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シンデレラにはならない  作者: 黒川 冬華
1章 旅立ち
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3 ポポラはタンポポの様に素朴

 朝家を出て、村長の屋敷の前でマリアと別れた後、わたしはポポラの部屋に来ていた。そこで、いつも刺繍などの内職をしている。村長の家といえども、部屋数に余裕はないのだ。ポポラらしい、素朴な部屋に集まっておしゃべりしながら手を動かす。

 いつも通りその部屋に行くと、先にポポラが来ていた。扉をノックして入ったわたしに気付き、三つ編みをふわりと浮かせてこちらを見た。


「あ、おはよう! アリア」

「おはよう、ポポラ」


 エプロンワンピースを着た彼女は、暖かみのあるこの部屋に見合った、優しくてかわいい女の子だ。ほわほわした雰囲気の、小動物に例えられそうな子。決して華やかではないけれど、素朴な可愛さがあって、村の男子には好かれているのを知っている。危なっかしいと思われているのだろう。本人が気づいてるかは知らないけど。

 ちなみにポポラ自身の恋愛の認識については、『マリアってかっこいいよね!』という返答だったので、男子たちには頑張ってほしいと思う。冗談半分にしても、女子に負ける男子ってどうなんだろうか……いや、相手がマリアならしょうがないか。


 そのままポポラの背後に回ると、もう手を動かし始めていた。まだ、仕事始めの時間の鐘は鳴ってないのに。


「もうポポラは作業始めてたのね。相変わらず、刺繍の図案が可愛い。これは小鳥?」

「そうだよ。ちょっと奮発して、銀色の糸で縫い取ろうと思ってるの。貴族のご令嬢でも、可愛いの感覚は一緒だと思うから」


 ポポラは、ハンカチにシンプルな刺繍を入れていた。


 私達の作った刺繍は、貴族の人たちに売られている。それは技術が必要な代わりに、まずまずの金額を手に入れることができる。畑に出ることが出来ないわたしには、これくらいでしかお金を稼げない。それでも、村長の家でこうやって技術を教えてもらい、仕事ができている。


 わたしも、縫いかけのハンカチを取り出してきて作業を始める。そういえば……と、朝にマリアと話していたことを思い出した。


「朝にマリアと話してたんだけれどね、将来にどうしたいの? って聞かれたの」

「アリアも私と同い年だから……もう十六なんだよね。マリアもそういえば、もうすぐ十六になるんだ」

「そうなの。どうしたいの、って言われても、困るだけだわ。そんなの、自分で決められるわけないもの」


 私がそう言うと、ポポラは作業を止めてこちらに向き直った。真剣な表情で話し出した。


「それでも、夢を見てもいいんじゃない? もしもお城でお姫様になれたらなとか、かっこいい王子様が迎えに来てくれないかな、とか」

「……考えたことなかったわ。そんなの、起きるわけないし。わたしはただの村娘でしかないもの」


 むぅ、とポポラは頬を膨らませた。幼い……とは一応成人している人には失礼か。でも可愛い。こういう仕草が男子に人気なのかな。


「確かにそうかもしれないけどさ……現実ばっかりみてても悲しいだけじゃない。特に、アリアは夢を見てもいいんじゃないかな、って思うよ」

「特に……って言われても」

「アリアはきれいだから、貴族の人に見染められるのも不思議じゃないと思うなぁ。だって、髪はサラサラでツヤツヤだし、緑の瞳も森の奥の色のようで綺麗だもん」


 急に褒められだしたので、わたしは頬が熱くなった。ポポラの服を引っ張る。


「や、やめてよ……そんなに褒めても何も出ないわ」

「ほら、可愛いよ。やっぱり。照れちゃって」


 くすくすとポポラは笑い、そんな彼女の仕草の方が可愛いのにな、と思う。


「アリアがそう無自覚なのはなんでなんだろうねぇ? って、言うまでもないのかな……マリアの牽制が巧みすぎるからか」

「……? 最後何か言った?」


 小声で言われたので聞き取れなかった。


「何でもないよ。その、えっと、アリアは綺麗すぎるから貴族の令嬢じゃないよね、って疑っちゃうなって」

「まさか! そんなわけないわ。両親ともに、きちんとこの村にいました。お母さんは直ぐに死んでしまったから知らないけれど、産んだのはこの村でよ。お父さんはちゃんと一緒に暮らしていたし。それに……もしそんな雰囲気の人が居るのであれば、それはわたしじゃなくてマリアよ」


亡くなったと聞いて、ポポラは顔を顰めた。


「あ……ごめんなさい。悲しいことを思い出させて」

「いいのよ。もうだいぶ前のことだもの」

「ごめんね。……たしかに、マリアもそんな雰囲気があるね。彼女に告白しようっていう男子がいればだけど」

「……そうね」


あとはいつもの様に会話をしていると、部屋にポポラのお母さんが入ってきた。


「おはようございます、シオンさん」

「おはよう、アリア」


 シオンさんは母の知り合いだったらしい。母が死んだ後も、何かと気にかけてくれている。昔は貴族のの屋敷で働いていたらしい、すらりとした、できる女性という第一印象だ。それでもポポラの母親なだけあって、接してみれば穏やかで、滅多なことでは怒らない優しい人だ。


「ポポラは、昨日のことをアリアにはもう伝えた?」


 今までのからかうような表情から一転して、その一瞬でポポラの笑顔が曇ったのが分かった。昨日のこと、というのが原因だろうか。


「まだ言ってない」

「後回しにしてもしょうがないわよ、ポポラから言わないなら、私が言っちゃうわよ? それでもいいの?」


 柔らかい言い方でもやることは厳しいな。あくまで、発破をかけただけの様で、本当に自分から言うつもりではないようだけれど。


「自分から言う。そのね、アリア。あのね、私ね、お城に奉公に出ることになったの」

「え? 城に?」

「うん」


 城とは、もちろん王宮のことだ。しかし……


「今、王宮は……」


 噂によると、王弟殿下や大臣閣下が最近亡くなられたとか。最近は、随分きな臭い噂が多くなって来ている。


「知ってるわ。私としても普通の女官では拒否したいところだったもの。募集されたのは桜花宮の女官なの」


 シオンさんがフォローを入れてくれる。王宮からの命令は絶対とはいえ、娘を危険なところに遣るのは嫌だったに違いない。使用人時代の人脈は広そうだし、いろいろ調べられたんだろうな。


 桜花宮とは法の指者の住居であり、仕事場でもある所だ。男子禁制……ではないか。指者の夫とその護衛辺りは例外だ。ほとんど女性しか居ないらしいけど。


 その特殊性から、現実と隔離されている印象がある場所だ。


「募集が来たのは、指者本人とは何も関係のない、ほかの女官の世話の仕事よ。ある意味下働きで、見染められるチャンスがない代わりに、目を付けられることもない」

「それでも……今王宮に行くのは良くない、ですよね」


 本来、王宮で働くというのは女性の憧れの仕事だ。その枠が空くということは、辞めたがっている人がいるということ。


 それは分かりませんが……とシオンさんはため息をこぼしてこう言った。


「基本的に数年で帰ってくることが出来るとは思うわ。成人してすぐの花盛りの時期を下働きで潰すことになるし、本当は行ってほしくはないけれど。村長の家の娘はポポラだけなんだもの」


 その日一日中、わたしは何度も指に針を刺してしまった。


* * *


 お昼を過ぎても集中力は回復しなくて、指が痛くなってきた。と、そろそろ家に帰る時間になろうかというその時、玄関の方から物音がした。


 この家は村長の家なので、この辺りでは一番大きい。ただの農村に宿屋なんてあるはずが無いので、旅人の方が滞在される時にはここを使われる。と言うわけで客人の方が来られるのは、そう珍しいことではない。


 今日もそんな旅人の一人が訪ねてきたようで、シオンさんが玄関で応答をしているようだった。それを、部屋の扉を少しだけ開けて覗いていたポポラが、顔の横の二本の三つ編みを跳ねさせて言う。


「ねえアリア! 凄くかっこいい人が来てるよ!」

「かっこいい人?」


 わたしも同じように覗き込んで、納得。確かにかっこいい人がいる……というよりあの方は貴族の方じゃないだろうか。


 歳はわたしくらいだろう。身なりがとても良い。派手な服装ではなくて、一見地味目だけれど、上質で洗い古されていない生地、服の形も農村の平民のものではない。それだけならば裕福な商人の息子というのもあり得るけれど、帯剣しているという事は貴族、それも騎士だろう。

 灰色の、肩に付く位であろう髪は清潔そうに後ろでまとめているし、がっしりとして筋肉がバランスよくついた体も、それを証明する根拠になりそうだ。騎士とは、高潔で誰よりも強くあらねばならないから。


 お付きの人もいないのは、護身の心得があって……一人でないといけない理由があるという事。


「確かにかっこいいけれど……貴族の方ではないかしら?」

「そうだね。こんな村にどうして来られたんだろう。おじいちゃん、何かしたのかな」

「シオンさんが驚いてないところを見るに、予定されてたみたいだけれど」


 いつも通りに応答しているように見えて、シオンさんの頬は若干引きつっている。行儀が悪いけれど、少し盗み聞きをすることにした。


「――失礼、こちらは村長殿のお宅で?」

「はい。どのようなご用件でございますか?」


 彼は貴族だろうに、平民であるわたし達に対しても丁寧に対応している。低く落ち着いた声で、穏やかに話している。


「ああ、マリアという方が、昼間はここに居ると伺ったもので。彼女に用事があって、ハルヤ先生の家で待たせて頂いていたのですが、『もうそろそろ仕事も終わるから迎えに行きなさい』と先生が」


 眉を下げて、少し困った様に彼がいう。その下の誠実そうな瞳は、透き通った灰色だ。光が透けると、ほんのりと青色がさす。あの青を、わたしはどこかで見たことがある気がする。


「ああ、彼女に会いに。そろそろ仕事も終わる頃でしょうから、呼びに行きます」

「お願いします」


 シオンさんはこちらを向いて、わたしに目線で示した。おそらく、呼びに行けということだろう。軽く頷いて、わたしは階段を登った……って、のぞき見してたの気付かれてたな。怒られそう。


 彼とは、これから先長い付き合いになる人物となる。そして、彼が来たことで、この村での平穏な日常も終わりを告げるのだ。


 彼の素性に関して疑問も抱かず、マリアのいる部屋の扉を叩くわたしには、そんな事は知るよしもなかった。

2020.8.15 改訂

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