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シンデレラにはならない  作者: 黒川 冬華
1章 旅立ち
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1 言うならばRPGの始まりの村編

 朝日が森の方から昇る。それと同時に村全体が起き出した。その活気に釣られて、わたしも目を開けた。なんて事はない、よく晴れた春の日である。この時期では普通の気温で、朝だから空気は澄んでいるけれど、空は青く高い。


 こんな普通の日だからこそ、何かいいことが起きそうだ。そう思いながら体を起こしたのに、その気分は一瞬で台無しになった。ため息をつく。


 それは、視界に入った()()のせい。


 ゆったりと波打つそれは、わたしの頭から流れているもの。憎たらしくなるほどに艶やかで、滑らかだ。こんな平凡で、だからこそ穏やかな村の風景には似合わない。ただの村娘のわたしにも。

 ベッドサイドのテーブルに手を伸ばし、置いてあるペンダントを身に付ける。すると、視界に入った色が気にならなくなり、ほっと一息をついた。


 髪を一房目の前にかざしてみても、その色を認識するのを頭が拒む。けれど、見るのをやめたら、さっきまで見ていた色を思い出せなくなる。このペンダントのおかげで、わたしは普通の生活を送ることができる。この金色に邪魔されない生活を。


 今度こそは気合を入れて立ち上がり、朝の支度をすることにした。


* * *


 家を出て、裏の井戸に向かう。家ではまだわたしの妹が寝ているので、あまり音を立てないように。顔を洗って、ほっと一息つく。まだ少し残ったさっきのモヤモヤが、冷たい水で洗い流されていくみたいだ。


 そこで、後ろから声をかけられた。先生だ。


「おはようございます、ハルヤ先生」

「おはよう、アリア。今日も起きるのが早いわねぇ」


 先生とはわたしが居候している家の主人だ。この村で子供達の教師……と言うよりかは子供達の面倒を見ている。わたしと妹も、先生に色々と習っている。


 五十代後半くらいの女性で、独身。おっとりとしているけれど、考えて動いているから無駄がない。そして知性も感じられる、まさしく才媛という言葉が似合う人だ。


「早いだなんて……先生だってこの時間に起きてるじゃないですか」

「まあ、それもそうね……アリア、今日も洗濯お願いね」

「はい、わかってますよ。先生が朝ごはんを作ってくれますからね」

「そういうことよ」


 先生も顔を洗いながら言う。


「一緒に住んでいて、全員が仕事をしているんだから──見習いも含めてね。仕事は分担しなきゃ」

「ふふっ、そうですね。じゃあ、マリアを起こして、それから洗濯します。今日は天気がいいからシーツも干して」

「そうね、今日は洗濯日和だわ。何かいいことが起きそうな予感」


 じゃ、よろしくね。そう言って先生は家に入っていった。五十を超えていると思うのに、それを感じさせない軽やかな動きだ。


 じゃあわたしも働こうか。


 まずは妹、マリアを起こしに行くことにした。


* * *


 わたしの名前はアリア。一緒に住むのは二人。妹のマリアと、村の教師のハルヤ先生。わたし達姉妹が先生の下でお世話になっているようなものだ。わたし達はこの三人で暮らしている。女三人で、不便さが無いといえば嘘になるけど、それは近所の人が助けてくれるから大丈夫。


 わたしは十六になったばかり、マリアも来月で十六歳になる。この国では十六で成人だから、わたしはもう大人だしマリアももうすぐだ。

 それで、わたし達は村長の下で見習いをしている。わたしは村長の娘と一緒に刺繍とか。マリアは村長の下で書類整理を。手に職をつけて生きないといけないから。


 わたしとマリア、先生の三人はどこも血が繋がっていない。わたしはこの村で生まれ、両親は小さい頃に亡くなってしまった。

 マリアは、五歳くらいの時にこの村に連れてこられた。親に捨てられて。先生は、わたしが生まれる前にここに来たらしい。持っている本の量や種類を考えても、普通の人ではないのだろうな、と思っている。


 そんな三人で協力して生活をしているのだけれど、残念ながらわたしはあまり身体が強くないので、力仕事関係はマリアに任せている……というか、やらせてくれないのだ。一人でやろうとしたら気付かれて、取り上げられてしまう。

 マリアは女性にしたら力もあるし、背も高いから。密かにやろうとしてもすぐに気付かれるし、最近は諦めて最初から頼むようにしている。……うん、いいんだ。喜んでやってくれるし。


* * *


 部屋に入っても、マリアはまだ熟睡している。村長の手伝いをするくらいに頭がいい、運動も卒なくこなすマリアだけれど、唯一朝が苦手だ。現に、今も布団にくるまったままだ。


 いつもは不敵な笑みが浮かんでいる顔も、眠っているためかあどけない。その顔の周りを栗色の髪が彩っていて、その髪に沿って視線を滑らせていくと……男物のシャツが見える。中身はたしかに細身ながらも女性らしい体つきだ。しかし着ているのは男物。別に寝間着がこれというわけではなく、ずっと男装をしている。

 もう出会った時からでわたしは慣れたけれど、これがまた格好良い。マリアが妹で良かったと思う。こんななりをしていたとしても、マリアはわたしの可愛い妹だ。


「マリア? 朝よ、起きなさいな」


 そのまま肩を揺すって起こそうとする。寝返りをうって目が薄く開いたと思ったら……


「んー……姉さん」

「ちょっ──もう、マリアったら!」

「あははっ。ねぇさーん」


 その手を引かれてベッドに引き摺り込まれた。そしてどさくさに紛れてがっしりホールドされて抜け出せなくなってしまった。口元の笑みがわざとらしいので、最初は寝ぼけていて今は起きている確信犯だ、きっと。


「マリア、起きてるんでしょう?」

「んー?」

「ああもう……その顔は絶対起きてる……起きましょうよ」

「えぇ……もうちょっとくらいいいじゃないか」

「ほら、やっぱり起きてた……ダメよ、今日は天気がいいからシーツを干したいの」


 だから手伝って、と告げると頼られたのが嬉しかったのか、今度はしゃきっと起きた。最初からこう言っていれば良かった……と思いながらわたしもベッドから起き上がる。


「姉さんがそこまで言うなら――って、はいはい、ごめんね。ベッドに引き摺り込んで」

「もぅ」

「ははは……だからごめんって。ほら、着替えるから待っててよ」

「わかったわ」


 マリアが着替えている間、わたしはそのままベッドに座って待っていた。──ふと、机に目を向ける。そこには山積みの書類があった。昨夜も遅かったのだろうか、机の上には他の書類が散乱している。


 村長の仕事を手伝っているマリアは、仕事が終わりきらずに書類を持って帰ってくることがある。特に、最近は頻繁に。


 それを無言で見つめていると、着替えが終わったらしいマリアが横に座って、わたしの頭を撫でた。視線をマリアに向ける。


「ああ。机、散らかってるね。見苦しい物を見せてしまった」

「いえ、それは良いのよ……片付けたほうが良いとは思うけれど」

「う……ごめん」


 目がそらされた。頭を撫でてくる手を取って、顔をこちらに向けさせる。青色と目が合う。


「でも、片付ける暇もないほど忙しいのでしょう? 最近は特に。昨日も夜遅くまで物音が聞こえたわ」

「ごめん、起こしてしまった?」

「いいのよ。わたしが手伝えたら良いのに」


 不満な顔でそういうと、マリアは笑った。


「あはは、その気持ちだけでありがたいよ。姉さんには姉さんのやることがあるんだし」

「えぇ……そうなんだけれど。でも……うん、そうね。わたしはわたしに出来る範囲でマリアをサポートするわ」

「うん、それでいいんだよ。私は大丈夫だから。私は姉さんがこうしてサポートしてくれるだけで嬉しいんだからさ」


 立ち上がったマリアが、こちらに手を差し出してこう言う。全く、こんなことをするからマリアは同性にモテるのよ。


「さ、今日はシーツを干すんだろう? 行こうか」

「はいはい。まずはここのシーツから、剥がさないとね」


 その手を取って立ち上がる。するとマリアは胸に手を当てて、大げさにお辞儀をしてみせた。


「はい、仰せのままに。お嬢様」

「お嬢様はシーツ干しなんて頼まないわよ」

「ふっ、それもそうだね」


 呆れたわたしにマリアは笑ってそう言った。

2020.8.15 改訂

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