 それでも、偶に会った母上はとても優しくしてくれた。一番に私を抱き締めてくれて、それから一緒にお茶を飲みながら、私の話を聞いてくれるのだ。

 今になって思えば、母上も日々疲れていただろうに。それでも、ずっと笑顔で相槌を打ってくれた。


 この頃からもう、父親は母上を疎み始めていた。


 母上と父は、学園を卒業すると同時に結婚し、父は国王に即位した。同い年で、とても美人だった母上を父が望んで、二人は結婚することとなった。母上は、それを望んでいなかったのに。

 それでも、母上は王妃の役目を果たしていた。背筋をしゃんと伸ばして、夫に苦言を呈す母上の姿は、当時の私の目に焼き付いていた。


 そして私のもう一人の親であるカンナは、時には厳しく私を育ててくれた。褒める時は褒め、叱る時には叱ってくれた。


* * *


 将軍が帰った後、私は自分の部屋にカンナを招き入れ、ベッドに誘導した。そのまま私も横に座る。


 長い沈黙が続く。


「──その……カンナ。今は、どうしているんだ?」


 やっと沈黙を破ったが、うまく言葉が出ない。決別したつもりだった過去と、再び出会ったのだから。


 どうにもソワソワしてしまって、落ち着かない。組む足を頻繁に入れ替える。急に前髪が目に付いて、指でねじってしまう。

 そんな私を見て、カンナは全てを察したように微笑んでいる。そして、穏やかに話し出した。


「今は、ギード王太子殿下の元にお仕えしておりますよ」

「そうか。兄上は、元気か?」

「はい。毎日忙しく暮らしておられますが、『もうすぐであの父を引き摺り下ろせる』と、殿下のお帰りを楽しみにしておられました」


 それは……随分とイイ性格に育ったらしい。

 最後に兄上に会った時、私は五歳で兄上は八歳だった。あの頃から自信に満ち溢れた、王族らしい性格であったと記憶しているが、それはより一層強まっているようだ。

 母親が死んで、妹が行方不明なったのだから、当然といえば当然かもしれないな。


「兄上は、お変わりないようだな」

「はい。ですがマリア殿下は……随分と変わられたようですね」


 その言葉を受けて、私は苦笑する。そりゃ当然だ、今の私を見て、人見知りで震えていたマリア王女を想像できる人はいないだろう。

 背はずっと伸びて、平均的な男性と同じくらいの高さになった。男物の服を着て、男性的な振る舞いを心掛けている。昔はすぐに言葉が出なくて吃ってしまったものだが、今は当然そんなこともない。


「そうだな、私は随分と変わったよ。それが良いことなのか、悪いことなのかは分からないが」

「良いことでしょう、今の殿下は、イキイキしているように見受けられます。殿下がそう変わられたのはどうしてですか?」

「誰かを守れる人に、なりたかったからだ。母上の様に、もう誰も失いたくなかったからね」


 カンナが困惑する。抽象的すぎたか。ただ、これ以上言うと個人の秘密を暴くことになる。具体的には、姉さんの悲しい記憶を。


「──なあカンナ、お前は私に戻って欲しいかい?」


 話題を切り替えた。そして、今までの前置きを経て、一番聞きたかった事でもある。


「将軍は、きっとこの国のことだけを考えて、私の元を訪ねた。それが私個人にとって茨の道だとしても、この国にとって良い事だからそうしたのだろう。私は、別にそれが悪い事だとは言わない」


 呼吸を挟む。


「しかしそれは寂しいな。お前は、私個人を考えて、この話はどうだと思っている?」

「……確かに、王宮に戻りましたら、そこに待っているのは陰謀だけでございましょう」


 奥歯に物が詰まったような言い方だ。


「なら戻らない方が良いと?」

「……はい。殿下は、こちらでの暮らしを楽しんでおられますか?」


 カンナは、私に質問をし返した。


「ああ、そうだな。食事も服も、王宮に比べたら質素だ。しかし、ここには姉さんも先生もいる。母上は亡くなってしまったが、ここには家族がいるんだ」


 今の私には、もう家族は少ないのだ。姉さんと、カンナ、兄上。その残った家族と一緒に居たい、という思いは自然なものだろう? 


「それならば、殿下個人だけを考えると、残られる方がよろしいのかもしれません……」


 カンナは私が戻ることに反対のようだ。少し意外だ、と思う。それなら何故、将軍はカンナの同行を許可したのか。彼の性格からすると、自分に不利になるようなことはしなさそうであるが。それとも、こちらのほうが有利になると思ったのか。分からないことが多い。


「ただ、王宮は今とても荒れています」


 今度は意を決したようにカンナは顔を上げた。


「陛下は側妃殿下のお部屋に篭っておられますし、指者猊下も同じくです。噂では、側妃殿下の祖国が攻め入る隙を狙っているとか」


 あの国か。


 私は顔をしかめた。その隣国と我が国は犬猿の仲である。その理由は建国当時まで遡り……いや、この話は長くなるのでやめておこうか。

 たしかに、いつか滅ぼしたいと思っている国の内政が混乱していたら、攻めてくるのが自然だ。

 今の段階でまだ攻められていないのがおかしいくらいだ。


「このような状況の中では、乳母一人の心情は考慮されません。そして殿下が戻られるのが最善ならば、殿下の意志さえも蔑ろにされる。それが政治だと。将軍閣下はそう仰っておりました」


 理屈ではこれが良いと思っていても、心情では納得していないらしい。カンナは、変わらず眉を潜めている。


「それで、この手紙を王太子殿下からお預かりしております」

「兄上からか、ありがとう」


 早速、開けて中を読む。私が居ない間の王宮の状況を説明してくれているらしいそれは、とても長かった。しかし、半分くらい読めば大まかな内容は察せるという訳で……そこで私は額を抑えて笑い出した。


 手紙を乱暴に置いて、カンナの方を向く。


「……カンナ、お前をここに寄越した将軍の判断は正しかったようだな。この手紙は確かに、とんでもない効果がある」


 突然笑う私を、驚いて見ていたカンナは、その言葉を否定した。


「最初に、私にここに行くよう命令したのは、王太子殿下でございます」


 なるほど、確かに将軍の頭が切れるイメージはないからな。不自然な状況だとは思ったが、全ては兄上の計算通りということか。そこまでして、兄上は反乱を成功させたいらしい。


「カンナ、私は決めたよ。王宮に戻ってやろうじゃないか」


 色々言いたいことはあるだろうに、カンナは全てを飲み込んでただ、こう言った。それな、全てを諦めた、疲れ切った顔だった。


「はい、殿下の仰せのままに。お待ちしております」


 きっと、カンナにはこれまでもこれからも、沢山の苦労をかけてしまうだろう。これはその始まりだ。いや、始まりは王宮を出た時だったか。


「……ごめんね、カンナ。私は、またお前に頼り切りになってしまう」

「いいのです、殿下。この老いぼれでいいのなら、いつでも頼ってくださいませ」

「ありがとう……」


 ──『隣国から来た妃が、正妃の座を狙っている。静かに眠る母上を冒涜して、自らを売り込もうとしている。時間がないんだ』


 置かれた手紙には、そんな一節があった。

2020.8.15 改訂


主人公……どこだ?

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