第八話 龍神石の大結界
翌朝、エリザベスに会う。
ステからエリザベスに報告する。
「マリアですが魔物が化けていました。魔物がまた源泉を止めようとしたので、退治しました」
エリザベスの表情は冴えない。
「マリアが見えないわけはわかったわ。でも、魔物だって、本当なのかい?」
「俺とマリアは友達なんです。マリアが住むピオネ村にまで行って、本物が家にいるかどうかを確認してから、退治しました」
エリザベスは納得した。
「家まで行って確認してきたのなら、本当なんだろうね。すっかり、信じてしまっていたわ。でも、これで温泉は大丈夫なのね」
ステが「大丈夫です」と教えようとすると、セオが前に出る。
「いいえ、そうとも言えません。この村には魔物を入れなくする龍神の結界がありました。その結界がなくなって魔物が入ってきたのが、全ての始まりです」
龍神とは人と神を結ぶ古の善なる存在だった。
エリザベスは曇った顔で語る。
「龍神の結界なんて作り話だよ。そんなのないさ」
「いいえ、少なくとも三十年前まではありました。結界を修復しないと、また魔物は入ってきますよ」
三十年前なんて、セオが生まれていないだろう。どうして、そんな昔の出来事を知っているんだ? セオは誰に訊いたんだろう?
エリザベスは首を横に振って否定した。
「私も四十年、この村に住んでいる。だけどね、結界なんて大層なものは、ガンバリ村にはないよ」
「では、こちらで探して修復して行っていいですか? 結界の修復までやらないと、仕事を終えたことにならない」
エリザベスは不安な顔をセオに向ける。
「やってくれるのなら、いいけど。別に料金が掛かるんだろう?」
追加費用を心配していたのか。俺は実費でいいんだけどな。
「結界の修復のお礼はお気持ち程度でいいですよ」
「そうかい? それじゃあ頼もうかね」
温泉旅館を後にする。
ステはセオに疑問をぶつけた。
「俺は結界を見たわけでもない。本当にあったのか、結界なんて?」
「あるよ。村を囲むようにある四つの源泉。あれが、小結界の要だったんだよ」
なるほど。源泉は単にお湯が出る場所ではなかったのか。それなら、魔物が塞いだ理由がわかる。
「魔物が源泉を塞ごうとした理由が結界か。でも、源泉を小結界と呼ぶのなら、大結界もあるんだろう」
「村の中心に、結界の大元になる龍神石と呼ばれる石が置かれていた。これが大結界を村に張っていた。龍神石を囲むように、四か所にある源泉が小結界の役目を果たしていたんだよ」
セオの言わんとする話はわかった。
「大結界が強力な魔物の侵入を防ぐ。小結界が弱い魔物の侵入を防いでいた。とすると、村に大結界を張っていた龍神石に何かが起きたのか?」
「そうなんだ。龍神石が祀ってある場所に行ってみよう」
「確認したほうがいいな」
セオは村の中心にある広場に行く。広場には温泉を使った直径五mの噴水があった。
噴水には一段高いところに全長百八十㎝の神像がある。
神像の胸には拳大の水晶玉が嵌まっていた。
「なんか、立派な神像があるな。胸の所に嵌まっている水晶玉が龍神石? いや、輝きが違う。神像の胸に嵌まっているのはガラス玉だね」
「以前は龍神石が像の胸に嵌まっていた。だが、誰かが持ち出したんだよ」
「よし、人に訊いてみよう」
さて、誰がいいだろう?
あの、お爺さんなんか、いいな。あのお爺さん、座り姿がしっかりしていて、立派な佇まいがある。
ステは広場のベンチに腰掛ける老人に話し懸ける。
老人は紺色のゆったりした上下の服を着て、ベレー帽子を被っていた。
「あそこに立っている神像について知りたいんです。神像の胸の所に嵌まっている玉は龍神石ではなく、ガラス玉ですよね」
老人は渋い顔で昔を語る。
「残念じゃが、お前さんの言う通りじゃ。昔は龍神石が嵌まっていた。じゃが、王都から来た役人が、村から龍神石を買い上げて行ったんじゃ」
セオの行った通りか。村の中から龍神石が消えていたな。でも、どうして、セオは田舎の昔の出来事を知っているんだ?
セオが老人に尋ねる。
「なら、新しい龍神石が欲しいんですが、分けてもらえませんか?」
セオの言葉にステは驚いた。
龍神石は精霊石よりも珍しい物である。一介の老人が持っている品ではない。
老人が困った顔で、首を横に振る。
「おいおい、何を言うんじゃ。儂は単なる村のおいぼれじゃ」
セオは知的な顔で、言葉を続ける。
「本当にそうでしょうか? 龍神は人に龍神石を与える時に、見張りに龍人を付けるといいます。龍人は人に化けて見張りをします。お爺さんが見張りなんでしょう?」
そんなわけあるか、と突っ込もうとした。
だが、老人の顔付きが真剣なものに変わる。
「なぜ、儂が龍人だとわかった? お主、只者ではないな」
本当にお爺さんが龍人なの? セオの眼力って異常だぞ。セオはただの山師じゃない。
セオは柔らかい顔で謙遜する。
「僕はただちょっと人より目がいいだけの山師ですよ」
「いいじゃろう。お主が村のために龍神石が必要というなら、試してやろう。従いてきなされ」
老人は村にある転移門まで移動する。老人が転移門を潜った。
続いてセオとステは転移門を潜る。出た場所は空に浮く逆円錐形の大地だった。
大地の広さは直径百mと広い。
下を見ると雲があるので高さは不明。大地の上には老人はいない。
老人の声だけがする。
「さあ、龍神石が欲しければ、守護者を倒してみよ」
地面から岩が噴き出し、全長五mの巨人となる。
セオが叫ぶ。
「こっちは、僕が相手をする。ステは竜を頼む」
頼む、とお願いされても竜なんていない。セオと巨人が戦いを始める。
どうしたものかと迷っていると、雲を突き抜けて、全長八mの真黒な竜が現れた。
竜には手はないものの、大きな翼を持ち、強靭な体躯を持っていた。
「よし、来た。俺が相手だ」
竜はステを焼き尽くせるほど大きな火の玉を吐いた。
すかさず、獅子王刈で火の玉を受ける。獅子王刈は炎を吸収した。
獅子王刈を振りかぶって振りぬく。火の玉が竜に目掛けて飛んで行った。
火の玉が当たると、竜は少しだけ怯んだ。
さすがに、竜は炎では倒せないか。
竜は突進してステを踏みつけに来た。龍の攻撃を俊敏に左右に躱す。
獅子王刈で竜の足を攻撃する。竜の足が、見る見る間に傷だらけになる。
竜は攻撃が当たらず、苛ついていた。
竜が噛み付きに来ようとしたタイミングで、技を仕掛ける。
ステは自身に万能属性の気を纏う。
獅子王刈に、ステの発生する万能属性の気を吸い上げさせた。
大鎌の刃が一段と大きくなり、光の刃を纏う。
「大鎌術、鬼刈の刃」
噛み付きに来た首の一撃を回避して獅子王刈で薙ぐ。
獅子王刈は見事に竜の首を刈った。竜から大量の黒い靄が発生して天に昇っていく。
敵を倒したステは、セオの援護に行こうとした。
岩の巨人は体を半分ほど破壊されており、勝負は着きそうだった。
セオがピッケルを振り上げる。ピッケルが光り巨大化した。
光と化したピッケルを、セオが振り下ろす。
上半身だけになった岩巨人をセオが砕く場面が目に映った。
こっちも、もう終わりか。
岩巨人の頭が砕ける。一瞬の閃光の後、岩巨人が爆発した。
セオは爆発に巻き込まれ大地を転がってくる。セオが大陸から落ちる危険性があった。
走り込んでセオの襟首を掴む。
セオは力なく笑う。
「痛てて、性にもない仕事をするといつもこうだよ」
するすると小さくなった魔法のピッケルをセオは背負う。
二体の敵が消えると、老人が再び姿を現す。
老人は厳かに告げる。
「本来なら試練はこれで終わりではない。だが、竜の乱入は予想外の事態だ。ゆえに、特別に、これで終わりとしてやろう」
老人は紐の付いた茶色い布の袋を渡してくれた。
中を見ると、水晶玉のような綺麗な石が入っていた。
「水の龍神石じゃ。今度なくしたらもう知らん、と村の人間によく言ってきかせるのじゃぞ」
老人が消えると後には転移門が残っていた。
転移門を潜るとガンバリの村だった。
エリザベスの元に行く。
「村から失われた龍神石を再び取ってきました。これを、村の噴水にある像のガラス玉と交換してください。村を覆う結界が再び張られます」
エリザベスは龍神石をしげしげと確認する
「そうかい。なら、言われた通りにしてみようかね」
ステは付け加える。
「大事な品なので、もう村からなくならないように、気を付けてください」
「わかったよ。また、魔物が出て源泉が涸れたら問題だからね」
女将さんから心ばかりの報酬を貰った。
セオは入浴料を払って風呂に入ろうとした。
中居さんが感じの良い顔で応じる。
「いいよ。村のために働いたんだろう。今日はサービスで入れてあげるよ」
「本当ですか、ありがとうございます」
温泉は源泉が復活して間もないせいか、利用客が少なかった。
二人で温泉にゆっくり浸かる。
ステは気になっていたのでセオに尋ねる。
「セオって不思議な奴だよね。まるで、このガンバリの村で何が起きるか、わかっていたみたいだ」
セオは少しばかり沈んだ顔で教えてくれた。
「ステに正直に教える。みたいじゃなく、わかっていたんだよ。僕の目は未来と過去を見通すんだ。これ、秘密だよ」
未来と過去が見える、か。一緒に行動しなければ、信じられない話だな。
「凄い特技だな」
セオは穏やかな顔でステを褒めた。
「僕から言わせればステのほうが凄いよ。僕には見ることしかできない。変える力までは、ないんだ。だけど、ステには未来を切り開く力がある」
「褒めるのは、よせよ。人間は誰にだって未来を創る力はある」
「ステの言う通りかもしれないね。でも、ステの場合は切り開く力がとても強いんだ」
指摘されても、ぴんと来なかった。
「セオの言う通りかもしれないな。父さんを見ていて思う。百姓は色々できて当たり前だからな。立派な百姓はきっと未来を創る力に優れているんだ」
風呂から上がると、部屋が用意されていた。御厚意で一泊させてもらう。
翌日、村の広場に行く。さっそく石工が噴水の神像の所で作業していた。
石工は鼻歌交じりに水晶玉を外すと、龍神石を嵌め直す。
「よし、これ村の大結界も直った。これで、村の滅びは回避された」
「よかったな。じゃ、いったんオリーブの街にも戻ろう」
オリーブの街に行き、作業の完了報告をして報酬を受け取る。
ギルドの受付嬢は二人を褒めた。
「やるわね、二人とも。特にセオくん、温泉のプロって本当だったのね」
セオは奢らず自慢せず、素直に賛辞を受ける。
「そうですよ。温泉関係の仕事は滅多にないから、あまり役に立たない特技ですけどね」
受付嬢はセオに勧める。
「そんなことないわよ。温泉関係でもう一件、仕事が来ているけどやってよ」
「いいですよ。でも、温泉の仕事は募集人数が一名ですよね」
受付嬢は軽く驚く。
「待って確認するわ。本当だ。一名だわ。でも、この仕事はセオくんにお願いしたい」
セオはステに向き直る。
「ここでお別れだね。旅を続けていれば、また遭う機会もあるだろう」
「そうだな。じゃあ、またどこかで一緒になったら、冒険をしよう」
ステはセオと握手をして別れた。