表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シンデレラにはならない  作者: 黒川 冬華
1章 旅立ち
8/16

7 わたしが求められている事

 震える手でどうにかお茶を用意して、負のオーラを発するテーブル配膳した。将軍殿下には、王女が可愛がる平民の女、といいように思われていないようだったから、早くここを去りたいと思っていたのに。思ってたのに!

 出来るだけ気配を消していたのに、マリアに腕を掴まれて、話題に無理矢理参加させられた。


「――私を表に引っ張り出したいなら、一つ条件がある。姉さんを連れて行くよ。題目は、補佐役でも女官候補でも何でもいい。ただ、一つ言えるとすれば、それがこの反乱を成功させるための、良い要素になるだろう。私も含めてね」

「ちょっと、マリア!? 冗談じゃないわよね……」


 マリア、何を言ってるのよ! 何で、こんなわたしを! 思わず手元のお盆を落としてしまったのは、仕方のない事だと思う。

 そのままの勢いで、わたしはマリアに詰め寄る。


 視界の端で、将軍閣下が腰を浮かせたのが見えたけど、マリアが手で制した。


「何を言ってるの!? あまり将軍閣下を困らせるものではないわ! ただの村娘をそんなに気軽に連れて行けるわけないでしょう!?」


 まあまあ、という風にマリアが肩を叩いてくる。


「何も考えずに提案したわけじゃないさ。姉さん、先生から何を教えてもらってる?」

「歴史とか……」

「その教えてもらってる歴史は、学園の生徒が習うのとほぼ同じモノだって気付いてるかい?」

「知ってるわよ。けど、だからといって……」

「姉さんは頭も回るし。ねぇ先生? 姉さんを連れて行って良いですよね?」


 そうマリアが尋ねたら、もともと笑っていた先生は更に口角を上げて、こう言った。


「ええ、良いわよ。そうなればもう少し、色んなことを仕込んでも良いわねぇ……ただ、アリアが了承したらだけれど」

「先生まで!? ちょっと待ってください、急すぎて考えられない……」


 この状況を楽しんでいるみたい。マリアに便乗するようなことを言ってきて、わたしは更に混乱した。ただの村娘に、『王宮に来い』って急すぎるのよ。


「将軍、どうせ返答まで期間を設けるだろう? 姉さんはその間に悩んで、それで答えてくれたら良いさ」


 色々と飲み込めていなかったろう将軍閣下は、ため息をひとつ吐いて呆れたようにこう言った。


「……分かりました。一ヶ月ほど後に再び伺いましょう。それと、そちらの娘については」


 わたしの方をちらりと見た。


「殿下の御察しの通りです。弟を置いていきますから、見極めさせますよ。先生のお墨付きなら、それも必要ないのかもしれませんがね」


 今までは静かに座っていらっしゃった女性──カンナと呼ばれていた──は、静かに発言した。


「私は、今夜はこちらに残らせていただきます。ハルヤ様にも許可を得ておりますから」


 おそらく先生と同じくらいの年齢……五十代くらいだろうか。侍女のお仕着せを着た、おおらかな性格だろうと想像できる女性だ。


「ではカンナ、今夜私の部屋に来てくれないか? 積もる話があるんだ」

「その前に、今夜の部屋に案内しますよ。私がアリアの部屋に移動しますから、あなたは私の部屋を使ってください」


 この家の主人である先生がそう言う。


「ご配慮をありがとうございます。お言葉に甘えて、そうさせて頂きます」


 カンナさんは深く頭を下げた。そういえば、今ってまだ夕方なんだよね? 一日がとても長く感じるけれど。先生からアイコンタクトがあったので、わたしが案内しろということらしい。


「あの……お部屋にご案内します。それと、夕食も頂きますよね?」

「はい」

「では……こちらに」


「ニコはどうするんだ? ここは、もう今日は定員オーバーだ」

「ベッドなんかなくても寝れますから。今日は居間でもどこでもいいので、空き部屋を貸してください」

「今日はカンナがいるから無理だが、明日以降は部屋を一つ開けるよ。今日はカンナに譲ってやってくれ」

「勿論ですよ」


 歩き出した後ろから、マリアと彼の話し声が聞こえてくる。

 わたしは先導して、先生の部屋に案内する。本棚とベット、申し訳程度にクローゼットがあるだけだけど、これだけ部屋が分かれてるのも有難いくらいなのだ。

 これだけ広いのは、前に住んでたのが大家族で、どうしても手狭になって建てた家だからだそうだ。それが私の父方の家族のことで、父がこの家を使っていたが亡くなって、先生が譲り受けたらしい。

 父は大家族で、兄弟がとても沢山いた。他の人は、嫁いだり婿に入ったり、亡くなったり。一応親戚には当たるけれど、迷惑はかけられない。


 先導して歩いたり、井戸の場所を教えたり、夕食を食べている間でさえも、わたしは考えずにはいられなかった。


 マリアは、何を思って、あんなことを言ったんだろうか。何故わたしを。マリアはここから出て行ってしまうのかな。


 疑問は深まるばかり。今夜は、眠れそうになかった。


* * *


 ベッドに入って、目を閉じても脳が思考を吐き続ける。明け方も近くなって、ようやく気絶するように眠れても、悪い夢を見てしまってすぐに起きてしまった。

 そんなことを何度も繰り返して、遂に朝になってしまった。ほぼ眠れなかったに等しいし、頭が痛くてすぐにベッドから出られなかった。


 昨夜、この家は重大な事件を迎えたけれど、わたし達以外にとっては普通の一日だった。

 今日はいつも通りの一日を過ごすだろうし、逆にそうしなければならないだろう。あの訪問は、誰にも知られてはならないのだから。

 こう考えると、ポポラの奉公の話も仕組まれてたんじゃないかと疑ってしまうな。そんな訳はないんだけれど。


 裏の井戸の前で一人悶々としていると、カンナさん……昨日泊まられた女性がやってきた。水冷たい、目がさえるなぁ。


「おはようございます、アリア様」


 そう丁寧に頭を下げられたので、わたしは慌てて手を振った。


「あの、ただの村娘にそんな丁寧に……」

「しかし私とて、ただの侍女でございますから。貴女はマリア殿下の姉妹ですから、これくらいは当然です」

「それも、血が繋がってはいません。わたし自身に敬われる点は無いんですから」


 そうすると、カンナさんはようやく納得してくれたようだった。というか、折れてくれたようだった。笑いながらこう提案してきた。


「では、改めて自己紹介を致しましょう。カンナと申します。マリア殿下のお母様の、ミリー様の元で侍女をしていました。幸運にも、ミリー様に気に入っていただけまして、マリア殿下の乳母を務めておりました」

「ご丁寧にありがとうございます。わたしは、アリアといいます……この村の、ハルヤ先生の弟子です」


 『マリアの姉です』と言いかけて、やめた。わたしに、そんな資格はないから。


 唇を噛んで、俯いてしまう。それを見て、カンナさんが声をかけてくれた……ダメだなぁ、お客様を心配させてしまった。


「アリア、この村にいた間の、マリア殿下の様子を教えてくれますか? そのかわり、ここに来られる前の殿下の話をしましょう」


 もし母親がいたらこんな感じなのかなぁ、と思うような、穏やかで優しさの溢れた声だった。


「いいですね。あの、カンナさんは何時ここを発たれるんですか?」

「今日の昼には。貴女方が出て、少しハルヤ様とお話をしたら出るつもりですよ」

「まあ。じゃあ、あまりお話できませんね」


 残念だけれど、お互いにやる事があるのだから仕方がない。


「昨日、殿下を見てとても驚きましたよ。あんなに人見知りでお可愛らしかった殿下が、今は男装をされていたのですから」


 会話もひと段落して、顔を洗ったカンナさんがそう独り言ちた。


 そういえば。十年ほど前、ここに来たばかりのマリアは殆ど話す事もなく、ご飯も食べず、部屋から出ようとしなかった。


「きっと、マリアが男装を始めたのは、わたしが原因だと思います」


 最初の頃マリアは、母親が亡くなったショックもあり、住んでいる場所を追われたという事もあり、ずっと暗い表情をしていた。

 そんなマリアが変わったのは……


「マリアが来て数ヶ月後くらいに、わたしの父が亡くなったんです。その頃はまだ、マリアとは姉妹ではなかったんですけれど」


 わたしは父と二人でこの家に、マリアは先生と別の家に住んでいた。ただ、母と先生は知り合いであったらしいので、それが縁でマリアとはよく会ってはいたのだ。


「それまでは、わたしがマリアの元に押しかけて、遊びに誘っていたんですけれど。父が亡くなってからは、逆にマリアがわたしを慰めに来てくれて。その過程として、気付けばああいう格好をしてました」


 父の死がショックすぎて、その間のことはあまりよく覚えていないけれど、わたしが立ち直った頃には今のマリアができていた。


「殿下はそんなことをされていたのですね。これで、私の疑問は解決しました。アリア、感謝します。私は殿下が生き延びたことは知っておりましたが、市井で暮らしていけるか心配だったのです」


 目じりに滲んだ涙を拭っている、カンナさんの不安を払拭できたようだ。少しでも役に立ててよかった。


 そして、ここで急に後ろから肩を叩かれた。驚いて振り返ると、そこにいるのはマリアだった。

 先ほどまで本人に関する話をしていただけに、気まずさもある。表情からして、これは絶対会話を聞いてたな……


「何だ、本人のいないところで噂話かい?」

「あ……マリア、おはよう」

「おはようございます殿下」

「おはよう、二人とも」


 ニッコリとマリアは笑うけれど、その目元にはクマがあるような……? じっと見つめていると、頭をポンポンと撫でられた。誤魔化すつもりかな。


「さて、私の幼い頃の話かい? 姉さんが知りたいなら、私から話すよ」

「まあ、でもカンナさんから聞きたいわ。向こうでの親のような方だったみたいだし」


 あ、プレッシャーが。私の肩に手を置いて、少し力を込めてくる。もちろん痛くはないけど。よっぽど知られたくない話でもあるのかしらね?


 わたし達の遣り取りを見て、カンナさんが笑っていた。声も出さず、口を押さえてだったけれど、本当に楽しそうなのが伝わってきた。


「カンナ? そんなに笑ってどうしたんだ?」

「ああ殿下、申し訳ございません。ただ、安心したのでございますよ。本当に、殿下のことが心配だったのです。急に王宮から追い出され、突然王女が市井に馴染めるはずがございません。ですか、今姉妹で戯れられている姿を見て……カンナはようやく肩の荷が下りたのでございます」


 マリアはカンナさんに近づいて、彼女に合わせて少ししゃがんだ。すこし照れくさそう。普段は気障なことを言うくせに、こういう時は恥ずかしがるんだから。


「私は、王宮が嫌いだ。しかし、母上も兄上も、そしてカンナも。私を育ててくれてありがとう。だから、こちらで過ごしている間も、先生の家で過ごしてはいるが、先生の娘になったつもりはないよ。私の親は、今も母上とカンナだ」

「まあ、殿下がそんなことを言ってくださるなんて……こんな老婆にも嬉しいことを言っていただけるとは。ミリー様もきっと喜んでおられますわ」

「そう……だね。母上……懐かしいな。戻ったら、墓参りに行かなければ」


 その横顔は何かをこらえるように張りつめていて、それでいて優しくて。胸が締め付けられるようだった。それは、ひと呼吸の内に解けていったけれど、私の胸には悲しみが残った。


 それでも、姉さんは変わらず姉さんだ。振り返って、マリアはウィンクをしてそう言う。


「というわけでさ、姉さんと今夜話そうよ。私が昨日姉さんを巻き込んだ理由、知りたいでしょ?」

「……ええ。約束よ」


 マリアが、私の髪をするりと撫でた。


 きっと、マリアも眠れなかったのだろう、どこか疲れた笑顔だった。

2020.8.15 改訂

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ