第七話 偽物はどっちだ
ケトル村の仕事の期間が終わった。
転移門からオリーブの街に行こうとすると、セオが話し懸けてきた。
セオの表情は芳しくない。
「ステは次の目的地が決まっているのかい?」
「いや、決まってないけど、どうしたの?」
「なら、次は一緒にガンバリ村に行こう。ガンバリ村はステを待っている」
何だろう? 俺を待ち望む人っていったい誰だ?
「そうなの? 知り合いが困っている、ってこと?」
「知り合いかどうかわからないけど、村はステを必要とするはずだ」
俺を必要とするかどうかなんて、行ってみないとわからないはずだ。セオって変わった奴だな。
「色々と旅をしてみる予定だから、一緒に行ってもいいよ」
ステとセオは一度、転移門でオリーブの街の冒険者ギルドに行く。
冒険者報ギルドで報酬を受け取った。
小間使いの仕事で行ったステより、山師の仕事で行ったセオのほうが報酬は良かった。
セオがいたって普通に申し出た。
「二人で同じ仕事をしたのに、僕だけ報酬がいいのもおかしい。僕の報酬の半分をあげるよ」
義理堅い奴だな。気にしなくていいのに。
「要らないよ。セオの取り分は、セオの取り分だ。俺が貰うわけにはいかない。それに、まだ、旅の路銀はたっぷりあるんだ」
「ステが納得するなら、いいんだ。何事も納得するのが大事だからね」
セオが冒険者ギルドの受付に行く。
「僕は山師で温泉掘りのプロなんです。ガンバリの村の仕事がありませんか?」
セオは温泉掘りが得意なんだ。温泉も火山の近くに湧くから、無理からぬことか。
ギルドの受付が依頼一覧を確認する。
「ガンバリの村ね。温泉に詳しいなら、急ぎの仕事があるわよ。募集人数は若干名になっているわ。一人で受けるの?」
温泉に関連する仕事が都合よくあったね。
セオはステを見てからギルドの受付嬢に告げる。
「いえ、ステと一緒に受けます」
ギルドの受付嬢が、不安顔をする。
「でも、この仕事は、新人不可になっているわよ」
「僕は経験者です。それに、ガンバリ村は僕とステで行かないと滅びますよ」
ギルドの受付嬢は呆れた。
「随分と大きな口を利くのね」
「僕の実力は僕が一番よく知っています」
「不安だけどいいわ。セオくんは失敗らしい失敗をしていないから、信用するわ」
前金を貰って、冒険者ギルドを出る。
「でも、知らなかったな、セオが温泉のプロだなんて」
「一流の山師は山を知らなくちゃならない。当然、山師の知識には温泉も含まれる。温泉も鉱脈も同じさ。掘り当てれば金になる」
オリーブの街の転移門からガンバリ村まで飛んだ。
ここがガンバリ村か。何か活気がないぞ。人も少ない。
「湯治場だと思って来たけど、あまり人がいないね」
「そうさ。今、この村は、危機的な状況にある」
ガンバリの村は温泉で栄えた村であり、大小合わせて二十の温泉旅館が営業している。
依頼を出した温泉旅館を訪ねた。旅館は客室四十室を備える中規模の温泉旅館だった。
「ここが依頼を出した温泉旅館か。年季の入った佇まいだから、老舗旅館ってやつかな」
「創業は村ができた頃からあるから、歴史は一世紀近いよ」
旅館の中居さんが出てきたので、セオが告げる。
「冒険者ギルドから派遣されてきた山師です。温泉の具合を見に来ました」
中居さんは不安な顔をした。
「随分と若い人だね」
セオは堂々と言い切る。
「見た目は不安かもしれませんが、大丈夫です。僕は若くても天才なんです」
セオのやつ、はっきり言うな。俺には自分が天才なんて言えないよ。
セオの発言を聞いた中居さんは、いささか面食らった。
中居さんは疑いも露わな顔で告げる。
「当旅館の女将が話をしますので、とりあえず、こちらへおいでください」
旅館の中に入る。休憩室のような十畳ほどの小さな部屋に案内される。
部屋で待つ。金色の髪に青い瞳をした、四十代くらいの女性がやってきた。
身なりは中居よりいいので、温泉旅館の女将だと思った。
セオが立ち上がり、冒険者ギルドから持ってきた紹介状を渡す。
「冒険者ギルドから来ました。山師のセオです」
女将はセオを見て不安な顔をする。
「女将のエリザベスよ。冒険者ギルドには新人は不可って伝えたはずよ」
「僕は十一の頃から山師の父に付き従い仕事をしてきました。つまり、キャリアは六年です。新人と一緒にしてもらっては、困ります」
「わかったわ。なら、すぐにでも仕事に掛かって。村では源泉が止まって、温泉が使えなくなったのよ」
温泉旅館から温泉がなくなったら死活問題だ。早くどうにかしてあげないと、村は立ちいかなくなる。
セオは澄ました顔で告げる。
「では、源泉を見せてください。早急に対処します」
源泉は村を囲むように四か所が存在した。エリザベスの旅館に近い源泉を見に行く。
源泉は二十㎡の竹の小屋に中にあった。
源泉は直径三十㎝の穴だった。源泉からは水がちょろちょろとしか出ていない。
セオは腰から手回しドリルを外す。源泉の中にドリルの先端を入れて、ハンドルを回す。
エリザベスが呆れた顔で意見する。
「ちょっと、そんな小さなドリルで何を遊んでいるのよ」
「遊んでいるとは、心外。これは魔法の手回しドリルです。時間を掛ければ、深い場所にある固い岩盤だって砕ける。まあ、見ていてください」
十分ほどセオがドリルを回す。
セオが急に源泉から離れると、温泉が源泉より、勢いよく噴き出した。
セオは胸を張って言い放つ。
「と、まあ、僕に掛かれば、こんなもんですよ」
エリザベスは態度を一変させた。
「凄いわ。温泉技師が投げ出した源泉をたった十分で復活させた」
やるね、セオ。温泉のプロは本当だったんだ。
セオが澄ました顔で告げる。
「源泉が止まった原因は硬い石が源泉を塞いだからです。なので、石を破壊してやれば源泉は戻ります」
エリザベスは不思議がる。
「でも、源泉に同時に四つ石が詰まって温泉が出なくなるなんて事態はあるかしら?」
セオはきっぱりと言い放った。
「ないです。おそらく、何者かの仕業でしょう。源泉を石で塞いだ存在をどうにかしないと、また源泉は使えなくなります」
エリザベスの顔は曇る。
「そんな、いったい誰が、そんな真似を」
「ステ、悪いけど僕はこれからエリザベスさんと一緒に源泉を回って、温泉を復活させる。ステは源泉が塞がる前に何か異常がなかったかを、村の人から聞いてくれ」
「なにがわかるかわからないけど、捜査をしてみるよ」
ステはセオと別れる。
村人に源泉を塞いだ存在がいることを告げて、聞き込みを開始する。
だが、村人に尋ねても、源泉を塞ぐ存在がいるとは思えなかった。
夕方まで粘ったが成果はまるでなかった。
おかしい。誰も異常に気付いた人間がいない。温泉を涸らした犯人は人間ではないのか。
魔物の仕業か。でも、魔物がなぜ温泉を涸らしたのか不明だった。
エリザベスの旅館に戻る。
セオと合流して手懸かりがないと教えたが、セオは別段に困っていなかった。
「犯人は今日は静かにしているだろう。でも、いつかは必ず動く。今日はここに泊まろう。女将さんにも許可を貰った」
「絶対に犯人を捕まえてやろう」
夕食はエリザベスが出してくれた。
食事を食べに厨房に行くと、マリアがいた。
「あれ? ステよね。どうして、ここにいるの?」
「仕事の行きがかり上、ガンバリに来たんだ。マリアどうしてここへ?」
「エリザベスさんとお母さんは、姉妹なの。だから、遊びに来たんだけど。温泉が大変な事態になって、困ったの」
「そうなんだ。なら、俺が力になれて良かったよ」
ステはこの時、マリアに言い表せない違和感を持った。
何だろう? マリアの奴、どこか変だぞ。
ステは食事の後、宛がわれた部屋にセオと一緒に行く。
マリアから感じた異変を話そうかどうかと迷っていた。
すると、セオから話し懸けてきた。
「あの、マリアって子、本物だろうか?」
何だ? セオもマリアに不信感を持ったのか。でも、セオはマリアを知らない。
「本物だと思うよ。何で、そんなおかしな内容を聞くんだ?」
セオは冴えない顔で語る。
「何となく、だよ。ステは本当にあの子が知り合いのマリアだと、確信が持てるかい? 正直に答えてくれ」
ステは心の内を打ち明けた。
「話し方と姿は、俺が知っているマリアだよ。でも、はっきりとは指摘できないんだけど、何か、ちょっと違う気がする印象を受けた」
セオはちょっとばかり考える。
「偽者だったり、魔物が取り憑いていたりしたら、厄介だな」
戻るのは手間だけど、転移門を使えば、すぐか。お金が掛かるが止むなしだ。マリアの親戚が困っているなら捨てては置けない。
「わかった、本物かどうか、ピオネ村に戻って確認してくる」
「そうしてくれると、助かる」
ステはオリーブの街の転移門を経由して、ピオネ村に戻った。
宿屋に行って、マリアの父親にお願いする。
「マリアに会えますか?」
マリアの父親は困った顔で教えてくれた。
「無理だね。マリアは風邪で寝込んでいるんだよ」
何だって? マリアは家にいるのか。セオの睨んだ通りだ。
「マリアは家にいるんですね。ガンバリ村の親戚の旅館に行ってはいないんですね」
「妻の妹がガンバリ村で旅館の女将をしている。でも、今年はまだ行っていないね」
マリアは偽者か。よりによってマリアに化けるなんて許せない。
「ありがとうございます」
ガンバリ村に帰ってセオに報告する。
「マリアはピオネ村にいた。ガンバリ村のマリアは偽者だ」
ステは偽者マリアを懲らしめに行こうとした。するとセオが止めた。
「待って、ここはもう少し様子を見よう。事情を知らない女将さんはマリアが本物だと信じている。下手に騒ぐとまずい。偽者にもまだ気付いていないと思わせたほうがいい」
「じゃあ、どうするんだ? このままだとまた温泉が塞がれるぞ」
「明日、帰った振りをして、源泉を見張ろう。現場を押さえるんだ」
「よし、明日で解決させよう」
翌日、宿を出て転移門広場に行った。
ステとセオはこっそり源泉が湧く場所に戻った。
「偽者のマリアは現れるかな?」
「きっと来るね。魔物は温泉を涸らしたいからね」
「何で、セオは魔物の事情なんて知っているの?」
「何となく、だよ」
セオって不思議な奴だよなあ。
隠れて小屋を見張っていると、夜になる。
誰かが夜陰に乗じて、小屋まで来る。
謎の人物が小屋に入ると、温泉が止まる音がした。
温泉が止まると、セオがピッケルを両手で持って飛び出した。
「罠に掛かったな。もう逃げられないぞ。大人しく出てこい」
数秒の間があって、小屋からエリザベスが出てくる。
エリザベスは強張った顔で弁解した。
「ちょっと、待っておくれよ。私は源泉を確認しに来ただけだよ」
セオは問答無用で、ピッケルで殴り掛かった。
エリザベスの手が太い鬼の手に変わる。
偽エリザベスはセオの攻撃を躱して逆にセオを殴りつけた。
セオは偽エリザベスの一芸を辛うじて躱す。
偽エリザベスは恐ろしい顔で凄む。
「我は四魔将クリフト様が麾下、百面のウルエスだ。貴様らなぞ、一捻りだ」
ウルエスが口を大きく開けると、物凄い勢いで火を噴いた。
「そんな炎、わけないぜ」
ステは獅子王刈を振りかぶって、前に出る。
獅子王刈はウルエスの吐き出した炎を吸収した。
ステは大鎌を薙いだ。ウルエスは絶叫した。ウルエスは体に大きく傷を負った。
ウルエスが地面を蹴り上げる。砂利がステの顔に飛ぶ。
ステにできた一瞬の隙をついて、ウルエスはセオを目掛けて跳躍した。
セオとウルエスがぶつかると、大量の煙が上がる。
煙が消えた時には、セオが二人になっていた。
ウルエスの変身能力か。どっちが、偽者だ。
ぱっと見ても、どちらかが偽者か区別がつかなかった。
右のセオが主張する。
「騙されるな、ステ。ウルエスは外観だけでなく、記憶や経験もコピーする」
右のセオが本物かと一瞬に思った。
左のセオが主張する。
「ステ、君が偽者だと思ったほうを斬るんだ。ステが村を救うんだ」
以前にセオは俺が村を救うと、当たり前のように予言していた。左のほうがセオらしい。
ステは右のセオを睨みつける。
右のセオが慌てて逃げ出そうとした。ステは背後からバッサリと首を刈った。
首を斬られたセオは黒い靄となり消えた。
「ふー、どうやら、正解か」
「やったな、ステ」とセオが近づいてきた。
「そいつも偽者だ」とステの頭に声が響いた。
見ればセオの手には、いつのまにか刃物が握られていた。
間一髪で、ステはセオの攻撃を回避する。
ステは獅子王刈を突き出して引き戻す。大鎌がセオの首を刈った。
セオの胴体から、黒い血が吹き上がる。セオの顔は、角が二本ある黒鬼の顔に変わった。
「こっちも偽者だったのか。危なかったな」
源泉が湧き出る小屋から、セオが出てくる。
もう、偽物ではないと思う。だが、用心のために声を懸ける。
「本物だよな?」
「本物だよ。その証拠に僕は魔法のドリルを使えるよ。魔法のドリルは魔物には使えない」
ステが警戒しながら、セオと一緒に源泉小屋に入る。
源泉はまたちょろちょろしか出ない状態になっていた。
セオはドリルを回して、源泉を掘ると、勢いよく温泉が噴き出した。
「これで、信用してくれたかい」
「ドリルを借りても、いいかい?」
ステはドリルを回そうとした。だが、ドリルは虚しく空回りするだけだった。




