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シンデレラにはならない  作者: 黒川 冬華
1章 旅立ち
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6 マリア王女が求められている事

マリア視点、悪巧み

 昔々、この世界は神様によって作られた。私達人間も、植物も、動物も、そして精霊も。

 一人でこの世界を見守ることは、神様にとっても大変なことだった。だから、自らの力を分け与えた『精霊』という存在を作って、この世界を見守らせた。彼らはこの世界ができた時からずっと、私達を見守り続けている。


 私達の住む国フレアリスタ王国は、そんな精霊の一人が建国した国だ。そんな国はここだけ。そしてこの国には、『法の指者』という役職も存在して、それが一番の特色だといっても過言ではない。


 それは、教会の最高位であり、王女が代々継ぐ役目。女性は子供を産み育てる役目があり、政治に干渉するのを禁忌とするこの世界で、その役職はあまりにも異質。しかし、この国にはそんな法の指者が存在するのだ。


 この法の指者──これからは指者と呼ぶ──は、法や王命に対する拒否権を持つ。世の中を動かす男性の目線ではなく、俗世……権力から切り離された女性の目線で。権力とは遠いところで、ただ民や国に良い判断を。

 そんな理由で指者には拒否権が与えられているのだ。


 初代国王の精霊のお妃様が発案をして、この役職が創設された。そして彼女は、姉さんと同じ金髪だったらしい。それから、この国では金髪の人が尊ばれるようになった。姉さんは、それが嫌で髪を隠して生活をしている。


 今夜将軍が、元王女であった私の元を訪ねてきたのは、この指者に関する何かがあったということだろう。


* * *


「将軍殿。どうせ、私に『王宮に戻れ』などと言うつもりなのだろう? 何、話は聞いてやろう。それに、カンナとは積もる話もあることだしね」


 笑顔を心がけて私がそう言うと、将軍の顔が歪んだ。どうやら正解らしい。

 『どの面を下げてここに来たんだ』と怒りたい心境ではあるが、彼がそんなことをするような人間ではないと知っている。ここはひとまず話を聞くことにした。


 彼もなかなかに、苦労してきた人物のはずだ。こんな時期に将軍になり……私の母は、彼の姉だ。私をここまで逃してくれたのも将軍だし、母上が死んだ後の処理も彼がしてくれたのだろう。

 三十代前半のはずだが……結構白髪が目立ってきているし。もちろん、がっしりと筋肉質な体は衰えていない。


「話が長くなるなら、一旦腰を据えることにしよう。ニコ、そんなところで突っ立ってないで君も座ったらどうだ。姉さんは悪いけど、お茶を淹れてきてくれるかな」

「わ、分かったわ」


 どんな交渉が待っているのか、見当もつかない。出来るだけ話の主導権は握っておくべきだ。

 姉さんはまだこの状況に混乱しているみたいで、挙動不審になりながらキッチンに向かった。上の空で火を扱うと、火傷をしないか心配になるな。


 その後ろ姿をちらりと見て、将軍がこう尋ねた。


「先生のお嬢さんですかな?」


 ハルヤ先生は昔、貴族相手にも先生をしていたらしい。だから流石の将軍でもこの接し方……先生はなんで今、こんな所にいるんだか。まあ、そのお陰で私や姉さんは色々教えて貰えている訳だけれど。


「いいえ、彼女は私の友人の娘ですよ。もう親は亡くなってしまいましたが」


 先生がそう答える。目元に皺を浮かべて穏やかに笑うその姿からは、騙し合いの貴族の世界で暮らしていたことは想像もできない。


 ただ、その後にさり気なく『私にとっては二人とも大事な()()です』と付け足したので、前言は撤回しようと思う。流石です、先生。牽制をありがとうございます。

 その発言の意図を十分に汲み取った将軍は言葉につまった。こちらのガードが固いことは分かってもらえたかな?


「それで? 姉さんのことはいいだろう。さっさと本題に入ってくれ」


 私がそう促すと、溜息を一つついて、彼は話し始めた。


「――殿下は、先月にあった不幸をご存知ですかな?」

「ああ……確か、王弟殿下と大臣が亡くなっただろう?」


 もちろん、王弟殿下は私の叔父に当たる方だが、今の私は王族ではないのだ、という気持ちを込めてこう呼んだ。


 私が王宮にいた頃、物心ついた時には『王に疎まれ始めた王妃の娘』という事で、私の立場は曖昧だった。あの頃からもう、隣国の妃が幅を利かせ始めていたというのもある。

 そんな私のことを、殊更気にかけてくれたのが叔父上……王弟殿下だった。何度も私に会いにくることで、自らの立場も脆くなるというのに。当時の私はそれが分からなかったが、こまめに来ては菓子をくれたりする叔父上が好きだった。


 ほぼ顔を合わせることのない王ではなく、叔父上が父親だったらいいのに。当時の私は何度そう思っただろうか。

 いつだったか私がそう言った時、叔父上は『そうだったら嬉しいね』とこっそり仰ってくれた。あの時の柔らかくて、でも諦めの滲んだ笑顔を鮮明に覚えている。


 流石に王弟ともなれば、小さな村にもその訃報は届く。私もそれを知った日は、柄にもなく感傷的な気分になっていたものだ。きっと、王が亡くなるよりもショックだっただろう。私は、あの人を父親だと思ったことはない。むしろ、憎んでいるくらいだな。


 そして、大臣のことはほぼ覚えていないが、確か結構な高齢ではなかっただろうか? それだけを聞けば、大臣については老衰だと考えられなくもないが。


「先月……四月に、王弟殿下がお亡くなりになりました。そして、それから一週間も経たないうちに、大臣のエルド殿も……」


 一週間か。


「とんだ()()もあるものだな」

「大臣の職には、あの方の息子のディックが就きました。まるで、エルド殿が亡くなるのを予言していたかのように、素早い就任でした。ディックとは同い年ですから、学生の頃から知っておりますが……父親のことを嫌っておりました。その頃から、陛下やリステリア様と親しくしておりました」


 リステリア様は法の指者で、国王の妹になる。彼女もまた、自らの宮殿に籠っている。

 将軍や叔父上、王に指者たちは皆三十代であるが、亡くなった大臣は、六十代……私から見れば祖父母の世代である。


 だから将軍は、立場上は対等である大臣に対して、敬う気配を見せていた。この男は将軍であるからこそ、武芸に優れ無骨な性格であるが、敬意や恩などの筋を通す人物でもある。

 そんなところは王の配下として好ましく、しかし腹芸は出来なさそうだと心配にもなった。


「王弟殿下は、それまで王の執務を代行しておりましたが……お亡くなりになられてからは、とある文官がその役目を果たしております。大臣の派閥出身ではありませぬが、なんでも、王の覚えもめでたい文官なのだとか」


 とても大きく頼もしい防波堤が二枚、破られたようだな。


 しかし、それだけならば私の元を訪ねる必要はない。女ができることといえば、指者になることくらい……まさかその事か? 要件は。


「それで、私に王宮に戻って欲しい理由は、もしや──」

「はい、指者になって頂きたいのです」


 姉さんがお茶を淹れていた場所から、私達の話はしっかりと聞こえているはずだ。それが終わってこちらに運んできた姉さんが、将軍の言葉を聞いて目を見開いた。

 それでもカップを落とさないの、流石だよ、姉さん。


「殿下以外の王女のほとんどは、継承権を放棄したか、亡くなられました。残っているのは、現王派の方ばかりです」

「今の指者は? リステリア叔母上だったか」

「殿下も知っておられるでしょう。指者の役目も果たさず、ドレスに宝石に……これでは、王弟殿下や大臣殿がいくら奮闘しても限度があります」


 そういえば、私が王宮にいた頃も引き籠ってあまり姿を見なかったような。


 随分と厄介な状況の様だな……反乱を起こしたくとも、その後に要職に就く人間がいなくては、反乱の後が持たずに、混乱しているところを隣国に攻められて終わる。

 きっと、将軍達……革新派が陥っているジレンマはそんなところだろう。


 ……ふむ。

 実の所、私自身は王宮に戻っても良いと思っている。それが、この国の為になるなら。いままでにそうしなかったのは、向こうの都合で追い出された私がそこまでする義理もないと思っているからだ。

 それでも、母上に加えて叔父上までもが亡くなられたのなら、私の耳に声が届いたのなら。


 ただ戻るのも面白くない。そして、せっかく私が介入するのなら、速やかに全てを終わらせたい。


 なら──


 大人たちの前にカップを置いて、ひとつお辞儀して退出しようとした姉さんの腕をつかむ。


「マリア? どうしたの?」

「――私を表に引っ張り出したいなら、一つ条件がある。姉さんを連れて行くよ。題目は、補佐役でも女官候補でも何でもいい。ただ、一つ言えるとすれば、それがこの反乱を成功させるための、良い要素になるだろう。私も含めてね」

「ちょっと、マリア!? 冗談じゃないわよね……」


 お茶に口を付けていた将軍が、その言葉を聞いてむせた。おいおい、将軍だろう。この程度で驚いていて腹芸ができるのか。

 カンナ……昔に私の女官だった人は、おやおやというように目を見開いて、面白そうに目を細めた。昔から、子供の無茶ぶりを怒らずに叶えてくれた人だ。さすがの余裕だな。流れるように、将軍の背中を撫でていた。

 一人先生だけは、おもちゃを見つけた子供のように笑みを深くした。まるで、私のこの要求を察していたように。


 へなへなと座り込もうとした姉さんの腰を支える。うん、爆弾を投下して主導権を握ろうとしたのは確かだが、ここまで場を混乱させるとは思わなかったな。

2020.8.15 改訂


この小説では、王の娘でなくても、王家の血を引いていたら王女と呼ばれます。外から嫁いできた女性以外は、という事です。

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