第六話 パイン・ヒドラ
ステとセオは村に戻って、ポワロに頼む。
「精霊石を持ってくれば、精霊は協力してくれると約束してくれました。精霊石を取ってくるので、三日ほど出かけてきます」
ポワロはあっさりと認めてくれた。
「いいでしょう、行ってきなさい。それまでに、こちらでは鉄の再生事業とパインの栽培について、もっと検討しておきます」
村の転移門に向かう途中で、セオがぱっとしない顔で意見する。
「いいのかい、あんな安請け合いして? 三日で精霊石を取って帰ってくるなんて、無謀だよ。精霊石は、そんなに簡単に採れる石じゃない」
ステはそれほど難しく考えてなかった。
「セオも一緒に行ってくれるんだろう? なら、三日もあれば行けるさ」
セオの表情は暗い。
「成り行き上、従いて行く。だけど、僕は、そんなに強くないよ」
セオって、本当に後ろ向きだな、人生は、もっと前向きのほうが楽しいのに。
「戦いは任せてよ。ダンジョンの魔物なら、俺一人でも、どうにかなる」
「だといいんだけどね」
ピオネ村に、転移門で移動する。
セオは、村の転移門広場で、きょろきょろ辺りを見回す。
「六大ダンジョンの一つがあるだけあって、栄えているね」
「ピオネ村は俺の育った村だよ。ここに六大ダンジョンの一つ、飽食の洞窟がある」
「飽食の洞窟なら、パインの種も出る訳だ。ちょっと準備をしてくる」
「すぐ行っても、大丈夫だと思うよ」
セオは困った顔をして拒絶した。
「ステは地元だから、いい。だけど、僕は違う。きちんと下調べしてから行きたい」
俺は何度も行っているからいい。セオは初めてだから、緊張もするか。
精霊石なら一日あれば採れる。時間は充分だ
「なら、場所を教える。今日は俺の家で一泊してから、明日の朝早くにダンジョンに行こう」
「わかった。夜に伺うよ」
セオと別れるとステは家に戻った。
夜になるとセオが来たので歓迎する。
オンジも嫌な顔一つせず、セオを温かく迎えてくれた。
セオは他人の家で、落ち着かない態度だった。
翌朝、陽が昇ると共に起き出して、身支度を調える。
「それじゃあ、ダンジョンに行くか」
「そうだね。できれば、今日中には帰ってきたい」
ステはダンジョンには幾度となく入った経験がある。なので、遊びに行くような感覚だった。
飽食の洞窟の入口は村から出て歩いて十分のところにある。
ステは光の魔法を武器に掛ける。セオも、ピッケルに魔法を掛けた。
ステは不思議だったので尋ねる。
「セオは武器を持っていないけど、ピッケルで戦うのかい?」
「使い慣れていない武器と、使い慣れたピッケルじゃ、まだピッケルのほうが使いやすい」
「俺も武器は大鎌だからな。武器は使い慣れたものに限るか」
ステは洞窟に入ると、道をすたすたと進んで行く。
洞窟の中は暗いが、道幅は五mある。また、歩きづらくもなかった。
入って五分ほど歩いていくと、部屋になった場所がある。
部屋には直径二mの魔法陣があり、魔法陣の横にはレバーと箱があった。
「この魔法陣で一気に地下六階まで下りるよ」
セオの顔には不安の色がありありと出ていた。
「地下六階から歩いて降りて行くのかい?」
「いや、地下六階に精霊石が出る場所がある。そこで手に入れよう」
セオは沈んだ顔で首を横に振る。
「そんな浅い場所に精霊石はないよ」
「もう、本当に心配症だな。前に見た経験があるから、心配ないよ」
「見間違いじゃない事態を祈るよ」
ステはレバーを引いて六の数字に合わせる。
レバーに横の箱にある穴にコインを入れた。
魔法陣が光り出したので飛び乗った。
軽い浮遊感がして、視界が青い光に包まれる。
光が消えた時には、石造りの部屋にいた。
「よし、さっそく精霊石を取りに行こう」
地下六階は石造りのフロアーだった。天井から魔法の灯りが差しているので、暗くはない。
ステは先頭に立ち歩き出した。飽食の洞窟のモンスターは植物型モンスターが多い。
中でも、野菜や果物に手足が付いたモンスターや、胴体が作物で、獣や爬虫類の頭や手足が付いたモンスターが多く出現する。
マーダー・エッグ・プラント(殺人茄)やズッキーニ・パイソンなどは、中堅冒険者にも手に余るほど恐ろしい敵だった。
だが、獅子王刈を持ったステに掛かれば、単なる野菜の試し切りに等しい。
ステはすぱすぱと魔物を斬って奥へ奥へと進んで行く。
九十分ほど進むと、幅十m、高さ十mほどの広い通路に出る。
「後はここを真っすぐ進むだけだ」
ほら、やっぱり楽勝だよ。
「本当に精霊石があるのか、不安だな」
五十m進むと、突き当たりに直径三m、深さ八十㎝ほどの泉があった。
泉の底には玉砂利のような光る石が落ちている。
ステは泉に手を突っ込んで、石を一個さっと拾い上げる。
「ほら、あった。精霊石だ」
セオは苦い顔をして、頭を横に振った。
「やっぱり、勘違いしていたね。それは、精霊石の欠片だよ。精霊石とは違う」
「欠片だって、立派な石だろう」
「内包している力の量が違う。精霊石の欠片なら、地脈を変える役に立たないよ」
そうなのか? でも、塵も積もれば山となる、って諺もある。
「なら、一杯、持って行って、欠片から石を作ったらいい」
「欠片から石を合成するには、高度な設備がいるよ」
でも、父さんは、簡単に精霊石を合成していたぞ。
「大丈夫だって。欠片を集めて大きな石にするくらい、簡単だって。ほら、セオも拾ってくれよ」
セオはやって来た通路を凝視する。セオが怖い顔で警告を発する。
「どうやら、大変な事態になったよ。大型モンスターがやって来る」
地下六階のモンスターなら、大型でも大して強くもない。
「よし、なら俺が倒してくる。セオは精霊石の欠片を集めておいてくれ」
「いいけど、ステが負けそうだったら、僕は転移魔法で逃げるよ」
「大丈夫、俺は負けない」
ステは通路の奥へと走っていった。
通路の奥には通路を塞ぐくらい大きなパインがあった。ただ、パインには象のような足があり、上部から葉っぱの代わりに、大きな蛇の首が六本も生えていた。
モンスターのパイン・ヒドラだった。パイン・ヒドラか。かなり大きな個体だな。
蛇の首がステを目掛けて襲い掛かる。ステはステップを踏んで後方に躱す。
襲い来る首を獅子王刈で斬る。落とされた首は草の塊に変わる。だが、首は次から次へと生えてくる。
斬って駄目なら、焼いてやれだ。ステは攻撃を躱しながら、業炎の魔法を詠唱する。
ステの魔法が完成する。ステの手から、物凄い勢いで炎が噴き出る。
ステの魔法の完成と同時に、パイン・ヒドラが黄色い液体を吐く。
パイン・ヒドラはステの炎を打ち消した。ステの体にパイン・ヒドラの吐いた水が少量掛かる。肌がひりひりした。
毒か酸か知らないけど、パイン・ヒドラの吐く液体を浴びるとまずいぞ。
パイン・ヒドラはステが炎を使えると知ると、攻撃速度が上がった。
パイン・ヒドラは巨体に見合わぬ俊敏な動きでステを攻撃する。
ステは防戦一方になった。
火で駄目なら、雷ではどうだ。
ステは獅子王刈でパイン・ヒドラの首を斬りながら、雷撃の魔法を詠唱する。
遠くからセオが叫ぶ声がする。
「そいつに雷は効かない。そいつの弱点は、あくまでも炎だ。炎で攻撃するんだ」
簡単に言ってくれるぜ。
ステは雷の魔法の詠唱を中断する。
ステは豪炎より強力な魔法、地獄の炎の魔法に変更して、詠唱を開始する。
地獄の炎なら、豪炎より威力は上。簡単に消せる炎でもない。だが、ステは用心して、炎を二段構えにする策を採った。
パイン・ヒドラの攻撃を回避しつつ詠唱を続ける。どうにか詠唱を終えた。
ステの一段階目の炎は囮。威力は弱く、範囲は薄く広く。
二段階目は本命。命中精度は落ちるが。威力を強くする。
一段目の囮の炎が噴き出る。
パイン・ヒドラがまたも魔法に合わせて液体を吐き出した。
炎が消えて液体が通路に撒き散らされる。
ステの本命の炎の塊が飛ぶ。だが、ステは通路に撒かれた液体に足を滑らせた。
正確さを犠牲にしたので、狙いも甘くなった。
パイン・ヒドラは一歩を引いて、悠々と地獄の炎を避けた。
地獄の炎は通路に大きな火柱を立てた。
まだ終わらないぞ。
ステは滑るのも構わず、前に出る。獅子王刈で通路に立っている炎の玉を薙ぐ。
炎は獅子王刈に吸収され。獅子王刈が炎を纏う。
「大鎌術、炎獄の刃」
獅子王刈から噴き出す炎の刃が、パイン・ヒドラの胴を刈った。
「ぐわあああ」とパイン・ヒドラが体液を撒き散らしながら真っ二つになった。
パイン・ヒドラは消えて、後には十㎏の袋が残される。
噴き出る体液を浴びたステは、全身がひりひりと痛痒くなった。
セオの緊張した声が響く。
「ステ、泉に飛び込むんだ。早く」
ステは駆け出すと泉に飛び込んだ。
泉に漬かる。体に掛かったパイン・ヒドラの体液が流されて、痒みと傷みが止む。
泉の水で顔をよく洗ってから上がる。
「なんか、すごく痒くなる液体だったな」
セオが通路の向こうから十㎏の袋を担いでやって来る。
パイン・ヒドラのドロップ品も回収できた。もう一度ここに来る手間が省けたぞ。
セオが冴えない顔で注意する。
「無茶しすぎだよ。パイン・ヒドラの吐く液と体液には毒がある。泉の浄化の力がなかったら、死んでいたよ」
「セオはオーバーだな。パイン・ヒドラの体液なんて、ちょっと痒くなるくらいだよ。それより、精霊石の欠片は?」
セオは心配顔で戒める。
「精霊石の欠片は背中のリュックの中だよ。でも、ステはもっと慎重に行動すべきだよ。でないと、いつか死ぬよ」
「大袈裟だよ。ずぶ濡れになったけど、パインの種も手に入った。精霊石の欠片も手に入ったから、帰ろう」
「欠片が石になるといんだけど」
ステとセオはダンジョンを進み、秘密の出口から外に帰った。
ステは家に戻ると、まず風呂に入り汚れを落とす。汚れた服を着替えた。
セオを連れて家の工房に行った。工房には容積が六十ℓくらいの銀色の釜があった。
釜の表面には細かい文字がびっしり書いてあった。
ステは自慢して解説する。
「じゃーん、神秘の錬金釜です。これに精霊石の欠片を入れて呪文を唱えれば、精霊石の出来上がりです」
セオは驚いた。
「凄い。伝説級のアーティファクトが普通の家に置いてあるのを初めて見たよ」
セオの驚きにステはきょとんとなった。
「この錬金釜って、そんなに凄いの?」
「凄いね。この大陸に十個ないと思うよ」
「まあ、いいか。家にはあったんだから。使おう」
ステは神秘の錬金釜に精霊石の欠片を入れて、しっかりと蓋をする。
部屋の本棚から錬金術の書を出して、精霊石合成のページを開き、呪文を唱える。
呪文を唱え始めると、神秘の錬金釜の文字が光った。
ステが呪文を唱え終わると、錬金釜は仄かに光っている。
「よし、ここまで来れば大丈夫。明日の朝に取り出せるから、それまでは自由時間で」
セオは工房内の書に興味を持ったのか、ステに尋ねる。
「ねえ、ここの本を読んでいいかな? 理解できるかわからないけど」
「いいんじゃねえ。俺は汚れた服を洗濯して家事を手伝ってくる。夕飯までゆっくり読むといいよ」
セオは優しい顔で感謝を表した。
「ありがとう、ステ」
翌日、光の消えた神秘の錬金釜を開ける。
精霊石の欠片は五㎏の精霊石の塊になっていた。
「よし、精霊石完成」
セオが真面目な顔をして尋ねる。
「精霊石は高値で売れる。でも、ケルト村のために使っても、そんなに報酬は貰えない。ステはそれでも精霊石をケトル村のために使うのかい?」
なんで、そんな当たり前の話をするんだろう?
「精霊石が欲しければ、また取りに行って合成すればいい。これもまた、立派な百姓になるための修行だよ」
セオの表情は、ぱっとしない。
「修行か。修行が苦にならないなんて、美徳だね」
「難しい話はいいから、俺は人も精霊も幸せになれば、それでいい」
転移門からケトル村に飛んで、精霊に会いに行く。
精霊に精霊石を見せる。
「ほら、精霊石を持ってきたよ。これで、地脈を流れる魔力を変えられるんだろう」
精霊は唸った。
「まさか、こんな短期間に本当に精霊石を持ってくるとは思わなかった。お前は何者だ?」
ステは正直に答えた。
「俺? 俺は単なる百姓のステだよ」
「そうか、身分を明かせぬのだな」
何を言っているんだ、こいつ。何か、勘違いしているな。
精霊は礼儀正しく請け負った。
「わかった、尊き者よ。約束は果たそう」
ケトル村に行って、ポワロに作業完了を報告する。
「精霊は約束を守ります。だから、村も精霊との約束を守ってください」
ポワロは明るい顔で言い切った。
「わかった。約束は守ります」