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第四話 山師のセオ

 仕事の期間が終わった。アイの村の転移門の前でステとエラは別れの挨拶をする。

「俺はもう少し南に行く。鉄で有名なケトルの村に行ってみる。エラはどうする?」


「私はクルミ村に行くわ。だから、ここでお別れね」

「そうか。旅を続けていれば、またどこかで会うかもしれないね」


 エラはにこりと微笑んだ。

「お互いに良い旅になると良いわね」


 そう、俺の百姓修行は始まったばかりだ。

 ステは転移門を潜ってオリーブの街に戻った。


 冒険者ギルドに戻って、アイの村の作業報告を受付の女性にする。

 報酬を受け取って、ケトル村の仕事がないか聞く。


「短期間の仕事だと、領主の家の小間使いの仕事があるわよ」

 都合よくあったね。上手く行けば製鉄の現場が見られる。


「それ、やります。紹介状を発行してください」

 転移門からケトル村に向かった。ケトル村は百軒の家が集まった小規模な村だった。


 村人に領主の家を聞き訪ねた。

 領主の家は五百㎡と大きくない。だが、横には、四千㎡にもなる製鉄所があった。


 入口から製鉄所の中を覗く。製鉄所の天井までは高く、十mはあった。


 一辺が十m以上ある、大きな四角い茶色い製鉄炉も、あった。だが、製鉄炉は稼働していなかった。


 へー、これが製鉄炉か、大きいな。ここで鉄を作るのか。

「そこで、何をしているんだい、お前さん?」


 声のしたほうを振り向く。屋敷の下男と思わしき男がいた。

「冒険者ギルドから派遣されて来ました、小間使いです」


 紹介状を見せると、下男は指示する。

「どれ、従いてこい。執事のポワロさんに会わせてやる」


 下男に従いていく。屋敷に入って、部屋の前まで行く。

 人の話声が聞こえてきた。


「セオくん、鉱床は確かにあるのですね。でも、他の山師は、そのような場所に鉱床があるなんて、報告していませんでしたよ」


 先客がいるな。何の話をしているんだろう。

 セオが強張(こわば)った声で警告を発する。


「鉱床は地下十mの浅い場所にあり、量は充分です。ですが、精霊の住処(すみか)の真上なので、隠されているのです。精霊の許しなしに掘れば災いが起きます」


 採掘をするにあたってのトラブルか。ここは人間が進出してきて二十年も経っていない。だから、まだ、この地には精霊がいるんだな。


「精霊なんて冒険者を雇って排除すれば、いいでしょう」

 セオの口調はポワロと反対に否定的だった。


「無理です。精霊は強い。下手をすれば死人がばたばた出ますよ」

 揉めているなあ。時間が掛かるのかな?


 ポワロは冷たく言い放つ。

「でも、死ぬのは冒険者でしょう」


 ポワロさんも(ひど)いなあ。でも、村の製鉄炉は休業状態。鉄が手に入らないと、村人も仕事がなくて、生きていけないんだろうな。


「冒険者も村の人も同じ人間です。精霊の住処ではない鉱床も、時間を掛けて探せば、きっとあります。時間をくだされば別の場所を見つけてきます」


 ポワロは冷たい感じで否定する。


「いいえ、探さなくて、結構です。遠くにあれば、それだけ採掘に手間取ります。これ以上、製鉄所を稼働させないと、村人の生活に支障が出ます」


 ドアが開いて年配の男が出てくる。

 男は灰色のズボンに、品の良い灰色のベストを着ていた。


 下男が男にステを紹介する。

「ポワロさん、冒険者ギルドから派遣された小間使いが来ました」


「冒険者ギルドから来ました、ステといいます。よろしくお願いします」

 じろりとポワロはステを見る。


「君は精霊を見た経験があるか?」

 何だ? 精霊に関する仕事をやらせよう、って魂胆かな?


 警戒感もあった。だが、素直に答える。

「何度か会って話した経験あります」


 ポワロは澄ました顔で命令した。


「よろしい。君の仕事は精霊を鉱床の上から立ち退かせることだ。詳しくは部屋の中にいる山師のセオと話してくれ。では、吉報を待っているよ」


 ポワロはすたすたと立ち去る。

 下男が気の毒だと言わんばかりの顔をする。


「何か、思っていたのと違う仕事になったかもしれん。じゃが、自棄(やけ)にならず、頼めんだろうか? この村も鉄がないと、どうにもやっていけんのじゃ」


 精霊との交渉は厳しいけど、ここで俺が断って、他の人間が上手くできるとは限らない。なら、自分の責任が取れる範囲でやってみよう。何ごとも百姓修行だ。


「話が違うと断る対応もできます。けど、やるだけはやってみます」

「よろしく、頼む」


 部屋の中に入ると、一人の少年がいた。年はステと同じくらい。髪は青色で、肌は薄いオレンジ色。眉が細く、瞳の色は茶色。四角い顔で、おっとりした雰囲気がある。


 恰好は萌黄色のシャツを着て茶のズボンを穿()いて、バンダナをしている。

 セオが苦笑いして話し掛けてくる。


「話は部屋の外で聞いていたと思う。僕がセオだ。山師をやっている」


「俺はステ、冒険者ギルドからやって来た小間使いのはず――だったんだけど、何か勘違いされたようで、精霊と交渉に()いていく展開になった」


「冒険者ギルドから百姓がやってくるとは思っていないから、当然だよね」

 あれ? 俺はセオに百姓だって教えたかな? まあ、いいか、百姓なんだから。


「百姓だけど、精霊と遭った経験があるのは本当だよ」

 セオはほとほと困っていた。セオの口調は投げ槍だった。


「ステの言葉に嘘はないだろう。でも、遭った、と交渉して立ち退いてもらう――では、危険度がまるで違うよ。精霊は人に従うものでもない。従わせるものでもない」


 精霊って、魔物と違って、そんなに危険な存在ではない気がするけどね。


「難しいけど、やってみよう。このままだと遅かれ早かれ人間と精霊がぶつかる事態になる。衝突は悲劇しか生まない」


 セオの表情は沈んでいた。


「ステくんは気楽でいいね。僕には精霊の怒りで村が立ち行かなくなる未来しか、見えないよ。ちょっと待っていて。準備をしてくる」


 セオはピッケルを背負って、手回しドリルを腰から提げる。

 ステは旅行用の荷物を置いてきた。


 セオを先頭に歩いて行く。セオから何も語り掛けてこないので、ステから話し掛けた。

「ねえ、セオくん。いつから、山師をやっているの?」


 話し掛けると、セオは普通に答えてくれた。


「くんは不用だよ。うちは両親が山師だからね。僕も自然と山師の技を受け継いだ。ステくんはなぜ旅を?」


 セオの家は山師か。だから、精霊にも詳しいのかな。精霊は自然と共にあるって伝えられているからな。


「俺も、くんは不用だよ。俺は立派な百姓になるために旅をしている」

 セオはちらりとステを見て、わかりきった顔で語る。


「こういっちゃ悪いが、僕から見れば君は選ばれた人間だ。百姓なんか目指さないで、英雄を目指せばいい。そうすれば、多くの人が救われる」


 セオの言い方には少し腹が立った。


 英雄なんて柄じゃない。そんなに多くも望まない。俺は、ただ立派な百姓になれればいい。それに、百姓は素晴らしい素晴らしいんだ。


「何かとは、失礼だな。百姓も立派な仕事だよ。俺は立派な百姓になって、家族と畑を護れれば、それでいい」


 セオは素っ気なく告げる。

「なら、大家族を持って豪農になるといいよ。それが世のため人のためだ」


 セオはまた、ステの身の上を知ったように話す。

 何だ? 山師は占い師と同じような真似もできるのか。


「何か、随分と俺の能力を買ってくれるようだけど、どこかで会ったかい?」

 セオは暗い感じで語る。


「遭うのは初めてだね。でも、山師は目が良くないと務まらない」


 セオの言いたい言葉がよくわからなかった。

「人を見る目がないと務まらない、って意味かい?」


 セオは淡々と語る。


「父さんの言葉だけど、山師は今だけを見ていては駄目なのさ。過去も未来も見据えてこその山師だって教えてくれた」


 セオは頭が良いって自慢したいのかな。山師である以上は、専門の知識があるのだろうけど。

「過去と未来ね。頭が良くないと見えそうにないな」


 セオは自慢するわけでもなく、当然だとばかりに語る。

「頭の良さは関係ないよ。こればかりは見える奴には見えるのさ」


 何か、セオって不思議な奴だな。

 村の外には荒れた土地に細い木が生えただけの光景が広がっていた。


「何だ? ここら辺の木は生長が悪いな。土も良くない」

 セオは冴えない顔で、事情を説明してくれた。


「村の周りの木は一度、伐られたんだ。それで、植林の途中なんだよ」

 木を伐り、森を伐り開いたのなら、畑にしないのが不思議だった。


「森を伐り開いたのなら、畑にしなかったのかい?」

「ここにあった木は炭になって、製鉄に使われたんだ。ここは土壌が良くないんだ。小麦畑には向かない」


 土は良いくなくても、ここら辺は雨が少ない。葡萄なら育つ。

「ワイン醸造は考えなかったのかな?」


「ポワロさんは葡萄畑も考えた。だが、ワインの価格競争は熾烈(しれつ)だ。ケトル村から消費地のオリーブの街まで運ぶのにコストが掛かり過ぎる」


 しばらく歩くが、同じような地形が広がっていた。

「さっきから歩いているけど、広範囲に伐られているね」


「製鉄は大量に炭を使うんだ。辺りの森や山の木を根刮(ねこそ)ぎ使う。だから、精霊とも敵対しやすい」


 これは精霊が、かなり怒っているかもしれないな。

「なるほどね。共存は難しいのか」

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